第9話 クロス登場
シュガーが豆田のアシスタントになり、3週間が経ったある朝。
「豆田まめお! この前の報告書出来た?」
「ん? なんの報告書だ?」
「前にパン屋の『ショパール』のカエデさんを助けた事件のよ。警察の人に簡単で良いから、報告書を出して欲しいって、先週末に言われていたじゃない。交番に持って行かないと!」
「あー。あれか。これでどうだ?」
豆田はカウンター横の小物入れからペンと紙を取り出し、ササっと書く。
『蛇使いが悪い人でした』
シュガーはその紙を受け取り絶句し、一瞬固まってしまった。
「……。ダメに決まってるじゃない!! ちゃんと書いてよ」
「書けないんだ」
「何で書けないの?」
「終わった事件には興味が無くて、何も出来なくなるんだ……」
「うそ。今までどうしてたの?」
「とりあえず、逃げてた」
「はー。分かったわ。私がやっておくわ」
「シュガー! 本当か! 助かる! ありがとう!」
豆田は心底嬉しそうな表情を見せた。
一方、あきれ顔のシュガーは、ペンと紙を受け取り、
「はー。何とか午前中には仕上げるわね」
と言いながら、ローテーブルに筆記用具を並べた。
「流石。シュガー様」
「はいはい。じゃ。ご褒美お願いね。さー。はじめるわ」
シュガーは髪の毛を後ろで束ねて気合を入れると、報告書の制作に取り掛かった。
豆田はキッチンに入り、コーヒーを淹れ始めたようだ。しばらくすると、部屋中にコーヒーの芳醇な香りが広がった。
『コトッ』
豆田は作業に集中するシュガーの前にコーヒーカップを置いた。
「え? これ、私の分なの?」
「ああ。甘めのカフェオレと、チョコケーキだ」
「うそ! ありがとう」
豆田は軽く右手を振り、どういたしましての合図。
甘いものに目がないシュガーは、ニコニコしながら、チョコケーキを頬張り、嬉しそうな表情を見せた。ケーキとカフェオレに癒されたシュガーは、少しの休憩を挟んだ後、作業を再開した。
1時間後。
「よし! 豆田まめお! 報告書、うまく書けたわよ。確認してくれない?」
「シュガー! もう出来たのか! なんて優秀なアシスタントなんだ! ありがとう!」
面と向かって褒められる機会が今までなかったシュガーは思わず赤面してしまう。豆田は、満面の笑みで報告書を受け取ると、カウンターに座り、それを確認し始めた。一仕事終えたシュガーは、飲み物を取りにキッチンに向かった。
その時、『キーーッ』っと、玄関の扉が開く音が響いた。
カウンターチェアに座っていた豆田は素早く立ち上がり、
「シュガー!! 塩だ! 急いでくれ!」と叫んだ。
「何? どうしたの?」
シュガーはただ事ではない雰囲気に、急いで塩の入った容器を差し出す。受け取った豆田は素早く階段の前に移動し、登ってくる人物に向かってひたすら塩をかけ続けた。
「まめっち!! 痛い! やめてよ! まめっち!」
と、階段を登っている人物が叫んだ。
(まめっち? 豆田まめおの事?)シュガーは耳を疑った。
「何しに来た! クロス!!」
「やだなー。久しぶりに幼馴染の顔を見に来ただけじゃないかー」
白と青の制服を身にまとった金髪のショートボブのいかにも好青年らしき人物が、階段から顔を出した。
「クロス! それだけじゃないだろ! いつも!」
「ははっ。ついでに依頼も持ってきた」
「そっちがメインだろが!!」
と、豆田はクロスに向かって突っ込んだ。
メインフロアに上がったクロスは全身塩まみれであったが、慣れているのか、払いもしない。豆田は空になった容器をシュガーに手渡した。
「豆田まめお。この方は?」
「ん? 幼馴染のクロスだ。2歳からの付き合いだ」
「アシスタントのシュガーちゃんだね? 豆田がいつもお世話になっております」
「はい。豆田まめおのお世話をしてるシュガーです」
シュガーとクロスは、お互いに笑みを交わした。
軽くため息をついた豆田は、キッチンに向かいながら、
「クロス。コーヒーで良いか?」と、尋ねた。
「ああ。ブラックは苦手だから、砂糖も持ってきてね」
「分かった」
と答えると、豆田はクロスにソファーに座るように促し、コーヒーを淹れ始めた。シュガーは、気遣いながらクロスの斜め前に座った。
「でも、まめっちに、ちゃんとしたアシスタントが出来るなんてねー。奇跡が起きたね。シュガーちゃんありがとうね」
「いえ、豆田まめおには命を助けて貰ったんで、アシスタントくらいは……。それに私、行く当てもなかったので、助かっているくらいで……」
「本当に? 助かっているならいいけど、まめっちって変わってるから、心配でね」
「クロスさんは、豆田まめおとは、仲が良いんですね」
「付き合いが長いからね」
「と、いう事は、もちろんコーヒーのこともご存じなんですよね?」
「ああ。もちろん」
「もしかして、クロスさんも『こだわリスト』なんですか?」
「そうだよ。僕も『こだわリスト』なんだ。僕はキューブの能力が使えるんだ」
豆田は、その声にすぐさま反応し、
「箱だ。箱。キューブなんてオシャレな感じじゃない」と、キッチンの奥から声を張り上げた。
「箱の『こだわリスト』?」
「ああ。こいつは昔から、おもちゃの箱や、プレゼントの箱をこだわって集めているんだ」
豆田はコーヒーと砂糖をローテーブルに置き、クロスの横にドカッと座った。
「箱は素敵だよー。開けるまで中身が分からないだろ? あの開けるまでのドキドキがたまらないんだよー! 箱の種類で言うと、僕は特に重ねるとスーーッと入っていく箱が好きでー」
(『こだわリスト』は、こういう感じの人が多いのかしら?)
