第14話 居合の『こだわリスト』
ランチを終えた豆田達は、大衆食堂『サータス』を後にした。
それぞれ風雷との約束の時間まで準備をし、首都『コルト』郊外にある訓練所に集合した。
この訓練所は森を切り開いて造られた物で、テニスコート100面分を超える広大な広場と、木造の戸建てや、鉄筋コンクリートの建物、橋や、迷路のような物など様々な訓練を想定した建物からなる。
その全てを高い塀で囲んでいて、外からでは様子を見る事が出来ないようになっていた。
風雷の居合の技を見るには最適な場所といえる。
豆田達は大きな門の前で、約束の時間が訪れるのを待っていた。
「もうすぐ3時か。クロス。後継者になれそうな目ぼしい候補はいたか?」
「うちの署で探したけど、剣に『こだわリスト』の子は、2人だけだったよ」
「その者達は?」
「先に訓練所内の施設に入って待機して貰ってるよ。まめっちの方は?」
「こちらは厳しいな。剣術大会の優勝者などにアタリはあるが、この短時間ではコンタクトも取れていない。それに風雷の技を見てみない事には、どのレベルの剣客を探せば良いかも、見当が付かないしな」
「確かにね。あ。もうそろそろ時間だね」
クロスは、先ほど馬車でやってきた道を見つめた。
遠くで砂煙が立ち上がっているのが見え、それが驚異的な速さでこちらに迫っていた。馬車の10倍は速い。
「まめっち。まさかと思うけど」
「あれで間違いないだろ」
急速に近づいた砂煙は、豆田達の目前でピタリと止まった。次いで、砂の嵐が豆田達にぶつかる。砂まみれの視界の中、
「待たせましたな」
と、風雷の声が聞こえた。砂まみれの豆田達に緊張が走った。
「豆田の兄ちゃん。用意ができたか?」
「ああ。なんとかな」
「後継者候補は?」
「先に、施設内に入って貰っている」
「ほう」
「風雷さん。とりあえず、僕の勤務する警察署の中で、剣に覚えのある者2人を連れてきました」
クロスは、細心の注意を払いながら風雷に説明した。
クロスがアイコンタクトを送ると、門番は軽く頷き、門を開けた。クロスの先導で、一行は施設内に進んでいった。
***
施設内を歩き続けると、広場の中に小さな小屋が見えた。普段は車を使った戦闘や、馬車を使用した戦闘を想定して訓練する場所のようで、だだっ広い。
300メートルほど奥には森が見え、そこも訓練を行う場所のようだ。視界の外れには、ここを取り囲む塀が見えた。
「クロス。後継者候補は、あの小屋の中か?」
「ああ。そうだよ。あの中に待機してもらっている」
『トントン』クロスは小屋の扉をノックした。
「はい。クロスさん。お待ちしてました」
と小屋から制服姿の2人の警察官が現れた。
2人は自分たちを向上させるチャンスだと思い、興奮しているようだった。
「豆田の兄ちゃん。こいつらか?」
風雷は、明らかに不満気であった。豆田は風雷の態度に気付かないフリをして、話を進めた。
「じゃあ、風雷。とりあえず、伝授したい技を見せて貰えないか?」
「この者達では、無理だ」
風雷は、大きな溜息をついた。豆田は、帽子を被り直し、少し間を取った。
(ここでの対応を間違えば、この国が戦場になるな)豆田は悩んだ。
シュガーは、心配そうに豆田の方を見つめていた。
「風雷。人と言うのは、急に成長する瞬間があるだろ? 彼らの今日がその日かもしれない」
「んー。あり得ない話ではないが……」
「風雷。とりあえず、居合の技を見せてくれ」
しばらくの沈黙の後、風雷は動き出した。
「ま、どっちにしても、まずはあっしの居合の技を見せる必要があるか……。豆田の兄ちゃん。しっかり見て、良い後継者を探してくれ」
「ああ。しっかり見せて貰う」
風雷は小屋に背を向けると、左足をゆっくり後ろに下げ、重心を落とした。刀の柄を握ると、周囲の空気が一変した。大衆食堂『サータス』で感じたものとは比較にならないほどの威圧感が周囲に広がった。
風雷の威圧感に初めて触れた2名の警察官は、呼吸が荒くなり、目を見開き、失神してしまった。風雷は、倒れた2人の事など、気にも留めず、『こだわりエネルギー』を体内、そして、刀の隅々にまで流した。
「白風一閃!!!!」
そう叫びながら風雷は、刀を一気に抜いた。
横一文字の凄まじい斬撃が広場に放たれた。その衝撃波は広場を通り抜け、視界の外れにある森にまで到達し、木々をなぎ倒した。
「す、凄い!」
シュガーは、極められた居合の技にただただ驚愕した。
風雷は、ゆっくりと刀を鞘に収めた。
「豆田の兄ちゃん。塀を壊さないように、威力を制御するとこんなものだ」
(これで、抑えているのか……)
豆田は、依頼を引き受けたことを後悔した。
(まずいな。この技を継げる後継者候補など、いるはずもないぞ)
