第17話 リッカからの報告

 今日は情報屋リッカに依頼した情報の報告がある日だ。豆田とシュガーは、古本屋前の電話ボックスの中に入り、受話器を持ち上げた。


 無言の受話器に向かって、


「豆田まめおだ。12番目の電話ボックスにいる」


 と、言うと電話ボックスの壁が黒色に染まった。


『ガタン! ガガ!』


 と、電話ボックスが揺れた。ボックスごと移動しているようだ。

 振動が落ち着くと、外から男の声が聞こえた。


「ひひひ。豆田さんですね。」

「ああ」

「では、これをつけて電話ボックスから出てください。」


 電話ボックスの扉が少し空き、目隠しを渡された。豆田達はそれを装着し、用意されていた車に乗せられた。


「では、車で移動してから、依頼の結果を報告しますね。ひひ」

「ああ。頼む」


 豆田がそう答えると車は走り出した。数回曲がりながら、10分ほど進んだところで車は停止した。


「ひひ。ここでいいでしょう。目隠しを外してください。いいですか? リッカ様のありがたい情報ですよ。聞き漏らさないように。ひひ」


 豆田達が目隠しを外したのを確認すると、男は依頼の結果について話しはじめた。


「まず、金属の『こだわリスト』の情報からです。首都コルトの郊外にあるカチス湖の湖岸にアジトを構え、潜伏しているようです。詳しい場所は、このメモに書いてあります。持っていって下さい。ひひ」


 豆田は、メモを受け取ると、すぐに確認した。


「カチス湖か……。コルトから南西に20分だな。なるほど、倉庫をアジトにしているのか……。分かった。リッカにお礼を言っておいてくれ」

「ひひ。伝えておきます。で、次は琥珀色の目を持つ青年の情報ですが……」


 シュガーは、緊張から唾を呑みこんだ。


「残念ながら、その目を持つ男の有力な情報は全くありませんでした」

「うそ!」


 シュガーは、ショックを隠せない。


「シュガー。リッカの情報網は凄まじい。言っている事に間違いはないだろう……」

「ひひ。シュガーさんには、力になれなくてすまない。と伝えるように言われています」

「リッカにありがとう。と、伝えてくれ。また今後とも頼む」

「ひひ。またのご利用を。では、再度目隠しをしてください」


 そう言った後、男は黙ったまま車を走らせた。しばらくすると、車は電話ボックスの前に戻り停止した。

 豆田達が電話ボックスの中に入ると壁は、元の透明色に戻った。目隠しを外した豆田は電話ボックスから出ると、自宅に向かって歩き始めた。シュガーは、うつむいたままトボトボと歩く。

 シュガーの瞳に涙が溢れ、ポタポタと地面を濡らした。


「ワイル博士。ごめんなさい。うっ、うっ」


  その姿を見た豆田はシュガーの元に歩み寄ると、


「シュガー良かったな」と、声をかけた。


「豆田まめお!! 何が良いの?! 何も分からなかったのに!」


 シュガーは大泣きしながら叫んだ。顔を真っ赤にし、身体が小刻みに震える。

 豆田はゆっくりと帽子を被り直すと、優しい声で話しだした。


「シュガー。いいか? 少なくとも、リッカの情報から、2つの事が分かったじゃないか」

「え?」

「よっぽど外部に情報を出さないように気を付けている人物か、この国にはいないかだ。これだけの情報が得られれば、探す範囲はかなり絞れるじゃないか」

「あ……。そっか……。情報がない事も大切なんだ」

「シュガー。そう言う事だ。どうだ? 前進だろ?」


 シュガーは涙をぬぐい


「そうよね! 前進よね」と、答えた。


「そうだ。諦めない限り、必ず答えに近づくもんだ」

「豆田まめお。ありがとう!」

「ん? お礼はリッカに言うもんだろ?」

「もちろんリッカさんもだけど、豆田まめおにも、感謝しているの。ありがとう。私1人じゃ。この情報にもたどり着けなかったわ」


 豆田は、少し口角を上げた。


「琥珀色の目を持つ青年に関しては、闇雲に探しても無駄だと分かったな。国内の要人と国外へのアプローチを考えよう。しかし、まずは金属の『こだわリスト』からだ」

「そうよね! いくら琥珀色の目を持つ青年を見つけても金属の『こだわリスト』に世界をメチャメチャにされた後じゃ意味ないもんね」

「そうだ! さー。帰って、作戦を練ろう」


 豆田はそう言うと自宅に向かって再度歩き出した。

 シュガーは、一度空を見上げてから、小さく拳を握ったあと豆田の後を追いかけた。

 

