第18話 風雷再び

 金属の『こだわリスト』討伐作戦会議は、長時間に及んだ。深夜の豆田探偵事務所は白熱灯で照らされ、洒落たバーのような雰囲気がただよっている。


 時計の針は、深夜2時を回っている。


「じゃー。クロスは、警察署内の化学班と協力して、寄生金属を通さない素材を見つけてくれ。で、可能であれば、それで防護服を制作して欲しい」

「まめっち。そんな素材あるかな?」

「分からない。ただ試してみない事には、何も分からないからな」

「そうだよね。やれることは何でもしないとね」

「ああ。頼む」

「じゃー。今日は遅いから、もう帰るね」


 と、言うとクロスは帰って行った。


 クロスを見送ったあと豆田は、


「で、シュガーは、どうする? 戦闘までの準備で手伝って貰いたいことは沢山あるが、作戦決行時は、自宅で待機するか?」と切り出した。


「豆田まめお。出来れば作戦決行時も一緒に戦いたい」

「んー。そうか……。では、作戦決行時までに、足手まといにならないように、対策が必要だな」

「足手まとい……。はっきり言うのね」


 シュガーは、少し悔しそうな顔をした。


「ああ。はっきり言わないで危険にさらすより良いだろ?」

「そうよね。わたしも戦えるように、特訓するわ」

「作戦決行時に、無理だと判断したら自宅で待機。いいな?」

「分かった。そうならないように頑張ってみる」

「さー。今日はもう遅い。寝る事にしよう」

「そうね。もう寝ないとね。朝になるわね。じゃー。おやすみ」


 そう言い残し、シュガーは、ロフトに上がって行った。

 豆田は、コーヒーカップを手に、ソファーに深く腰掛けた。

 天井を回るシーリングファンを眺めながら、


(さー。どうしたものか。期限はそこまで長くないと考えておかないとな)と、1人深く思考し始めた。


***


 次の日の朝。


「豆田まめお。おはよう」

「ああ。シュガー。おはよう」


 シュガーは、ロフトから欠伸をしながら降りてきた。


「え? 豆田まめお。寝てないの?」


 ソファー前のローテーブルが、大量のメモで埋まっていた。


「ん? 寝ていないな。何か閃きそうなんだ」


 シュガーは、ローテーブルに置かれたメモの1つを手に取った。

 そこには【やはり、モンシン産のコーヒーを使うべきか】と、書かれていた。


「え? 豆田まめお。これコーヒーについて考えているの?」

「ああ。もちろん。コーヒーについて考えていた。もう少しで素晴らしいブレンドが完成しそうなんだ」

「え? 寄生金属の『こだわリスト』の倒し方法を考えていたとかじゃなくて?」

「ああ。はじめはそうだったんだが、途中でコーヒー愛が溢れてきてね」

「はぁー。ある意味凄いわ。豆田まめお。ぶれないわね」

「ははっ。褒めてくれてありがとう」


 シュガーは、メモをローテーブルに戻すと、キッチンに移動した。


「朝ご飯作るけど、何がいい?」

「そうだなー。ホットドッグをお願いして良いかな?」

「分かったわ。すぐに作るわね」


 シュガーは、冷蔵庫からソーセージを取り出し、用意を始めた。


『ギギギー』


 玄関の扉が開く音が聞こえた。


『スッスッスッ』


 階段を昇る音が聞こえるが、かなり小さい音だ。


 豆田は、ペンを動かす手を止め、階段の方を見て、声をかけた。


「風雷。こんな朝から何のようだ?」

「ほー。階段を昇る音であっしと気付きましたか」


 そう言いながら、風雷が階段から現れた。


「あ。風雷さん! おはようございます」

「ああ。シュガーさん。おはよう」

「風雷さんもホットドッグ食べます?」


 少し驚いた顔をした風雷だが、「ああ。お願いしやす」と、答えた。


「で、風雷。何の用だ?」

「豆田の兄ちゃん。金属の『こだわリスト』と戦うんですな」

「ほう。誰から聞いた?」

「昨日、怪しい男が私の前に現れやして、そう言ったんですが」


(リッカが、気をきかせたか?)

