第15話 寄生金属
寄生金属は、豆田の手の甲でうごめいている。豆田は腕を押さえ、険しい表情で風雷を見た。傍らにはコーヒーが丁寧に置いてあった。
「さー。豆田の兄ちゃん。急激な成長を見せてくれ」
「くそ! こんな方法で体得できるはずがないだろ!」
そう言った豆田は『こだわりエネルギー』を体内に巡らせようと、右腕を掴み力むが、その兆しすら感じない。
その様子を見た風雷は、長丁場を覚悟し、あぐらをかいた。
「まめっち。僕がコーヒーの事を言ったばかりに……」
クロスは、心底後悔しているようで、悔しそうな表情を浮かべた。
「豆田の兄ちゃん。なんだ? 期待外れか?」
「勝手に巻き込んでおいてよく言う。ぐわ!!」
寄生金属が時より拍動し激しく痛む。
「まだその威勢があれば大丈夫だな。コツがつかめないと、あっしより先にあの世だ」
風雷は、ニヤリと笑った。豆田は何度も力むが、結果は同じであった。
「くそ!!」
腕を押さえているだけの豆田を見かねて、風雷は立ち上がった。
「どれ、協力してやろう」
そう言うと風雷は、左足を後方に引き、居合の構えをとる。
「な、バカじゃないのか!」
「豆田の兄ちゃん。体内に『こだわりエネルギー』を流せなければ、死ぬぞ。白風一閃!!」
風雷の横一文字の斬撃が、豆田に向かって飛んだ。
「うそだろ。コーヒーシールド!!」
豆田の傍らに置かれていたコーヒーカップから、『こだわりエネルギー』が浮かび上がり、コーヒーシールドを形成した。
『ガキン!!』
風雷の斬撃を間一髪受け止めるも、シールドごと豆田は後方にぶっ飛ばされた。風雷は、すぐさま地面を蹴り、それに追いつくと、頭上から剣を振り下ろした。
豆田は、コーヒーシールドをソードに変形させ、受け止めると、風雷に蹴りを放った。風雷はそれを難なく躱すと、再度居合い斬りの構えをとった。
「くそ! あくまで『覚えろ』と、いう事か」
豆田は風雷に向かって、声を張った。
風雷はニヤリと笑った。
豆田は風雷を模して、居合い斬りの構えをとってみる。集中力が寄生金属の痛みを消し去った。
「ほう。豆田の兄ちゃん。その集中は、大したものだが、体内に『こだわりエネルギー』を循環させるには、至っていない」
「何度も言うが、それはすぐには出来ない」
「じゃー。残念だが、豆田の兄ちゃんを殺して、次の後継者候補を探すとしよう」
風雷は、居合の構えを取り、身体と刀に『こだわりエネルギー』を流した。風雷の周りの空気が重くなる。
(まめっち。あんなの食らったら無事じゃいられないよ)
クロスは居ても立っても居られなくなり、豆田と風雷の前に飛び出した。風雷は、それが分かっていても居合の動作を解かない。
「クロス、危ない! コーヒー銃!!」
豆田はコーヒーソードを解除し、銃と弾丸を作り出した。シリンダーに弾丸が装填されると、すぐに風雷に向かって発砲した。
3発の弾丸が空を切る。風雷はピクリと眉を動かすと、居合の型を素早く解き、刀をくるりと回した。弾丸はいとも簡単に弾かれた。
この豆田の行動が風雷の怒りをかってしまった。
「あっしは、居合を覚えろといったぞ!! 何故、銃を使う?」
「私はコーヒーの『こだわリスト』だからな。何でも有りだ」
「もういい。豆田の兄ちゃん。茶番は終わりだ。今から、このあたり一帯を吹き飛ばす最大限の攻撃を放つ。体内に『こだわりエネルギー』を流して身体を強化しろ。出来なければ死だ。避ければ、お仲間の死だ。さー。成長して見せろ!」
そう言うと、左足を後方に引き、居合の構えをとった。周囲の空気がビリビリと鳴り、次の一撃が凄まじい物になることは、誰の目にも明らかだった。
(豆田まめおが死んじゃう!!)シュガーの目に涙が貯まる。
「豆田の兄ちゃん。準備はいいですかな?」
風雷のドスの聞いた声が響く。
「風雷。分かった。覚悟を決めよう。だが、少し待て」
そう言うと、豆田はクロスに手招きをした。
「え? まめっち、どうしたの?」
クロスは豆田の元に駆け寄った。
「クロス。BOX2のストレージモードだ」
「え? 何を入れるの?」
「早くしろ! 風雷が待っている」
「分かったよ! BOX2」
クロスの前に薄明るく光るBOXが現れた。
上部が開放された30センチ四方のBOXは、フワフワと浮いている。
「じゃー。まめっち行くよ! 準備はいい?」
「ああ。頼む」
「ストレージモード、開始!!」
『ブワーン』
と振動音が鳴った。豆田は、右手を素早くBOXに突っ込んだ。
(え? 何で、右手を入れるの?)
