第10話 奪還

 首都『コルト』の大きな東門から、車で15分ほど走らせた郊外にある緩やかなカーブを描く道。

 盗賊団は、【いさりの指輪】を犯罪組織アギトのアジトに運ぶために、この場所を通る予定である。事前の情報では、犯人は4名。護送車は白色のライトバン。車両ナンバー『AZ 906』


 現在14時。作戦決行時間は14時30分。晴天。湿度は高くない。襲撃メンバーは、豆田、クロスとシュガー。それにクロスの部下、コナーとイアンの2人。


「ザザ……皆、襲撃ポイントに配置出来たかい?」


 各自持たされた無線インカムから、クロスの声が聞こえた。


「こちら豆田。岩影に到着した。予定通り今からコーヒーを淹れる」

「ザザ……まめっち。宜しく頼むね。シュガーちゃんも」

「はい。クロスさん。任せてください。ここで、豆田をしっかりサポートします」

「ザザ……。シュガーちゃん。ありがとう」


 護送車を襲撃するポイントは、大きな岩が点在する草原で、緩やかなカーブが続くエリア。豆田達が配置した岩陰は車道からは死角になり、身を隠すにはちょうど良い。


 車道を挟んだ反対側の特に大きな岩の裏にクロスが待機し、その前方と後方に、コナーとイアンがそれぞれ待機している。


【いさりの指輪】は、ポケットに入れた状態でも簡単に運ぶことが出来る。そのため、盗賊団を1人も取り逃す訳にはいかない。必然的に、襲撃ポイントを取り囲むようにメンバーを配置する事になった。


「豆田まめお。ここで今からコーヒーを淹れるの?」

「ああ。そうだ。今日はその為の装備を自宅から持ってきたからな」


 豆田は革製のトランクを広げ、コーヒーセットと、ガスコンロを取りだした。


「このガスコンロを持ってきたから、荷物が多かったのね」

「ああ。作戦中にコーヒーを冷ます訳にはいかないからな。直前に淹れるのが一番だ。このコンロは強風でも火が消えない優れものなんだ」


 そう言うと、ガスコンロに火を点け、お湯を沸かしながら、豆を挽き始めた。


「豆田まめお。そう言えば、クロスさんのBoxに入れるものは大丈夫なの?」

「ああ。入れる物は全部クロスに渡してある。コナーとイアンの助けを借りて、事前にBoxに入れているはずだ。大丈夫だろう。おっ、湯がわいたようだ」豆田は嬉しそうにコーヒーを淹れ始めた。

「あ! この匂いは、オヤジさんのブレンド? よね?」

「お! シュガー気付いたか! 今日の敵は『こだわリスト』の可能性が高いからな。オヤジブレンドの貫通力が必要だ」

「なんで、いつもオヤジさんのブレンドにしないの?」

「それは威力があり過ぎると不便な事もあるしな。それに一日10杯以上飲むんだ。お金が足りない……」

「オヤジさんのブレンドは高いんだ……」

「オヤジは安くていいと言うんだが、クオリティーにあった値段になるように値上げして貰った」

「え? わざわざ値上げして貰ったの?」

「ああ。良い物には、それ相応の対価が必要だ。よし! いいコーヒーが出来た」


 豆田は出来上がったばかりのコーヒーを味見し、ニヤリと笑みを浮かべた。


「ザザ……まめっち。そろそろ時間だよ」

「クロス。コーヒーの用意は出来た。いつでも大丈夫だ」

「ザザ……了解。では、各自護送車が現れるまで、その場で待機」


 シュガーは、場の空気が徐々に張りつめていくのを感じ取った。


「豆田まめお。盗賊団は、ちゃんとこの道を通るかしら?」

「そこは、大丈夫だ。クロスが手に入れた情報に間違いないだろう。やるときはやる奴だ」

「信頼しているのね」

「ああ。付き合いが長いからな。長所も欠点も熟知している」


 豆田は、コーヒーを一口飲み口角を上げた。


「ザザ……ターゲットの車両を確認。距離、700メートル」 クロスは、双眼鏡を構えながら、豆田達に通達した。

「了解」

「ザザ……皆、死なないようにね」

「ああ。クロス。上手くやる」

「豆田まめお。気を付けてね」

「ああ。大丈夫だ」そう言うと、豆田の眼光は一気に鋭くなった。

「シュガー。残ったコーヒーは、念の為、温めといてくれ」

「分かったわ」


 豆田は、シュガーから視線を外し、コーヒー銃を作り出し構えた。


「ザザ……皆、作戦開始、頼んだよ!」

「了解!!」


 豆田は岩陰から、車道を観察し、襲撃のタイミングを見計らう。


***

 

