第7話 槍と竜のエンブレム
ナイフを構えたショートボブの女は、帽子男を敵と認めた。
この空間の中では、自身に敵はいないと思っているが、油断してはならないと気を引き締めた。
このナイフにはイグザの蛇の毒を塗ってある。当たれりさえすれば、殺せる。
警戒するべきは、アイツの洞察力だけ。能力は大したことは無い。
こちらの能力がバレたとしても、一撃を入れるだけなら、簡単な仕事だ。
(まずは、一段階目まで加速する!)
ステップを踏みながら、左右に大きく移動するショートボブの女に、豆田は話しかける。
「この空間の秘密は分かった。投降する事をオススメするが」
豆田は、女に向かって、カマをかける事にした。
手元のコーヒー銃をコーヒーカップに戻し、余裕を演出する。
「な!」(もうバレたのか?)
その言葉に釣られ、ショートボブの女は一瞬、ステップを止めて、視界を床に落としてしまった。豆田は、それを見逃さない。
「白線が好きなようだな」
豆田は、『こだわリスト』は、好きな物に『こだわり』を持つ者が多い。その事から、そう発言し女の反応を見る。
「くそ。白を踏み続ける『こだわリスト』と、バレたか! しかし、あたしは、バレてても強いんだよ! この白線と白水玉に囲まれた空間では、最強だ!」
ショートボブの女は豆田に能力がバレたと勘違いし、自白してしまう。
(学校帰りに、白しか踏まないルールで遊ぶアレか! と、言う事は、白を踏み続けると加速する能力と考えて良さそうだな……)
豆田はさらに揺さぶりをかける。
「投降をオススメするが、また加速するなら、手加減はしない」
「あたしに勝つつもりでいるのか? あんたに勝機はないよ!」
逆上したショートボブの女は、ステップを踏み加速し始めた。的確に床の白線と水玉を踏み続ける。完全にその位置を把握しているのか、視界を白線に全く向けもしない。豆田は、冷静にその様子を観察する。
「もうこれで、アンタは、ついて来れない!」
残像が見える速さまで加速した女は、勝ちを確信した。
(このスピードまで上がれば、帽子男は対応できない)と、先ほどまでの戦いで確信していた。
(あとは隙を見てナイフを当てれば終わりだ。この敵は危険だ。油断はしない。最大限のスピードで確実に仕留めてやる!)
ショートボブの女は、白を的確に踏みドンドン加速していく。
「コーヒー銃!」
豆田はコーヒーカップから、瞬時に銃を作り出すと、天井に向かって発砲した。弾丸は天井に当たると、跳弾した。
(何のつもりだ? 何の為に、放った? 意味があるのか?)
ショートボブの女の本能が警告する。
(こいつの行動の意味は分からないが、早く仕留めなければ!)と。
「死んじゃえ!!」
ショートボブの女は、少しでも早く豆田を仕留めようと、更に加速した。その瞬間、視界が急に止まった。
「え?」
加速を続けていたショートボブの女の身体から、その加速のエネルギーが一気に抜けた。
急停止して困惑する女の視線には、銃口をこちらに向ける豆田が見えた。
(何で、加速しないの!!!!)
と、思った時には豆田の放った弾丸に大腿を撃ち抜かれていた。
「ぐわ!」
倒れこむショートボブの女。
豆田は銃口を女に向けたまま近づく。
「さー。大人しくしてもらおうか」
(何で加速しなかったの?)