***

 

 自宅の前まで戻ってくると、壁にもたれかかりながら、豆田を待っているクロスの姿が見えた。


「まめっち! お帰り!」

「ああ。クロス。ちょうど連絡しようと思っていたところだ」

「何か情報が入ったみたいだね」

「ああ。クロスもだろ?」

「まーね」クロスは頷いた。

「じゃー。自宅で話を聞く事にしよう」


  豆田達は、玄関の扉を開け、リビングに上がった。


「2人ともコーヒーでいいか?」

「ああ。ブラックは苦手だから、砂糖だけ貰えるかい?」とクロスは答えた。

「私は、ミルクも!」シュガーは爽やかな表情を浮かべている。

「了解。では、少し待ってくれ」


 そう言うと、豆田はキッチンに入る。

 クロスとシュガーは、ソファーに腰掛けた。

 

「まめっち。実は大変な事が分かってね」


 クロスは深刻な表情を浮かべながら話を切り出した。


「ん? 何が分かったんだ?」


 豆田は、コーヒーをミルにかけ、カリカリと軽快な音を鳴らしながら聞き返した。


「実は、この前、ここに来た後、【いさりの指輪】の事件の犯人達に尋問をしたんだ」

「あー。で、どうだった?」

「それがね。依頼主の事は全く知らないみたいなんだ」

「それは真実か?」

「ああ。その道のプロにお願いして、その結果だから真実だと思うよ」

「なるほどな……」


 豆田は、フィルターをドリッパーにセットし、挽いた豆を丁寧に入れた。


「で、まめっち。本題はココからなんだ」

「ほう。他にまだ情報があるんだな」


 豆田は、コーヒーポットを手にすると、ドリッパーにお湯を回しいれた。リビングにコーヒーの優しい香りが漂った。


「実は、鑑識の子が発見した事なんだけど、風雷さんに寄生した金属を違う金属の上に置いてみたらしいんだ」

「ほう。面白い試みだな。で、どうなった?」

「その金属と綺麗に同化してしまったんだ」

「それは、その金属も寄生金属に感染したという事か?」

「いや、そうじゃないらしくて、簡単に言うと潜ったみたいになったって」

「それは……」

「で、鑑識の子が、まめっちにこの現象をどう考えたらいいか聞いてきて欲しいって言われてね。急いでやってきたんだ」


 豆田は、悩んだ様子を見せながら、コーヒーを淹れ終えた。そして、ソファー前のローテーブルに人数分のコーヒーを置くと、自身もソファーに腰掛けた。


「クロス……。それはマズイな。金属の中を移動して、対象者に寄生出来る可能性があるという事だな」

「豆田まめお。それって、思ってたより大変じゃない?」

「ああ」

「まめっち。どう言うこと? もっと分かりやすく説明してよ!」

「例えば、風雷は刀を使うだろ?」


 クロスは頷いた。


「いいか、クロス。風雷が刀で切り裂いた物体に寄生金属が入っていたとするだろ。すると、寄生金属は切られた瞬間、刀の中に潜り、移動して、風雷に寄生出来るってことだ」

「え。それって、大変じゃないか!」

「極端に言えば、線路を介して、汽車に乗る人物に寄生する事も出来るってことだ」


 クロスとシュガーの顔が青ざめた。


「つまり何でもありの暗殺術だ」


 豆田は、深い溜息をついた。

 

「まめっち。どうしよう?」

「今、それを考えているんだろ?」

「そうだよね……。で、まめっちの方の情報は?」

「ああ。寄生金属を使う『こだわリスト』の潜伏場所が分かった」

「凄いじゃないか!! じゃー。すぐにでも向かって、捕まえないと!」

「クロス。ダメだ」

「なんでだい?」

「これは、おそらく罠だ」

「え? 豆田まめお。リッカさんが嘘の情報を教えたって事?」


 豆田の言葉にシュガーは、明らかに動揺した。


「シュガー。そう言う訳ではない。リッカは情報の売買をしているだけだ。おそらく、敵がワザと自分の情報を流し、潜伏場所を漏らした可能性が高い」

「なんで? なんでそう言う事をするの?」

「敵の立場に立てば、簡単に想像できる」

「まめっち。僕達にも分かるように教えてくれない?」


 豆田はコーヒーを一口飲んだ。

 

