第13話 風雷

「殺すつもりであれば、もう殺している。落ち着きなさい」


 そう言うと、紺の浴衣を羽織った盲目の男は、豆田達のテーブルの空いている椅子に座った。

 

「お前さんら、おかしな動きはしない方が良い。あっしの話を聞いてくれれば、危害を加えない」

「強制的だな」豆田は、最大限言葉を選んで述べた。

「ふふ。まー。命を握っているという点では強制的だが、内容を聞いて、無理なら断ってくれていい」

「それは、依頼ということか?」

「そうだ。依頼だ」


 豆田は自身の鼓動が耳に響くのを感じた。クロスとシュガーは、男の圧にやられ、顔面蒼白で呼吸もまともに出来ていない。


(まずいな。このままでは、シュガーが危ない)


「分かった。話を聞こう。まず、その威圧感を消してくれないか」

「ん? あー。すまない。漏れ出ていたか」


『かはっ!』


 シュガーは、苦しさから解放され、大きく肩で息をつく。

 

「あっしの名前は、風雷。タイエン出身の者だ」

「で、その風雷さんは、どんな事でお困りなんだ?」

「風雷でいい。まずは、これを見てくれるか……」


 そう言うと、風雷は右手の手袋を外した。手の甲の奥で、何かがうごめいているのが分かる。

 

