第16話 情報屋リッカ

『ジリリリリー。ジリリリリー』


 壁に掛けられた黒電話が鳴った。


「豆田まめお。電話取ろうか?」

「ん? ああ、頼む」


 豆田は、キッチンカウンターに座り、メモを取りながら考え事をしているようだ。

 シュガーは、ソファー横の壁で鳴る電話の元に急いだ。


「はい。豆田探偵事務所です。あ、クロスさん! え? あ、います!」


 シュガーは、受話器を耳元から離し、豆田を呼んだ。


「豆田まめお! クロスさんが急用だって!」

「ん? 分かった!」


豆田は、シュガーの元まで駆け寄ると、シュガーから受話器を受け取った。


「私だ。なるほど。やはりそうだったか……。と、いう事は、最悪の事態が進行していると考えた方がいいな。分かった。待っている」


 豆田の声は、いつもより明らかに低く緊張した様子であった。シュガーの表情も一気に強張った。


「豆田まめお。何があったの?」

「シュガー。どうやら大変な事になっているようだ」

「どうしたの?」

「実は、風雷の寄生金属の事件の後、気になる事があってな。クロスに頼んで、警察署内の化学班に鑑定をお願いしていたんだ」

「? 何を鑑定してもらっていたの?」

「【いさりの指輪】と、風雷に寄生していた金属だ」

「どうして?」

「風雷が言っていた特徴と、【いさりの指輪】の特徴が一致している部分があったからな。もしかするとと思ってな」

「え? まさか! 同じ物質?」

「ああ。そのまさかだ。鑑定の結果同一物質だったんだ」

「え? じゃー。町に寄生金属に汚染された指輪が大量に撒かれているかもしれないの?」

「ああ。可能性はある。だが、わざわざ国の重要物保管庫から、【いさりの指輪】を盗み出すくらいだ。おそらく今はまだ大量生産は出来ていないと、考えていいだろ。しかし」

「いつ、大量生産が出来るようになるか分からない……」

「そう言う事だ。早めに、この寄生金属を作り出した『こだわリスト』を探し出し、能力を解除させるか、始末しないと大変な事になる」


 シュガーは生唾を飲んだ。


「さらにだ。【いさりの指輪】は使用されると、形状を変えると言っていた」


 シュガーは、小さく頷く。


「つまり、寄生金属を汚染させる物体は指輪である必要もない。と、いう事になる」

「え……。それって……」

「下手すると、人類が滅ぶ可能性もある」

「うそ……」


 豆田は、ソファーに腰掛けて、黙ってしまった。時計の音が空間に響く。


 しばらく沈黙の時間が流れた後、


『ファンファンファン』


 と、パトカーのサイレンが聞こえてきた。 通りの奥から、てんとう虫のようなフォルムの黒いパトカーが猛スピードで接近してきた。


『キーーッ』


 自宅の前で大きなブレーキ音がし、玄関の扉が開く音がすると、


『ドカドカドカ!』


 と、大きな音を立てながら、クロスが階段を駆け上ってきた。


「まめっち!! どうしよう!!」


 クロスは血相を変えて、豆田に詰め寄る。


「落ち着けクロス」


(こういう時は塩を撒かないんだ)


 と、シュガーは冷静にそう思った。


「慌てても、私達がすぐに出来る事は何もない」

「じゃー。こうしている間に、寄生金属が町に充満しちゃうじゃないか!」

「クロス。町に充満するには、まだ日にちがかかるはずだ。この事件はお前がカギなんだ。落ち着け」

「え? まめっち。どういう事?」

「クロス。お前のボックスがある限り、寄生されても取り除くことが出来る。1日3回までだがな」

「あ。そうか……」


 クロスは、少し落ち着きを取り戻したようで、肩の力が抜けたのが分かる。


「まさか、まめっち。もう何か考えがあるの?」

「そうだな。まずは金属の『こだわリスト』を探す事から、始めないと仕方ない」

「なにか、心当たりはあるの?」

「ああ。まず、この前の【いさりの指輪】の事件は、明らかに指輪だけを狙った犯行だ。と、いう事は、依頼主は【いさりの指輪】の能力を事を知っていて、アギトに売ろうとしていた者か、製作者本人の可能性がある」