「いいか、2人とも。敵にしてみれば、自身が奪還依頼した【いさりの指輪】を奪われ、風雷の寄生金属も外された訳だ」

「そっか。風雷さんの寄生金属が外された事は、もう情報屋さんから聞いて知ってる可能性が高いってことね」

「そうだ。なら、警戒を強めるか、腹を立て復讐しようとするかのどちらかだ」

「あ! そうよね!」シュガーは納得したようだ。

「だろ? 今、このタイミングで潜伏場所の情報が出てくるという事は、警戒を強めた訳ではなく……」

「腹を立てて、復讐をしようとしている。って、いう事か」


 クロスも理解したようだ。

 

「そういうことだ。この情報が出るという事は、裏を返せば、こちら側の事は何も分かってない。と、いう事と、大量虐殺はすぐには行われないという事でもある」

「あ、そっか。すぐには大変な事にはならないんだ」


 シュガーは、胸を撫でおろした。


「でも、まめっち。放置するわけにもいかないよ」

「そうだなー。こちらから、攻めるにしても問題がある」

「それはなんだい?」

「まず、そもそも寄生金属の『こだわリスト』と戦える人物が少ない」

「そうだよねー。風雷の刀でも無理だったって事は、刀、槍、ハンマーとかでは戦えないよね。銃を使っても、相手に弾が当たった瞬間に無効になりそうだし、素手はもちろん無理だよねー」


 クロスは頭を抱えた。

 

「って事は、コーヒーから『こだわりエネルギー』を抜き出して使う豆田まめおは、戦えるわよね?」 


 シュガーは、自信たっぷりにそう言った。


「いや、私は戦わない。自然のエネルギーを使う『こだわリスト』ならいけるだろ?」

「まめっち。この国には、強力な自然エネルギーを使う『こだわリスト』はいないよー。氷の『こだわリスト』ならいるけど……」

「氷では無理だな……」

「じゃー。やっぱり豆田まめおが……」

「シュガー。私は戦わない!」

「なんでなの? 豆田まめお! 大量虐殺から皆を救えるのは、あなたしかいないのよ!」

「いや、この件に関して、依頼を受けていない。そもそもまだ大きい事件になってないんだ。誰が報酬を払ってくれるっていうんだ?」


「「な……」」


 クロスと、シュガーは、自分の事しか考えない豆田に絶句した。

 

「豆田まめおは、世界が大変でも報酬がないと戦わないの?!」

「ああ。そうだ。プロだからな」

「な……」


 シュガーは、再度絶句した。


「まめっち。じゃー。僕のポケットマネーから……」

「ダメだ。安すぎる!」

「まだ金額を言ってもないのに!!!!」


 クロスは騒いだ。

 しばらくの沈黙のあと、シュガーが口を開いた。


「豆田まめお。私を助けてくれた時に、『報酬はアシスタント料でいい』って言ってたでしょ?」

「ああ。そうだな」

「その時の報酬分は、もうすぐ払い終わるわよね」

「ああ。残念だがそうだな。その後は好きにしてくれて良い」

「分かったわ。じゃー。こういうのはどうかしら?」


 豆田は首を傾げた。


「この依頼を受けてくれたら、一生私はあなたのアシスタントとして働くわ。もちろんお給料は頂くけど」

「それは本当か!」


 豆田は興奮しながら身を乗り出した。

 思いもよらない食いつきにシュガー自身が驚いた。

 その反応を見て、クロスはすぐさまシュガーを援護をする。


「まめっち! シュガーちゃんほどのアシスタントは、二度と見つからないんじゃないかな?」

「クロスもそう思うか!! そうだろ? シュガーは、とてつもなく優秀なんだ!! 客への対応だけじゃなく、私の補助、周りに対しての気配り、どれも完璧なんだ!!」

「え……? え?」


 シュガーは面と向かって褒められて恥ずかしい。


「じゃー。まめっち。このいい機会を逃がすわけにはいかないよねー」

「クロス! 確かにそうだ! そうしよう!!」

「え……、じゃー」


 シュガーは余りにもスムーズに話が進み少し困惑気味に豆田に尋ねた。


「ああ。その条件で、この仕事を引き受けようじゃないか!」

「豆田まめお。ありがとう!!」

「よし。気合が入ったぞ! では、ここからは、事件解決に向けて、色々検討してみよう」


  金属の『こだわリスト』討伐作戦会議が始まった。

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