「それは……。寄生虫か?」

「ほう。中々、鋭い観察眼だ。だが、寄生虫ではない」

「では、なんだ?」

「これは、昔、戦場で金属の『こだわリスト』にやられたものだ。こいつは人体に入ると、寄生虫のように動き、心臓を目指す」

「心臓につくと?」

「心臓内部で爆発し、対象を絶命させる」

「ほう。恐ろしい物だな。では、風雷はなぜ死なない?」

「ふふ。兄さんは頭の回転が速いな。あっしは『こだわりエネルギー』を体内で循環させ、こいつを抑えつけている」

「風雷は『こだわりエネルギー』を体内に流すことが出来るのか?」

「ああ。熟練者にとっては、容易いことだ」

「体内に流せば、その金属の成長を止められるのか?」

「そう思ってもらって、支障ない」

「で、依頼は、その金属についてか?」

「いや、コレではないのだが、関係あるもんでね」


 風雷は手袋を再び装着した。


「あっしは、20年前、コイツにやられ、それから心臓に上がらないように、抑え続けていたが、最近どうも歳みたいでな。力が弱まってきている」

「つまり、もうすぐ、その金属に負けて絶命すると言う事か?」

「ああ。そう言う事だ。腕を切断すれば、命は助かるが、居合の『こだわリスト』としては、腕を失えば死んだような物だ。その方が耐えられない」

「なるほど。で、死ぬ前に、その敵を始末するのに協力しろと言う事か?」

「いや、金属の『こだわリスト』は、あっしの天敵のような物で、相性が悪過ぎる。刀で斬りつけようとしても、刀の形状を変えられて終わるだけだ」

「では、何をしろと?」


 豆田は、眉をしかめた。


「あっしが死ぬまでに、この居合の技を体得して貰える後継者を探したい。この技は、あっしと共に滅ぶべきものではない」


 そう言うと、風雷は懐から巾着を取り出し、テーブルに置いた。


「ここに金貨10枚が入っている。コレを前金に、どうだ? もし、後継者を見つけてくれれば、さらに成功報酬として金貨10枚を用意する」

「後継者の剣客を探せば良いと言う事か?」

「そうだ。頼めるか?」

「断れば?」

「別に何もしない」

「少し相談させて貰っても良いか?」


 豆田は、クロスとシュガーの様子を窺った。


「風雷。すまないが、席を外して貰えないか?」

「いいだろう。5分後にまた来る。逃げれば命を頂く事になる」


 そう言い残し、風雷はその場から消えた。


 隣のテーブル席が無人になっていることに豆田達は気付き、先ほどやってきた隣の男が風雷であったことを理解した。


「豆田まめお。この話は危険過ぎよ」


 顔面蒼白のシュガーは、言葉を絞り出した。


「まーな。ただし、断っても無事帰してくれる保証はない」

「まめっち、そうだね。本当に依頼通りならいいんだけど」

「確かに。依頼通りなら、そう大変ではない」


 豆田は帽子を深く被り、悩む仕草を見せた。


「さー。どうしたものか……」

「依頼を受けるなら、僕も同行するよ」

「そうか。助かる。ちなみにクロスのBOXは、あと何個空いてる?」

「まめっち。2個空いているよ」

「そうか……」


 豆田は帽子を再び被り直し、深い溜息をついた。


「断るリスクの方が高いな」

「豆田まめお。依頼を受けるのね」

「ああ。仕方ない」


 豆田は2人の顔を確認の為に見つめた。シュガーとクロスは、頷きそれに応えた。


「もう宜しいですかな?」


 風雷は突然テーブル横に現れた。


「ああ」

「依頼は、受けて貰えますか?」

「ああ。引き受ける事にしよう」


 風雷はニヤリと笑った。


「では、早急に取り掛かって貰えますか?」

「分かった。だが、確認したいことがある」

「ほう。それは?」

「風雷の居合の技を見せてくれないか?」

「何故?」


 風雷は眉を少し動かした。豆田達に緊張が走る。


「技を見ないと、どのレベルの剣客を探せばいいのか、分からないだろ?」

「ほう。なるほど。確かにですな」


 そう言うと、左足を一歩後に引き、身体を沈ませた。辺りの空気の重みが増した。


「待ってくれ!」


 豆田は慌てて風雷を静止させる。


「ん? どうした?」

「ここではマズイ」

「あ、そうだな」


 風雷は構えを解き、微笑した。


「すまない。あっしに残された時間が少なくて、少々焦ってしまいました」

「その気持ちは分かる。クロス。どこか都合の良い場所を知らないか? あと、剣客に心当たりは?」

「まめっち。場所は、僕たちが普段使っている訓練所はどうかな?」

「借りられるか?」

「すぐに確認してみるね。ついでに、警察の中に剣客がいないかも聞いてみるよ。じゃー。このお店の電話を借りてくる」

「ああ。頼む。風雷少し待ってくれ」


 クロスは急いで階段を降りていった。風雷は空いた席に座った。


「風雷。少し聞いて良いか?」

「なんだ?」

「後継者の剣客が見つからなかったら、どうするんだ?」

「そうだなー。この国を滅ぼしてみましょうか。その途中で、後継者に相応しい物が現れるだろう」


 静かに語るその口調から、それが嘘ではないことが、すぐに分かった。


(これは、一つでも選択肢を間違えれば、とんでもないことになるな……。クロスがこの話を聞いていれば、ここが戦場になっていた。この場にいない事が救いか……)


 階段を昇る音が聞こえた。


「まめっち。訓練所の使用許可がおりたよ」

「感謝する。風雷。では、その場所に午後3時に集合でいいか? 剣客探しも、それまでに少しはやってしておく」

「少し……? だと?」


 風雷は眉間に皺を寄せた。


「風雷。まだ私たちはランチを食べてないんだ……」


 風雷にとって、思いもしない言葉だったようで、一瞬止まり、笑い出した。


「ふ。ふははは。このあっしに、この状態でそんな事をいうとは、兄ちゃん。中々面白いな」

「ここのヒレカツ定食は、最高だろ?」

「ふははは。確かにそうだ! よし。いいぞ。今日は剣客のアタリを付けるだけで良い。だが、急いでくれよ? こっちには時間がないんだ」

「ああ。分かった。では、3時に」

「良し。そうしよう」


 豆田は持参していたチラシの裏に訓練所までの地図を書き、風雷に手渡した。

 風雷はそれを受け取ると、「郊外だな」と、呟いた。


「見えるのか?」

「兄ちゃん。あんた、この状態で、あっしを試しているな?」

「ああ。そりゃ依頼主の情報は多い方が良い」

「なるほど。兄ちゃん。名前は?」

「豆田だ。豆田まめおだ」

「豆田の兄ちゃんか。しっかり覚えておく」

「で、どうやって、この地図を読んだんだ?」

「どんな物にでも微弱だがエネルギーが流れている。インクに宿るそれを読んだだけだ」

「なるほど。面白い物だな」

「豆田の兄ちゃんも面白いな」豆田と風雷は笑い合った。

「では、後程」


 そう言うと、風雷は風のように消えてしまった。


「「はーーー」」


 クロスとシュガーは、大きな溜息をついた。


「豆田まめお。生きた心地がしなかったわ」

「僕もだよ。まめっちは相変わらず堂々としてるね」

「いや、流石の私も心臓バクバクだ」


 豆田達は、疲労の色を隠せない。


 しばらくすると、ドタドタと階段を昇る音が聞こえてきた。


「はいよ!! ランチお待たせー!! 豆田さんのはコレね」


 女将さんが、料理を持ってきてくれた。


「おー! これだ! これ!」


 豆田は、嬉しそうにそのお皿を受け取った。

 大きなお皿には、ライスとサラダ。それにカリっと揚がったヒレカツが乗っている。

 美味しそうな匂いが立ち込めた。


「はい! これはお二人の分ね」


 クロスとシュガーの前にも、それぞれ注文した定食が置かれた。


「しっかり食べてってね!!」


 女将さんは、ニコリと微笑むと、急ぎ足で階段を降りていった。


「さー! 食べるか!」

「豆田まめお。ちょっと、先に食べて、私、まだ食べれないかも……」

「僕もだよ……。まめっち。良く食べれるね」

「そりゃ。この『こだわり』のヒレカツ定食だからな」


 シュガーは、説明になってないと思ったが、つっこむ気力すらなかった。

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