シュガーはクロスの様子を冷静に観察した。
「で、クロス。依頼はどんな内容なんだ?」豆田はクロスの話を強引に遮った。
「もう依頼の話かい? 箱の話は?」
「箱の話は、いらん! 全く興味が無い!」
クロスは残念そうな表情を一瞬見せたが、今度は一転深刻そうな表情になり、依頼について話し始める。
「まめっちも知っていると思うけど、昨日この国の需要物保管場に盗賊が入ったんだ」
「ああ。知っているが……。何を盗まれたんだ?」
「【いさりの指輪】って言う危険物が盗まれたんだ」
「【いさりの指輪】? 初めて聞くな」
「この指輪はかなり厄介なものでね。装着者は必ず2日後に絶命するんだ」
「何が原因だ? 毒か?」
「それは、分からないんだけど……。多分、呪いとかかな?」
豆田は眉を上げ、何か考え始めているようだ。
「それにね。装着する度に、指輪の形状が変わるんだ。困った事に……」
クロスは、深いため息をついた。
「なるほど。次に使用される前に、指輪を見つけ出し、取り戻したいという事か?」
「そうなんだ。【いさりの指輪】を盗んだ盗賊達は、どうやら犯罪組織アギトに売りつけようとしているみたいなんだ」
「アギトか。マズイな……」
豆田の顔色が急に曇った。
「そうなんだよ。アギトの奴らはヒトの命をなんとも思ってないからね」
「アギトの手に渡ると、誰かの命を犠牲にして、すぐに指輪の形状を変えるだろうな」
「そういう事。一度でも使用されたら、今後【いさりの指輪】の発見は厳しいからね」
「んー。相変わらず厄介な依頼を持ち込むなー」豆田は、アゴに手を持って行き、しばし考え込むと、「で、どうやって、【いさりの指輪】を奪い返すんだ?」と、クロスに問いかけた。
「闇の情報屋の話によると、【いさりの指輪】を奪った盗賊団は、今日の15時にアギトの連中と接触するらしいんだ」
「今日だと? またかなり急だな。まさか今から15時までに、盗賊団のアジトに潜入するのか?」
「いや、それがダメなんだ。盗賊団のアジトは町中にあってね」
「町中かぁ……。アジトに部外者が潜入したと感づいたら、一般人を犠牲にしてでも、指輪の形状を変えられるか……」
「そうなんだよね」クロスは大きな相槌を打った。
「と、いう事は、【いさりの指輪】を護送している最中に襲撃するのが、安全か」
「そうだよね。僕もそれしかないと思うんだ。どうだろ? 協力してくれないかい? まめっちの頭脳と腕前が必要なんだ」
「断らないのが分かっていて頼むから、質が悪い」
「ははっ」
クロスは、笑って誤魔化した。
シュガーは、2人の会話を聞いているが、内容が全く分からない様子。そのことにクロスが気付くと
「あ! シュガーちゃんにも説明しないとね」と、豆田に言った。
「そうだな。シュガー。クロスは刑事なんだ。で、今はアギトを追っている」
「アギト?」
「ああ。世界中で様々な事件を起こす犯罪組織だ。暗殺。強盗。誘拐。何でもやる奴らだ」
「そんな恐ろしい組織があるのね……」
「クロスたち警察は今まで何回もアギトが起こした事件を解決しているんだ。私が手伝う機会も多いが……。で、クロス。今回の作戦は、どんな感じなんだ?」
「ちょっと待ってね!」
クロスは、手の平をローテーブルに向けて、突き出し、
「BOX1!」と言った。
すると、ローテーブルの上に、30㎝四方の箱が『ブワーン』と、いう振動音と共に現れた。
(どこから出したの?)