「ああ。近いうちに戦う事になりそうだ」

「じゃー。あっしも戦わせてくだせえ」


 シュガーは、キッチンからそのやり取りを聞き、


(風雷さんが協力してくれたら、心強いんじゃ)と、思った。


「風雷。それはダメだ」

「な、何故です?」


 断られると思っていなかった風雷は困惑した。


「まず、風雷が戦闘に参加すると、おそらく、いかり狂うだろ?」

「……」

「そうなると、自身を制御できなくなり、威圧感を空間に広げるだろ? その時点で、こちらの戦力の大半は失神して動けなくなる。下手すると、戦力は私だけになる」

「では、はじめからあっしと、豆田の兄ちゃんで、戦えば良くないですか?」

「それは、相手が昔のまま進化せず、尚且つ、単独犯であるなら、有効だが」

「……」

「おそらく、アジトの情報をばらして罠を張っているくらいだ。風雷が来ることも想定しているはずだ」

「なるほど……」


 風雷の周りの張りつめた空気が落ち着いた。


「風雷さん。ホットドック出来ましたよ。温かい内にどうぞ」


 シュガーは、ローテーブルに風雷の分のホットドックを置いた。


「シュガーさん。ありがとう」


 風雷はソファーに腰掛けた。

 豆田は、手で『どうぞ』と勧める。風雷はホットドックを口に含んだ。両眉を上げて、満足気だ。


「豆田の兄ちゃん。では、あっしが出来る事は、何もないですか……」

「いや、そうは言っていない。折角来たんだ色々協力して欲しい事がある」

「ほう。それは何です?」

「それは……」


 豆田は風雷に耳打ちした。


***


 首都コルトから、南西に車で20分移動した先にあるカチス湖。


 その湖岸に建つ一軒の倉庫の2階の一室。モニターを見つめつつ、貧乏ゆすりをする男が声を荒げていた。深緑のパンツにTシャツ。その上に白衣をまとっている。


『ガン!!』


「くそ! いい加減ここまでやって来いよ! もしかして、敵はあの情報にすら気付かないバカなのか?」


 モジャモジャパーマの丸眼鏡の男は、モニターにイライラをぶつけていた。


「フォルカー。煩い」


 椅子に座り本を読むブロンズ色のロングヘアの女が、気だるそうにそう言った。


「はぁ! そりゃ煩くもなるわ! 商売があがったりなんだぞ!」

「はぁー。何度も聞いてる」

「風雷の寄生金属が解除されたせいで、【いさりの指輪】が全く売れない!」

「仕方ないじゃない」

「この指輪を一個作るのに1年かかるんだぞ! 指輪の『こだわリスト』に依頼して、形状を変えられる指輪を作らせて、その後に、内部に細工して、2日後に絶命させる遅効型の寄生金属を入れてようやく完成だ! ようやく6本目を作ったってところだぞ!」

「はいはい。そうね」


 女は、深紅のロングドレスの裾を気にしながら、立ち上がった。


「大体。ギャンガー。お前が一つ回収し損ねたところから、おかしくなっているんだ!!」


『ドン!』

「悪かった。って、言ってるじゃない!」


 ギャンガーと呼ばれた女は、地面を踏みつけながらイラついた。


「ぬいぐるみは遠隔自動操作じゃなくて、直接行け! って、言っただろうが! だから、相手の顔も分からない!!」

「じゃー。フォルカーが行けば良かったんじゃない?」

「俺の能力は、潜入には向いてないだろ! 向いているのは破壊だ」

「そうね。あんたはすぐに頭に血がのぼるから! バカだし!」

「あー? やるのか?」

「あんたと戦っても勝てるはずないじゃない。要は、風雷の寄生金属を取り外した奴を殺せば良いだけでしょ?」

「それはそうだ。そうすればまた商売ができる」

「じゃー。町の人間に寄生金属をバラまけばいいんじゃない?」

「あー? 【いさりの指輪】を作るのに一年かかると、言ってるだろ!」

「フォルカー。あんたはもう少し頭を使わないと。その辺で買ってきた指輪に、寄生金属を取り付けたらいいのよ! それで数名死ねばパニックを作り出せるでしょ? 形状は変わらなくてもいいじゃない」

「あ、なるほど、そうすれば風雷の寄生金属を外した奴が動き出すか……」

「そう言う事、そいつをここで迎え撃つか。相手が特定できれば、こちらから出向いて暗殺する。ってこと」

「なるほどな。ギャンガーは頭が回るな」

「フォルカー。あんたがバカなのよ」

「煩い! で、簡単な指輪は、何個作ればいい?」

「そうね。まずは10個くらい欲しいわね」

「分かった。10日で何とかする」

「OK。じゃー。私は、安い指輪を買いに街に出るわ。あと、ばらまく場所も探しとくわ」


 そう言い残すと、ギャンガーはロングドレスに付いたフードを被り、扉から出ていった。


「見とけよ! 解除やろうめ! 目にものを見せてやるぜ」


 フォルカーは、部屋の一角で量産型の指輪に入れる寄生金属を作り始めた。

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