緊迫した表情の豆田の額に冷や汗が滲んだ。
「まめっち……。こんな凄い技を継げるような人はいないね」
(しまった! 事前にクロスに、後継者が見つからない場合は大変な事になると、言うのを忘れていた)
豆田はクロスを睨んだ。
「だって、そうじゃないか!」
クロスは、思った事を良かれと思って口にした。
「あっしの技を伝授出来る者がいないだと?」
「あーー。そうだ。こんな凄い技はすぐには難しいだろ? 数年は必要ではないか?」
豆田は必死に危機を回避しようと言葉を並べた。
「仕方ない……」
風雷は天を仰ぐと、
「この国を亡ぼすか……」
と、ポツリと呟いた。
(諦めてくれる訳がないか……。戦闘になるぞ。だがこんな怪物勝てるはずがないぞ)
豆田は奥歯を噛みしめた。
「ねー。まめっちが、覚えたら?」
クロスの天然が炸裂した。
「いや、私はコーヒーの『こだわリスト』だぞ!」
風雷の眉がピクリと動いた。
「まめっち。だって、コーヒーソードが使えるじゃないか」
豆田はクロスを睨んだ。
その様子を見てシュガーは、
(これは、豆田まめお。早くから気付いていたな)と思った。
「豆田の兄ちゃん。剣を使えるのか?」
「いや、コーヒーを自在に操れるだけだ」
と、豆田はあえて簡潔に答えた。
「ほう。見せて貰えるか?」
「いや、今日は珍しくコーヒーを忘れてしまったんだ!」
シュガーは、(わざと忘れてきたな)と、思った。
「では、コーヒーを淹れるのを待とうか?」
風雷は豆田に打診した。
「いや、風雷の貴重な時間を私で潰すわけには……。それにコーヒーの道具一式、自宅に置いてきた」
シュガーは、(今までコーヒーを忘れたことがないのに! 確信犯ね)と、思った。
「まめっち! 大丈夫だよ! BOX1には、昨日淹れた熱々のコーヒーが入っているよ。すぐに出せるよ」
豆田はクロスの事を真剣に恨んだ。
「ほう。では、問題はないな?」
風雷は豆田に向かって笑みをこぼした。
「残念ながら……」
豆田は観念した。
「BOX1オープン!!」
クロスは手の平を豆田に向かってかざした。豆田の目の前にBOXが出現し、そこから熱々のコーヒーが出てきた。豆田は、溜息をつきながら、そのコーヒーを受け取った。
「豆田の兄ちゃん。あんたがあっしの技を継いでくれるなら、本望だ」
「それはありがたいが……。コーヒーソード」
豆田はカップから浮かび上がった球体から、コーヒーソードを形成した。
「素晴らしい! コーヒーを使うのではなく、『こだわりエネルギー』をそのまま使うのか、珍しい……。どれ、耐久力は?」
風雷は地面を蹴ると、豆田に切りかかった。
「な、ちょっと待ってくれ!」
珍しく焦る豆田に、容赦なく切りかかる風雷。
『ガキン!!!』
豆田は風雷の刀をコーヒーソードで受け止めた。
「ほう。なかなかの『こだわり』ではないか。これなら、後は『こだわりエネルギー』を体内に循環させることができれば、第一段階目はクリアできるな……」
豆田は、風雷の斬撃を一撃受け止めただけだが、肩が大きく動ごくほど、呼吸が乱れていた。
「私は、コーヒーの『こだわリスト』であって、居合には興味がない」
「ふはは。そちらに興味が無くても命をかけて覚えてもらうぞ」
風雷は不敵な笑みを浮かべると、残像を残して豆田の視界から消えた。豆田は、消えた風雷を探し視界を動かすが、見つける事が出来ない。最大限警戒するが、次の瞬間、右手に強い衝撃が走った。
「ぐわ!!」
豆田は右手を押さえて、その場にうずくまった。
「豆田まめお! どうしたの?」
シュガーは堪らず豆田の元に駆け寄ろうとした。
「シュガー。来るな!」
「豆田まめお! 右手……。」シュガーは悲壮な表情を浮かべた。
『ブワーン』
振動音と共に豆田の目前に再度姿を現した風雷は、豆田に自身の右手を見せた。そこには手の甲の上でうごめく寄生金属が見える。
「この右手に寄生した金属を豆田の兄ちゃんの右手にも入れさせて貰った」
「なんだと?」
「最低限、あっしと同じように『こだわりエネルギー』を体内で循環させられなければ、すぐに絶命だ。これで命をかけるしかなくなりましたな」
「なんてことをするんだ」
「まー。豆田の兄ちゃん。あんたが居合の技を覚えられなければ、次の後継者候補をまた探すまでだ」
「うわーーーー!!」
豆田の手の甲で寄生金属が暴れた。豆田は苦痛で顔が歪む。
「ふははは。さー。人は急に成長する瞬間があるんだろ? あっしに見せてくれ」
「豆田まめお!!!!」
シュガーの悲鳴が広場に響いた。
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