シュガーは、急に現れた箱に驚き、目を丸くした。
「オープン!」
クロスの言葉に反応し、箱の上面が開き、ファイルと筒状に丸められた大きな紙が箱から飛び出した。クロスは、飛び出たその二つを空中でつかみ取ると、ファイルをローテーブルの端に置き、残りのスペースに大きな紙を広げた。
そこには、グロアニア王国の詳細な地図が描かれていた。
「いつもながら身軽なのはいいな」
豆田のつぶやきに「でしょ?」クロスは微笑む。
「クロスさんは、箱から色々な物を取り出せるんですか?」
「ああ。そうだよ。1日3回だけなんだけどね」
クロスは得意げな顔をする。
「シュガー。この回数制限のせいで、クロスの箱は、なかなか戦闘に使うのは難しくてな」
「でも、好きなものを取り出せるなら、凄い能力じゃないの?」
シュガーは首を傾げる。
豆田は鼻で笑いながら、
「シュガー。それが事前に入れた物しか取り出せない。生物は入れられない。と、制限があるんだ」
と答えた。
「僕は色々制約があっても、この能力の事は、すごく気に入っているんだ」
「気に入っているのか? 全然役に立たないものが入っていることも多々あるのに」
「でも、便利な事の方が多いじゃないか! まめっちのコートを入れてあげたり、まめっちが買い物した後に持ちたくないって言ってた物干し竿を入れてあげたり!!」
クロスは必死に言い返す。
「え? 箱に入らない大きさでも入るんですか?」
シュガーは驚きの声をあげた。
「シュガーちゃん。そうなんだ。僕のBOXを1秒以内に通過したら、入れられるんだ」
「あ。だからさっきの長い筒も入ってたんですね」
「そうだ、シュガー。だから、クロスに物干し竿を入れてもらった時は、だなー」豆田は立ち上がり、ジェスチャーをし始めた。
「いいか? 箱を地面に置き、物干し竿を垂直に構える。そして一気に箱に落とし入れる。これで、ギリギリ1秒だ!」
シュガーはクスリと笑った。
「凄い能力だけど、毎回大変そうですね」
「ああ。ちょっと手間がかかるんだけどねー。でも、まめっちが毎回コーヒーを淹れるよりはマシだけどね」
「何を!!」豆田はクロスを睨んだ。
「冷めたら使えないし!!」クロスは豆田に向かって舌を出した。
「なるほど。シュガー。クロスさんはお帰りになられるようだ!」
「まめっち! 嘘だよ! 素敵な能力だね。よ! コーヒー最高!」
シュガーは肩を震わせながら笑った。
「じゃ。まめっち。改めて今回の作戦を説明するね」クロスは、地図の一部を指で指しながら、説明を始めた。
「敵は現在『コルト』の住宅街の一角、この位置にいる。で、この道を通って、郊外にあるアギトのアジトに向かうみたいなんだ」
「なるほど。と、なると、襲撃場所は車や馬車の往来が比較的少ないここか?」
「流石。まめっち。僕たちが身を隠せる場所も多いし、ここしかないよね」
「じゃー。場所はここで決定だな。で、時間は?」
「おそらく、ここを通過するのは14時30分頃になるかな」
「敵の護衛は何人だ?」
「一応、今の情報じゃ4名の予定だね」
「こちらの戦力は?」
「警察からは僕以外に、あと二人」
「相変わらず少ないな」
「ああ。でも、あまり増えすぎると、事前に気付かれる可能性があるからね」
「確かに。それはそうか……」
「今回の事件の詳細は、このファイルに記載しているから、読んで作戦を考えてくれないかな? あと、僕のBOXの中身も考えてくれない?」
「仕方ない。分かった。今から昼までに考えておく」
「頼んだよ。じゃー。僕は一度警察署に戻って、用意をしてくるね。昼過ぎには、ここに迎えに来るよ」
そういうとクロスは残りのコーヒーを一気に飲みほし立ち去って行った。
豆田はクロスが置いて行った資料に目を通すと、
「まったく。クロスの持ち込む依頼はろくなもんがないな」
と、愚痴をこぼした。
「豆田まめお。大変そうな依頼ね」
「そうだな。とりあえず町に出て、作戦を考えつつ、クロスのBOXに入れる物を探してくる」
「町? 一緒に出掛けていい?」
「ああ。構わない」
豆田は左手にコーヒーのいつものスタイルで外出した。
***
1時間ほど街を周り、今回の作戦に使えそうな物を購入した豆田達は、早めのランチを済まし、クロスが訪れるのを待っていた。
『キキキー』
玄関の扉を開く音が聞こえると、すぐさま豆田は立ちあがり、
「シュガー!! 塩!!」と叫んだ。
シュガーは、冷めた目をしつつ、豆田に塩の入った容器を手渡した。
塩を受け取った豆田は、階段に向かって走る。そして、階段を昇るクロスに向かって塩を投げつけた。
「まめっち!! 痛い! やめてよ! まめっち! あれ? いつもより痛くない?」
(このくだりいつもやるんだ)
シュガーは呆れた目で2人を見た。
「まめっち。準備はできたかい? 作戦は考えてくれた?」
「ああ。考えたが……。クロス。もう一度確認なんだが、護送車の襲撃は今日だな?」
「そうだよ! そう言ってるじゃないか!」
「じゃー。何で、さっき来た時に、BOX1を使ったんだ?」
「え? あー!!!!」
「あー。じゃない!! このポンコツ天然ボケが!!」
「ゴメン。まめっち!」
「はー。仕方ない。今日は箱二つでやるしかないな」
「だね。まめっち」
「だね? だと?!」
「ひぇー! ごめんなさい!!」
この後、クロスが何度も何度も謝った後、打ち合わせがようやく始まった。
護送車襲撃まで、あと2時間を切っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます