第12話 クロスの奢り
【いさりの指輪】を巡る事件を解決した豆田達は、クロスとの約束通り、ランチをおごってもらうことになった。『エスタ通り』の入り口に位置する細長い時計台の下で、クロスの到着を待っていた。
待ち合わせ時間に少し遅れて、クロスがやってきた。少しはだけた衣服が、ワザとらしい。
「まめっち! シュガーちゃん! お待たせ!」
「クロス。遅いぞ! 何分待たせるんだ! さー。早く鉄板焼きの店『ペルカチーノ』に行くぞ」
「まめっち。その『ペルカチーノ』なんだけど、急だったから予約取れなかったんだー」
「クロス。それは、本当か?」
「あー。もちろんだよー」
豆田はクロスを舐めるように観察した。
クロスは、冷や汗がダラダラと流れ落ちていた。
「で、クロス。言う事は?」
「まめっち。ゴメン。今月は金欠過ぎて! 財布が空っぽなんだ。悪いけど違うお店で!」
「って、言ってるが、シュガーどうする?」
「私は、2人が良く行くお店で良いわよ」
「だ、そうだ。良かったな。クロス」
豆田は、クロスを横目でみる。
「シュガーちゃん。ありがとう! じゃー。良く行ってたお店で、ここから近いのは『サータス』かなー。どう? まめっち」
「『サータス』か、懐かしいな。よし、そうしよう」
「豆田まめお。『サータス』って、何料理のお店?」
「美味しいビフカツのお店だ。コーヒーも旨い」
「へー。それは楽しみ!」
豆田達は、『エスタ通り』から移動し、大衆食堂『サータス』に向かった。
***
大衆食堂『サータス』は、『エスタ通り』から、一筋外れた通りに位置していた。
この通りは飲食店が多数軒を連ねていて、平日には多くの人がランチを求めて訪れる賑やかな場所であった。夜になるとこの通りの店舗は、BARとして営業しているところが多く、少し大人な雰囲気が漂う。
『サータス』は、その中では、割と庶民的な雰囲気のお店で、営業はランチの時間のみだった。年季の入った扉を開けると、元気な女将さんが大きな声で迎えてくれた。
「あーら! 2人とも久しぶりね! 元気にしてた? あら、今日はお嬢さんもいるのね」
小柄で少し肉付きの良い割烹着姿の女将さんは、ニコリと微笑むと、
「空いてるわよ! いつもの席」と天井を指差した。
女将さんは、肩を少しすくめ笑顔を見せると、厨房に入っていった。
こじんまりとした店内には、テーブル席が2つとカウンター席が3つあった。
壁一面に書かれているメニューには、デカデカと、『オススメはヒレカツ定食』と、書かれていた。 混み合った店内を奥まで進むと、2階に上がる階段が見えた。豆田とクロスは、懐かしそうに店内を眺めながら二階に上がった。
二階に上がると、大きなテーブルが一つあり、その奥にベランダに続く扉があった。豆田達はその扉を開け、ベランダに出た。そこには4人掛けと2人掛けのテーブル席があった。どちらも空席だった。
「このベランダも昔のままなんだね。8年ぶりかな? あの時は僕もまめっちも子供だったからなー」
そう言ったクロスの表情は少し悲しげに見えた。
豆田達は、向かって右側の4人掛けのテーブルに着席した。
女将さんがすぐにお水とメニューを持って現れた。
「今日は、何にする?」と女将さんが尋ねた。
「私は、いつも通りヒレカツ定食で」
豆田は、席に座る前から決めていたようだ。
シュガーは、メニューを手に取り、珍しそうに眺めている。
「じゃー。僕はハンバーグとグラタンの定食で」
「あ、私はこのエビフライ定食でお願いします」
シュガーはメニューを指差し、そう答えた。
「はいよ! じゃー。すぐに作るわね!」
女将さんはそう言うと、元気に階段を駆け下りていった。
「豆田まめお。ここって、タイエンのお料理が楽しめるのね」
シュガーは、メニューを眺めながら、嬉しそうに言った。
「ああ。そうだ。専門店みたいなものだ」
「へー。タイエンって、確か東の方の島国よね。豆田まめおは行ったことあるの?」
「ああ。5年ほど住んでいた」
「へー! じゃー。タイエンの事は詳しいのね」
「いや、詳しくはない。師匠の元で、ひたすら修行をしていただけだったからな」
「へぇー。なんの修行をしてたの?」
「あー。鍼灸の技を少々」
「あ! だから、豆田まめおはコーヒー針も使えるのね」
「ああ。でも、針の技術はまだまだ未熟でな。コーヒーで足りない部分を補っているだけで、本来の栄断流暗殺鍼灸術の足元にも及ばない」
「ちょっと待って! 情報が多いわ。栄断流暗殺鍼灸術って何?」
シュガーはオデコに手を当てた。
「あー。簡単に言うと、『人を治すのと、壊すのは、極めれば同じだ』と言う考えの鍼灸の流派だ」
「え? 凄く飛んだ考え方ね。とんでもないわ。なんで、そこに弟子入りしたの?」
「あー。それは、昔、クロス達と行った仕事で、敵の罠にまんまと嵌ってしまった事があってな。その時、たまたま現れた師匠に命を助けて貰ったんだ。その凄技に感動して、その場で弟子入りをお願いしたんだ」
「じゃー。豆田まめおは、その暗殺鍼灸? を極めた使い手なの?」
「シュガー。残念ながら、極める前にコーヒーに出会ってしまったんだ。一瞬で虜になってしまった。不意打ちと言っていい。芳醇な香り、スパイシーで、それでいて、フルーティーな物もあり……」
豆田は、自分の世界に入っていった。
「クロスさんは、その大変な仕事の時は、すでに刑事だったんですか?」
「シュガーちゃん。まだその時はまめっちと、賞金稼ぎみたいな事をやっていたんだー。僕は、その時の犯人を探し出す為に警察に入ったんだ」
「その犯人は見つかったんですか?」
「残念ながら、まだなんだ……。犯罪組織アギトと関係していることは分かったんだけどね」クロスは、寂しそうな表情を見せた。
「それでアギトをおっているんですね」
『ギィィィー』
ベランダの扉が開く音がした。女将がお客さんを連れてきたようだ。
「お客さん。こちらの席で良いですか?」
「ああ。いい席だ」
通された男は、豆田達の隣の席に座った。
「そうだ、まめっち! この前、駅前に新しいカフェがオープンしてたよ」
クロスは男に気付き話題の流れを意図的に変えた。
「あー! あの店は酸味の多いコーヒーを扱っていたな」
「あ、もう行ったんだ」
「私は、探偵だぞ。この町の事は把握している」
「町の事? コーヒーの事じゃなくて?」
「クロス。コーヒーの事は、もっと詳しい。あの店のコーヒーはもう全種類飲んだ」豆田は、自慢げである。
「ねー。豆田まめおは、なんで探偵業をしているの?」シュガーは、ふと疑問に思った事を口にした。
「それは、探偵をしていると様々な情報が集まるだろ? 私は、伝説のコーヒー豆の情報を集めている」
「伝説のコーヒー豆? そんな豆があるの?」
「ああ。何でも、極上の旨味を秘めた豆らしい」
「へぇー。見つかりそうなの?」
「まだ何も分かっていないんだ。だが少しでも可能性があれば、それにかけるべきだろ」
豆田は、カッコいいことを言ったつもりでいるようだ。
「ほう。では、あっしの探し物も見つけてくれるか?」
ドスの聞いた声が聞こえ、浴衣を羽織った男がテーブルの横に突如現れた。
豆田は、男が現れるまで、その気配を感じる事が出来なかった。すぐさま豆田は得意の観察眼で、男を分析する。
50代。身長170センチ。細身の男。両目にまたがる刀傷。盲目の剣士か。
左腰には鞘に入ったタイエン刀。重心のとり方から、熟練の『こだわリスト』だと分かる。隙など全くない。
(これは、ヤバイぞ)
豆田は、最大限警戒した。
(まめっち……)
クロスは、冷や汗が滲む中、豆田にアイコンタクトを送った。
豆田が意を決してコーヒー銃を作り出そうと、ピクリと動いた瞬間、浴衣の男は威圧感を放った。辺りの空気が重くひり付く。
豆田が、(シュガーだけでも逃がさなければ)と、思うほどであった。
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