シュガーは突然の豆田の行動に疑問を抱いた。
BOXの振動音が鳴り止むと、豆田は右手をそこから引き抜いた。その手の甲には、寄生金属は見当たらない。BOX2の中に寄生金属が収納されたのだ。
「まめっち! そっか! 金属は生物じゃないもんね!」
「ああ。そう言う事だ。これで、完全に居合の技に集中できる。風雷。待たせたな。さー。続きだ」
「な! おい! え?」
風雷は混乱した。自信を20年間も苦しめた寄生金属を豆田ともう一人の男はたやすく外したのだ。
「その箱は何だ?」
風雷は、震えた手でBOXを指差した。
「あ、クロスのBOXか? 生物以外、何でも収納できる優れものだ」
「もしかして、あっしの腕の寄生金属も……」
風雷は驚きの表情で、必死に尋ねた。
「ああ。はずせる。が、依頼を頼まれたのは、後継者探しだ」
「え? 外せる! 外して貰うことが出来るのか?」
風雷は、まさかの出来事に、脳が付いてきていない様子であった。
「ん? ダメだ。あと一つだけ残っているBOXは、再度コーヒーを収納するのに使う」
「あの、そこを何とか」
「クロス。どうする?」豆田は敢えて惚ける。
「まめっちに任せるよ」
「だ、そうだ。風雷」
「あの、さらに金貨5枚を……」
このチャンスを逃すまいと、風雷は必死だ。
「風雷。それでは足らないな……」
「豆田の兄ちゃん。すまない。これ以上は、もうすぐ死ぬ予定だったから持ってない」
「んー。私は殺されかけもしたしなー」
シュガーは(完全に豆田のペースになった)と思った。
「本当に、すまない。申し訳ない。しかし、あっしには、この居合しかありやせん。丁寧に時間をかけて、居合をお教えするっていうはどうでやしょうか?」
風雷は、急に丁寧に話そうとし、語尾がおかしくなる。
「……。私は居合に興味が無いからな……」
シュガーは(あ。これ興味があるな)と思った。
「豆田の兄ちゃん。そこを何とかお願いします!」
「仕方ない。それで手を打とう。だが、今日1日で覚えきるのは私には無理だ。これから覚えられるまで毎月来てもらおうか」
「それくらいやらせて頂きます!!」
風雷は、頭を深々と下げた。
「そうか、では、とりあえず、今日の分を教えて貰ってから、BOXを使おう」
風雷は満面の笑みを浮かべた。
(凄いわ。豆田まめおのお陰で、この国は危機を脱したのに……。なぜか、ありがたみゼロね。凄いわ。中々ないわね)
シュガーは感動していいのか複雑な心境になった。
「凄いな。まめっちは」
クロスはシュガーに声をかけた。
「クロスさんは、そう思います?」
「シュガーちゃん。それはそうだよ。まめっちが閃かなかったら、皆、ここで死んでたよ」
「あ。そうですよね。感謝しないと」
「ふふ。感謝はしなくていいけど、出来るだけ長い間、まめっちのアシスタントをやってあげてくれない? まめっちを理解できる人って少ないから……」
「まだ、全然理解できてないですけど……」
「あんなんだもんね……」
「「ふっははは」」
クロスとシュガーは、大笑いした。
その横で豆田は、風雷の指導を細かく受けている。
「風雷。とりあえず先に居合の型から教えてくれ。『こだわりエネルギー』を体内に循環させるのは、すぐには出来そうにない。構えはこうか?」
「いや、重心をもっと下げてください、身体のバネとの連動感を感じて……」
「こうか?」
「はー。豆田の兄ちゃんは、カンが悪いな」
「いや、説明が悪い」
風雷の眉がピクリと動いた。
「誰のお陰で助かるんだ?」
「豆田の兄ちゃんのお陰です」
「だろ? より具体的に説明するんだ」
「まず、重心をあと3センチ5ミリ下げてください」
「これくらいか?」
「それくらいですね……」
風雷は呆れながら答えた。
「仕方ないだろ。私は、覚え始めはヒトより遅い。だが、諦める事はない」
「なら、いつか出来ますな。ま。気楽にいきましょうか」
風雷は、優しい笑顔で豆田に微笑んだ。
***
クロスは気絶していた2名の警察官を起こし、風雷の寄生金属をBOXに収納した。風雷は深々と頭を下げると、また砂埃を巻き上げながら消えていった。
「まめっち。流石に疲れたね。」
「確かにな。沢山練習したからな。お陰で少しコツが掴めたな」
豆田は、居合の構えを見せた。クロスは会話が噛み合ってないことを訂正する気力もない。
「豆田まめお。いつから寄生した金属を外せるって思っていたの?」
シュガーは豆田に疑問をぶつけた。
「ん? それは初見だ」
「うそ。そんなに早くから気付いていたの? じゃー。何ですぐ教えてあげなかったのよ!」
「風雷の人柄が分からないのに外したら、世界に危険が及ぶかもしれないじゃないか」
「え? じゃー。豆田まめおはずっと風雷さんを試していたの?」
「はは。聞こえが悪いがそうなるな。ま、死にそうになったが」
豆田は大笑いした。
「まめっち。今後は先にどうするか教えておいてよー」
「ん? 気付かなかったか? BOXの数を確認したじゃないか」
「豆田まめお……。それだけじゃ。人に伝わらないのよ」
「そうなのか?」
「そうなの!」「そうだよ!」
豆田はクロスとシュガーから、つっこまれた。
「そうなのかー」
豆田は帽子を被り直し、悩む仕草をした。
その姿を見て、笑い出すクロスとシュガー。
夕焼けが、広場を赤く染めていた。
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