第11話 白い魔物
歩道に乗り上げ、街路樹にぶつかり停止した護送車。その後部ドアから現れた白い巨体は、頭を左右に振り、次なる獲物を探しているようだ。
冷や汗が滲むシュガーは大きな岩の裏で息を殺していた。
「まめっち。白虎みたいだね。どうする? シュガーちゃんもいるし、逃げるわけにもいかないよ」
「だな。まずはコーヒー銃で仕掛けてみる。クロス。援護を頼む」
「分かった! まめっち。無理しないでね」
豆田は、笑みを返事にすると、白虎に向かって走り出した。
『グルルルル』
白虎は豆田を視界に捕らえると、身を低くし、臨戦態勢を取った。
豆田はコーヒー銃を作り出しながら距離を詰める。射程距離に白虎が入った瞬間、すぐさま引き金を引いた。
「いけ!!」
3発の弾丸が白虎に向かって走る。今まさに直撃すると思った瞬間。
白虎はその巨体に似合わないほど素早く左に跳躍。
着地と同時に白虎は方向転換し、豆田を目指して猛スピードで疾走した。
「アレを躱しただと! 巨体のわりに速い!!」
豆田は照準を白虎の眉間に合わせて発砲するが、白虎はそれを左右に跳躍し、いとも簡単にかわした。
「速すぎる!!」
白虎はあっと言う間に豆田との距離を詰め、大きな牙をむき出しにして襲い掛かった。
「くそ! コーヒーシールド!!」
豆田はコーヒー銃をシールドに変え、前方に突き出した。
『ガシン!!』
白虎の大きな牙が出来たばかりのシールドに当たり、豆田の身体はその反動で後方へ滑った。
「何とか防げたか! しかし、この速さ。打開策が見えないぞ」
豆田の表情に焦りが見える。
白虎は、後退した豆田を逃さまいと、再度跳躍し、距離を詰めると、前脚を振り回した。
『ガシン! ガシン! ガシン!』
白虎の爪がコーヒーシールドに当たり、削られたシールドがしぶきになり飛び散る。
「くそ! このままでは、シールドが無くなるぞ! しかし、なんだ? 巨体の割に攻撃は軽くないか?」
豆田は攻撃をしのぎながら、反撃の手がかりを探す。
「まめっち! 何か策はない?」
豆田はクロスの方をちらりと確認すると、
「クロス! とりあえず距離を取りたい! 用意した閃光弾を投げてくれ!!」と答えた。
「OK! 分かった!」
クロスは懐から閃光弾を取り出し、上空に投げた。
「まめっち。行くよ! カウント! 3,2,1」
『バッコーーーン!!』
白虎の頭上で閃光弾が破裂し、激しい光と衝撃波が生まれた。
豆田とクロスは炸裂するタイミングに合わせて目をつぶり、光によるダメージを回避した。
(これで白虎は、視界を奪われたはずだ!!)
が、豆田の予想は外れ、光が鎮まり切らない内に、コーヒーシールドに凄まじい衝撃が加わる。
「くそ。閃光弾が効かないだと?! どういう理屈だ?」
防戦一方の豆田を見て、クロスの顔に暗雲が立ち込めた。
「このままじゃまめっちが!! くそ!!」
クロスは、急いで弾丸を補充すると、銃口を白虎に向け引き金を引いた。
『パンパンパン!!』
放った弾丸の一発が白虎の後ろ脚に命中したが、白虎は動じない。
豆田はコーヒーシールドで白虎の攻撃を捌きつつ、その様子を冷静に観察した。
(なんだ? クロスの弾は当たったが、出血していないだと? 何だ? あの着弾点から出ている白い物は? もしかして)
豆田は、白虎の動きを洞察し、何か閃いたようだ。
「クロス! BOX3を頼む。白虎の動きを止めるぞ!」
「まめっち!! ゴメン!!」クロスは泣きそうな顔をしながら、豆田に謝った。
「クロスどうした?!」豆田は、白虎の攻撃に耐えながら叫んだ。
「作戦決行時間が来ちゃったから、その辺りにあったのを適当に詰め込んじゃった」
「嘘だろ?」豆田は絶句した。
「ゴメン!! だって、あんな大きな網、一人じゃ入れられないし!」
「だから、イアンとコナーに手伝って貰えと言っただろ!!」
「だって、2人は先に岩陰に言ったから……」
「あぁぁ! もう言い訳はいい! とりあえず、BOX3を開けろ!!」
「ゴメン。BOX3。オープン!」
クロスは地面に向かって手をかざすと、BOXが出現し、蓋が開く。BOXから、様々な物がごちゃごちゃと出てきた。
豆田は、白虎の攻撃をかわしつつ、BOX3から出たものを観察した。
(ソーセージ? フライパン。油。玉ねぎ。赤ワイン。それに、なんだ? 財布?)
「クロス!!」
「ごめん!!」
「いや。でかした!」
(?)