 襲撃ポイントまで後300メートルに迫る護送車の中では、運転手の男が陽気に鼻歌を歌っていた。


「しかし、ムツリ。楽な仕事だったな!」


 助手席の男がそう切り出した。


「だな! 実質、俺たちは何もしてないからな」


 ムツリと呼ばれた運転手は、にやけた笑みを浮かべながら、そう答えた。


「確かに。あとは、この積荷を指定の場所まで運ぶだけだしな。気楽なもんだ」

「おい! ムツリ、リガー。気を抜くな。まだ仕事中だぞ」


 後部座席のど真ん中にドカッと座る無精ひげを生やした男は銃の手入れをしながら、2人にくぎを刺した。


「オクス団長は硬ってーな」


 ムツリは、バックミラー越しにオクスを見ながら悪態をついた。


「おい! ムツリ! ちゃんと、前を見て運転しろ!」


 オクスは手入れしたての銃をムツリに向けた。


「へいへい。わかりましたよ! しかし、団長。その銃はまた新しいヤツですか?」


 ムツリは、バックミラーに映る銃を見てそう言った。


「ああ。今回の前金で買った」


 オクスは茶色い短髪を掻き分けながらそう言った。


「ええ? もう使ったんですか?」

 

 ムツリは呆れた様子を見せた。


「最新の銃だぞ? 銃の『こだわリスト』としては、買わない訳にはいかないだろ?」

「はぁー。ちゃんと、俺らの分の報酬は残しておいてくださいよ!」


 そう言ったムツリは、カーブに差し掛かると、ハンドルをゆっくり切った。


『バン!!!!』


 凄まじい破裂音が車体の前方から鳴り響いた。


「うわ!! なんだ?! 車がいう事を聞かない!!」


 ムツリは叫び声をあげながら、必死にブレーキを踏んだ。しかし、制御不能となった車は止まることなく、勢いよく歩道に乗り上げた。

 車体を大きく揺らしながら、街路樹にぶつかると、大きな音を立てて停止した。


***


 豆田の放った弾丸が護送車の前輪を打ち抜いたことを確認したクロスは、岩陰から飛び出した。


「敵が体勢を整える前に、一気に行かないと!! BOX2」


 クロスは、停止している護送車の元まで、走りながらBOXを手の平の上に発現させた。


「まずは、敵を減らす!!」


 クロスは、Boxの開放面を護送車の窓ガラスの方に向けると、


 「オープン!!」と、叫んだ。


 Boxが開き、そこから三本の鉄パイプが勢い良く飛び出した。


 未だ状況が掴めていないムツリとリガーは、ガラスの割れる音に慌てて、身をかがめた。が、間に合わない。窓から飛び入った鉄パイプに直撃され、気を失ってしまった。

 後部座席にいたオクスだけが、素早く反応し、護送車から飛び出ていた。


「くそ! 襲撃か!」


 オクスは、すばやく護送車の裏に隠れ、銃を構えた。


「早速、この新しい銃の出番か! 試し撃ちには、ちょうど良い!」


 オクスは新型の銃に手をかざし、『こだわりエネルギー』を注入すると、護送車の陰から、銃口をクロスに向けた。


『ズババババババババ!!!!』


 嵐のような銃撃がクロスを襲った。


「凄い銃撃だ! ても!」反撃を予見していたクロスは、側転し、それをかわすと元の岩陰に滑り込んだ。

「ふはははは! 凄いぞ! この新作の銃は!」


 オクスは、クロスが隠れる岩陰に向かって、おびただしい量の弾丸を飛ばし続ける。


『カッカッカッカッ!』


 岩肌が徐々に削り取られていく。その感触が岩越しにクロスの背中に伝わってくる。オクスは、銃を連射したまま護送車の裏から移動し、クロスとの距離を縮めていった。


「ザザ……クロス。大丈夫か?」


 無線インカムから豆田の声が聞こえた。


「ああ。今はまだ大丈夫だよ。まめっちの方からこの敵を狙えそう?」

「ザザ……いや、少し距離があるな」

「そっか。銃撃止む気配がないね」

「ザザ……おそらく銃の『こだわリスト』だな。弾丸の補充が要らないとかの能力だろう」

「なるほどね。じゃー。待ってても埒が明かないね。仕掛けようか」

「ザザ……分かった。こちらに意識を向けさせる。その隙に頼んだぞ」

「了解。まめっち。気を付けてね」


 岩陰を背に呼吸を整えるクロスは、豆田が敵の隙を作り出す瞬間を待つ。


「ふははは!! いつまでそこに隠れているつもりだ!」


 オクスは、クロスが隠れる大岩の真後ろに立ちながら、岩肌を削り続けた。


***


(さて、どうやって、隙を作り出したものか……。今のところ護送車に動きはない。事前の情報では、敵がもう1人いるはずだが……)