「あ、そっか! ってことは、拘束した犯人達から、何らかの情報を探れるかもしれないね! 捕まえた犯人達に尋問してみるよ」

「ああ。頼む。私は、情報の『こだわリスト』に掛け合ってみる」

「え、まさか、あの人?!」

「ああ。かなり面倒だが、背に腹は代えられない」

「まめっち。ありがとう。何か良い情報が入ったら教えてね」

「ああ。分かった。では、早速取り掛かるとする」

「任せたよ!」


 そう言うと、クロスは駆け足で、階段を降りていった。


「豆田まめお。情報の『こだわリスト』に会いに行くの?」

「はぁー。ああ、全く気乗りしないが仕方ない」

「どんな人?」

「かなり変わった人物だ」


 豆田は、そう言うとキッチンに入っていった。


(豆田まめおが、そう言うなんて、よっぽど変わっているのね)と、シュガーは思った。


「シュガー。コーヒーを淹れたらすぐに出る。用意をしてくれ」

「分かったわ。何か持って行くものある?」

「そうだな。メモ用紙とペンだけでいい」

「硬貨は?」

「あー。そうだな。一応用意しといてくれ」

(一応?)


 シュガーは、不思議に思うがあまり気にせず用意を始めた。


 10分後、豆田は『こだわり』のコーヒーを淹れ終わり、カップを片手に自宅を出た。

 シュガーは、ショルダーバッグだけを持ち、豆田の後に続いた。


「ねー。豆田まめお。どこまで行くの?」


 シュガーは豆田の横に並びながら問いかけた。


「あー。次のスジの角にある。古本屋の前だ」

「古本屋の前? あんな所に何かあった?」


 シュガーは記憶を辿るがそれらしい建物の記憶はない。


「まー。着けばわかる」


 豆田は、角の古本屋の前に到着すると、その前にある電話ボックスに入った。大人しく外で待とうとするシュガーに、豆田は手招きし、中に入るように促した。


「え? なんで私も入るの?」

「シュガー。この中に入っていないとダメなんだ」


 と、豆田に言われたシュガーは、無理やり電話ボックスの中に入り込んだ。身動きの取れない電話ボックスの中、豆田は黒電話の受話器を持ち上げると、


「豆田まめおだ。12番目の電話ボックスにいる」と、言った。


 豆田が受話器を置いた瞬間、電話ボックスの壁が黒色に染まった。


「きゃー! 何? どうなってるの?」

「シュガー。大丈夫だ。何があっても言う通り動いてくれ」


 シュガーは、小刻みに頷いた。


『ガタン! ガガガ』


 電話ボックスがしばらく揺れ動いた後、外から妙に甲高い男の声が聞こえた。


「ひひひ。豆田さんですね」

「ああ。そうだ」

「ボスに用ですか?」

「ああ」

「分かりました。では、これをつけて電話ボックスから出てください」


 電話ボックスの扉が少し空き、その隙間から目隠しを渡された。豆田達はそれを装着し、扉の外に出た。シュガーは、豆田の腕につかまり必死についていく。


「では、車で移動しますが、目隠しを外された時点で、扉から蹴落としますので、宜しくお願いします」


 そう言うと車は動き出した。


 場所を特定されないようにしているのか、車は何度も左右に曲がりながら進んでいった。体感的ではあるが10分ほど移動した場所で、車は停止した。


「着きましたよ。ひひひ。車から降りた後、真っすぐ進んでください」


 豆田達は、目隠しをしたまま建物の中に誘導された。


『ギー!』


扉が開く音がした後、


「ボス。連れてきました。ではお2人の目隠しを外しますよ」


 と、男は言い豆田達の目隠しを外した。


 そこには、淡いピンク色の壁で覆われたこじんまりとした部屋と、そこに佇む赤いドレスを着た綺麗な女性が見えた。


「豆田さん。久しぶりね」

「ああ」

「このお綺麗な方が、情報屋さんなの?」


 シュガーは疑問を口にした。


「はは。リッカ。いい言葉を貰ったな」


 リッカは、頬に手を当て、心底嬉しそうな顔を見せた。


「この子は噂のシュガーちゃんね。素直でいい子じゃない」

「ああ。いい子だ」

「で、今日の依頼は何かしら?」

「ああ。実は探して貰いたい、人物がいてな」

「へー。あなたでも探せないのね? 興味が湧くわー」

「一刻を争う事態でね。もうそっちには情報が行っているとは思うが、風雷に寄生金属を植え付けた人物を探している。現在の潜伏場所を教えて欲しい」