クロスは首を傾げた。
「クロス! その油を白虎にかけるんだ」
「まめっち。なんで?」
「いいから頼む! 早くしてくれ!」
そう言うと、豆田はコーヒーシールドを銃に変え、威嚇射撃をしつつ後退し、距離をとった。
「白虎め! これでもくらえ!!」
クロスは容器の蓋を開けた油を、白虎に向かって投げつけた。白虎は鋭い爪でそれを切り裂いた。容器から油が飛び散り、白虎の前脚は油まみれになった。
「まめっち! 次は何をしたらいい?」
「1分だけ時間を稼いでくれ」
「分かった!!」
(と、言ったけど、どうやって時間を稼ごうか。とりあえず……)
クロスはフランスパンを手に取り、
「フランスパンソード!!」
と、言いながら、フェンシングの剣のように、フランスパンを構えた。白虎はその大胆な動きに警戒し、攻めあぐねた。
(やるな。クロス!)豆田はニヤリと笑った。
豆田は、シュガーが身を隠す大岩の裏まで駆け込んだ。丸まって身を隠していたシュガーは、豆田の顔を見ると、震えた声で、
「豆田まめお。私が囮になるし、逃げて」と言った。
豆田は、今にも泣き出しそうなシュガーの顔を見て、少し笑ってから、
「シュガー。好きな食べ物は何だ?」と聞いた。
「え?」
困惑するシュガー。
「クロスが好きな物を驕ってくれるらしい。考えといてくれ!」
それだけをシュガーに伝えると、小石を一つ手ポケットに入れ、ガスコンロを腋に挟み、豆田は再び岩陰から飛び出した。
「まめっち! 早く! もうフランスパンが!」
クロスの持つフランスパンは、白虎の攻撃で半分ほど削られ、短剣のようになっていた。
「クロス、待たせたな! 白虎! こっちだ!!」
豆田は白虎に向かって叫んだ。
その声に反応して、白虎は視線をクロスから豆田に移した。
豆田は、白虎の視線が自分に向いたことを確認すると、ガスコンロを白虎に向かって山なりに投げた。白虎はそれにつられて、視界を上方に移した。
(まめっち。何をする気だ?)
クロスは豆田の意図が読めず、静観する。
白虎は目前まで落下してきたガスコンロを前腕で薙ぎ払おうとした。その瞬間。豆田はポケットから小石を取り出し、指で軽くはじくと、コーヒー銃を瞬時に作り出し、それを打ち抜いた。
「当たれ!!」
撃たれた小石は、ガスコンロに直撃すると、小さな火花を散らし、ガスに引火した。
『ボカン!!』
と、音を立てガスコンロが爆発し、避けようとする白虎の前腕に着火、炎が燃え広がった。
「凄い!!」
クロスは豆田のスゴ技に驚きの声をあげた。
白虎に燃え移った炎は勢いを増し、白虎を火だるまにしていた。その様子を見た豆田は
「これで、終わりだ」と、言いながら、帽子を被り直した。
「まめっち。なんか。燃えすぎてない?」
クロスは白虎を指差しながら、豆田に尋ねた。
「ああ。ぬいぐるみだからな。一度火が付いたら、もう終わりだ」
「え? ぬいぐるみ? あの白虎が?」
「ああ。白い綿が着弾点から出てただろ?」
「ホントに? 相変わらず流石の洞察力だね!」
豆田は、口角を少し上げた。
白虎はあっと言う間に、燃えきり、爪と牙を残して消し炭になってしまった。敵の反撃が無いことを確認したクロスは、急いでコナーとイアンの元に向った。2人の呼吸を確認すると、
「良かった! 2人とも生きている!」
クロスは安堵の声をあげた。
「2人が無事で良かった」
豆田は、クロスにそう声をかけた。
「まめっち。本当に助かったよ。ありがとう」
「クロス。ありがとう……。じゃないよなー!!」
豆田は、急に怒りをあらわにした。
「ひえー。豆田様。勝手にBOX3の中身を変えてしまい、大変申し訳ありません!」
平謝りのクロス。
「豆田まめお。もう大丈夫? 終わったの?」
シュガーは疲れ切った顔をしながら、岩陰から現れた。
「シュガー、もう危険はない。ところで、食べたい物は何だ? 考えたか? BOX3の中身を勝手に変えたクロスが何でも奢ってくれるらしいぞ! 何がいい?」
「え? 勝手に変えたの? あんなに必死に用意したのに?」
「だろ? だから、なんでも奢ってくれるらしい。何がいい?」
「そうね。そういう事なら、グロアニアで1番高いお店がいいわね」
豆田のセリフにシュガーも乗っかった。
「じゃー。鉄板焼きのお店ペルカチーノだな! 『こだわリスト』の店主がこだわり抜いた素材を使った最高級のおもてなし、インテリアも素晴らしく、調理器具の手入れも完璧。どれをとっても最高だ!」
「え? あの高級な事で有名なペルカチーノ?! まめっち。実は今月はかなりの金欠で」
「ん? クロスのせいで死にかけたんだが」
豆田は鋭い視線をクロスに送った。
「そ、そうですよね! ペルカチーノが良いですね! もちろん奢らせて頂きます」
「じゃー。今度の日曜日のランチな!」
「あ、もちろんそうさせて頂きます! 本当に今日は申し訳ありません!」
平謝りのクロス。その様子を見て、豆田とシュガーは顔を見合わせて微笑んだ。
この後、無事に【いさりの指輪】を回収し、奪還作戦は終了した。
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