 豆田は、更なる敵を警戒し、岩陰から動けないでいた。


「豆田まめお。このままじゃ。クロスさんが……」

「ああ。分かっている。時間をかけれないな」

「隙を作るのよね? ここで大きな音でも出す?」

「いや、ここで大声を出せば、残っている敵の的にされる。そうだな……」


 豆田は、少し悩んだ後、何か閃いたようだ。

 無線インカムを手にすると、


「クロス! 今から大きな音を出す。その隙を狙え!」と、伝えた。


「ザザ……了解」


 クロスから短い返答が聞こえた。


「豆田まめお。どうするの?」

「まー。見とけ。こうすれば簡単だ。コーヒー銃!」


 豆田は素早くコーヒー銃を作り出すと、岩陰から銃口だけを出し、何かに狙いを定めて発砲した。弾丸は真っ直ぐ護送車に向かって飛んだ。


 豆田の放った弾丸は、クロスが護送車に突き刺した鉄パイプの端に当たり、その内部で跳弾する。


『キンキンカンカンカン!!!』


 大量のベルを一度に鳴らしたような轟音が響き渡る。


「何だ!! 何の音だ!!」


 オクスは、凄まじい音をたてる護送車の方を慌てて振り返った。


「今だ!!」


 クロスは豆田の作った一瞬の隙を逃さまいと、岩陰から素早く飛び出し、オクスに向かって弾丸を飛ばした。


『パンパン!』


 クロスの放った弾丸はオクスの大腿と銃を打ち抜いた。銃が宙を舞った。


「動くな!! 大人しくしていれば命は奪わない!!」


 クロスは、銃口をオクスに向けながら、警告した。


「くそ。銃を飛ばされては仕方ない。ここまでか」


 オクスは、大腿を押さえながら観念した様子を見せた。


「護送車に乗っていた人間はこれだけか?」


 クロスが声を張り上げた。


「ああ。人間は俺たち3人だけだ」


 オクスは両手を頭上に上げながら、素直に答えた。

  クロスは、銃口をオクスに向けたまま無線インカムを懐から取りだし、


「皆。盗賊団の制圧に成功した。イアンとコナーは、護送車から【いさりの指輪】を回収。まめっちは、こっちに来て盗賊団の拘束の手伝いを」と、伝えた。


「「「ザザ……。了解」」」


 イアンとコナーは、護送車に向かい、豆田はクロスの元に駆け寄った。


「まめっち、お疲れ! 皆無事で良かったよ。こいつの『こだわりレベル』が低くて助かったね」

「そうだな。しかし、こいつらが本当に【いさりの指輪】を重要物保管場から、盗み出したのか? あそこの警備はザルではないぞ?」

「ホントだね。おい! お前たちが本当に盗み出したのか?」


 クロスはオクスに尋ねた。

 オクスは、うつむいたまま悪い笑みを浮かべた。


「クロス!! これはまだ何かあるぞ!!」


 豆田がそう叫んだ瞬間。


『バコーーーン!!』


 護送車の方から地面を揺らす大きな音が聞こえた。護送車の後部ドアが何かの衝撃で吹っ飛んでいったようだ。


「なんだ?! どうした?! イアン、コナー!! 無事か?!」


 大声をあげたクロスの目に護送車の後方で怯えるイアンの姿が見えた。その直後、護送車から白い巨体が現れた。


「ぎゃああああー!!!!」


 叫び声をあげ、後退るイアンの背後に回った白い巨体は、その前腕を大きく振り回した。鋭い衝撃がイアンを襲う。身体はぶっ飛ばされ、護送車の側面にぶつかり、ずり落ちた。


「アレはなんだ? 護送車よりデカいぞ」


 豆田は自身の目を疑った。


「フハハハハ! 言った通り、人間は俺たち3人だけだぜ! 人間はな! あいつらは檻を開けちまいやがったな! お前ら死ぬよ! フハハハハ! 俺もだけどな!」


 オクスは壊れたように高笑いする。


『パン!』


 豆田はコーヒー銃をオクスに向け発砲した。オクスはその場に倒れた。


「まめっち。まずい事になったね……。2人を助けないと!」クロスの目に覚悟が宿る。


『ぐおおおおおおお!!!!』


けたたましい唸り声が辺り中に響き渡る。イアンのさらに後方にいたコナーの顔は恐怖で歪んだ。


 白い毛で覆われた巨体は、大きな牙をむき出しにし、コナーを睨みつける。


「コナー!!!! 逃げろ!!」


 クロスは大声をあげるが、コナーにその声が届く前に、その白い巨体は動き出した。一気に跳躍しコナーの目前に着地すると、すぐに反転し強烈な蹴りをかました。


「ぐわ!」


 コナーは道外れの草原までぶっ飛ばされると、吐血しピクリとも動かなくなった。

 白い巨体は左右に首を大きく振って、次の獲物を探し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る