「なるほどねー。その情報を探すには、いつも通り、代金は先払い。それに、もし何も分からなくても返金は無し。これでもいいかしら?」

「ああ。それで構わない」

「で、依頼は、それだけかしら?」

「中々、鋭いな。あと、もう一人探して欲しい人物がいるんだ」


 豆田は、シュガーの方を見て、片眉を上げた。


(え? あ。そっか!)「あの。琥珀色の目を持つ青年を探しているのですが……」


 シュガーは、そう切り出した。


「あなたは、その情報が欲しいのね。豆田さんと同じ条件でもいいかしら?」

「分かりました! あのー。お代はおいくらですか?」

「白金貨100枚ね」

「え、金貨100枚で白金貨1枚だから……。え? 家が数軒買えるじゃないですか!」

「ふふ。本当ならね」


「?」シュガーは首を傾げた。


「私は、情報の『こだわリスト』よ。それに見合った情報を貰えたら、ただで良いわよ」

「私、そんな凄い情報は持ってないですけど……」

「あら、やだ! 持ってるじゃない!」

「え?」シュガーは、困惑した。

「その肌よ! きめ細かいじゃない! どんなスキンケアをしているの?」

「あの、別に何も……」

「うそ! 天然? 嘘でしょ?! すぐに調べさせて!」

「おいおい。リッカ。それは、代金以上じゃないか?」


 豆田は、リッカに静止を促した。


「あ。確かにそうね。このレベルの情報は、私が支払はないといけないわね」

「え? そんな調べて貰うのに、悪いです!」


 シュガーは、困った顔で豆田に助けを求める。


 豆田は、少し悪い表情を見せると、


「リッカ。ああ言っている事だし、私の依頼する情報料とセットでシュガーの肌を調べると言うのはどうだ?」

「そんなのでいいの! じゃー。契約成立ね!」

 

 そう言うと、リッカは棚から顕微鏡を取り出すと、シュガーの腕を掴み、テーブルに座らせた。


「腕の肌を見るわね!」


 シュガーの腕をテーブルに置くと、顕微鏡を覗き込み観察しだした。


「凄いわ! このキメ! あーーー。そう言う事だったのね! エクセレント!!!」


 リッカは、ノートにメモを取りながら、シュガーの肌を観察し続けた。


 30分ほど観察すると、納得したようで、満面の笑顔を浮かべた。


リッカは額の汗を拭うと、


「凄いわ。豆田さん。凄い情報だったわ!」と言った。

「それは、良かったな。支払いとしては、納得して貰えたかな?」

「もちろんよ!! もっと私が払わないといけないくらいよ!」

「ほう。では、今度、また情報が必要な時は、一回分ただで良いかな?」

「もちろんよ!! でも豆田さんじゃなくて、シュガーちゃんの依頼ならね」

「はは。もちろんだ」

「じゃー。とりあえず依頼は寄生金属の『こだわリスト』の潜伏場所と、琥珀色の目を持つ青年の情報ね。1週間後に、またさっき男に連絡させに行くわ」


 豆田達を連れてきた男が頭をペコリと下げた。


「よろしく頼む!」


 そう言うと、豆田も軽く頭を下げた。


「では、また12番の電話ボックスまで、お送りしますね。ひひひ」


 そう言いながら、男は再度豆田達に目隠しを渡した。


***


 車に10分ほど揺られ、豆田達は古本屋前の電話ボックスまで戻ってきた。


「では、豆田さん。1週間後、この電話ボックスで、お待ちしています」

「ああ。分かった。よろしく頼む」

「ひひひ。では、電話ボックスの扉が閉まったら、目隠しを外してもいいですよ」


 扉を閉める音が聞こえたあと豆田達は目隠しを外した。すると、電話ボックスの遮光は元にもどり、通常の電話ボックスになった。


「豆田まめお。ありがとう!!」


 シュガーは、電話ボックスから出ながらそう言った。


「琥珀色の目を持つ青年の、良い情報が入ればいいな」

「うん。でもリッカさん若くて綺麗なのにまだ美しくなりたいのね」

「ああ。ああ見えて、60歳は超えているからな」

「うそ!! 60歳!!」

「ああ」

「若さの秘訣と美貌のコツの情報ほしい!!」

「ははは。で、彼女は儲かるって訳だ!!」


 豆田は、口角を上げ笑うと、自宅に向かって歩き出した。

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