ショートボブの女は、加速が停止した場所に視界を向けた。
「な! 黒い?」
「ああ。君が加速する為に踏むであろう白線を予想し、その場所をコーヒーで着色した」
「え?」
「君が、跳弾に視線を奪われた時に、コーヒーをその白線に垂らして仕込んでおいた」
「あの時に!」
「『こだわリスト』にしては、『こだわり』が足らないな。技が雑だ。自分の技に慢心していただろ?」
「……」
ショートボブの女の心は、負けを受け入れてしまった。項垂れ大人しくなる。
豆田は、小さな弾丸を1つ作りだし女に向かって発砲した。ショートボブの女の意識が飛んだ。
(やれやれ、なんとか解決か)
豆田は、深いため息をつき、コーヒーを一口飲んだ。
「ギリギリだったな。もう冷めかけだ。焦って攻撃して来なければやられていたな……」
豆田は周りに敵がいない事を確認すると、自身が降りてきた穴に向かって、声をかけた。
「シュガー!! いるか?」
地上の方から、バタバタと音がしたのちに、
「豆田まめお!! 無事だったのね!!」
「ああ。大丈夫だ! すまないが、ラッピングセットを投げてくれ!」
「分かった。少し待ってね」
***
豆田はシュガーがラッピングセットを用意するまでの間、人質のフリをしていた女の意識もコーヒー銃で奪った。
「豆田まめお! ラッピング持ってきたわ」
「シュガー。すまない。投げてくれ」
「分かったわ」
豆田はラッピングセットを受け取ると、犯人達を飾りはじめた。
「シュガー。リボンは2つと3つどっちがいい?」
「豆田まめお。どっちでもいいわ。それより拘束された人たちを解放しないと」
「なるほど。そうだな。シュガー。その穴から降りられるか?」
「ここから? 無理よ。高すぎるわ」
「んー。仕方ない。警察が到着したら、ハシゴを用意するように言ってくれ。犯人を拘束してから、人質を解放する」
結局、豆田は警察が到着するまで、犯人のラッピングにこだわっていた。
***
パトカーのサイレンが鳴り響いた後、警察官2人が慌てて、服屋『スワリー』に突入してきた。
「お前が犯人か!」警察官は銃口をシュガーに向けた。
「いえ、私は事件を通報した豆田探偵のアシスタントです」
「あ! 豆田さんところの方ですか?! すいません。では、犯人は?」
「あ、この人と、あとはバックヤードに」
シュガーは豆田によって、可愛くラッピングされた厚化粧の店員を差し出した。
「ぷっ! くはっ。ご、ご協力感謝し、します!」
警察官は笑いを堪えきれず、下唇を噛みしめる。
「で、では、バックヤードの犯人は?」
もう一人の警察官が言葉を絞り出す。
「バックヤードに地下室があって、そこに......」
「こんなところに地下室があったんですか?」
警察官は急に真剣な顔になった。
「結構な深さなので、ハシゴをお願いできますか?」
「分かりました。おい。パトカーのトランクに入っているロープ製のハシゴを取って来てくれ」
「はっ! 分かりました」
そうキビキビと答えた警察官はパトカーに向かって、走っていった。
***
豆田の活躍によって、誘拐された人々は無事に助け出された。
全員たいしたケガもないようだ。
「豆田さん! いつもありがとうございます!!」
ラッピングされた犯人達を引き取った警察官は、豆田に向かって敬礼をした。
「犯人の内2人は『こだわリスト』だ。気をつけて護送してくれ」
「はい。分かりました。気をつけて、護送します。ぷっ!」
警察官は、綺麗にラッピングされた犯人達を直視してしまった。必死に笑いを堪えながら、そう答えた。
「豆田さん。拘束されていた被害者の身元も確認出来ましたので、私たちはこれで、失礼します。すぐに他の警察官がやって来て、対応しますので、それまで、ここの事をお願いできないでしょうか?」
「分かった。他の者が来るまで対応しよう」
警官たちは豆田に向かい再度敬礼すると、パトカーに乗み現場をあとにした。
後部座席にはラッピングされた犯人3人が並ぶ。
***
町中に響くパトカーのサイレンの音を聞きつけ、パン屋『ショパール』の店長と弟アオイが現場に駆けつけた。
「豆田さん! 解決したんですか?!」
「店長。ああ。無事解決だ。」
「豆田さん! お姉ちゃんは?! お姉ちゃんは無事ですか?!」
アオイは必死の形相で、豆田に尋ねる。
豆田は店舗の方を親指で指刺した。そこには、シュガーに付き添われながら、店舗から出てくるカエデの姿があった。
「ああ。アオイ……」
カエデは力の無い声で、弟の名前を呼ぶ。
「お姉ちゃん!! 大丈夫!! 怪我してない?」
アオイは、大粒の涙をこぼしながら、カエデに駆け寄る。
「大丈夫。大丈夫よ」
アオイの顔を見て安堵したのかカエデも泣きながら、答える。
抱きしめあう姉弟は、二人とも涙と鼻水で、くちゃくちゃの顔をしている。シュガーも感動的な光景につられて、視界が滲む。
***
警察署に向かう黒いパトカーの車内。
運転席と後部座席の間には、鉄で出来た柵があり、容易に逃走する事は出来ないようになっている。
後部座席の犯人3人は、今だ気絶したままである。その様子を常に助手席の警官が監視する。
「くくく。ダメだ! ふははは!」
助手席の警官が堪えきれず笑い出した。
「ふひー。凄いラッピング! なんかのプレゼントか?!」
こみ上げた笑いは止まらず、運転席の警官に伝染する。
「お前っ! バカ! 笑うな! フハハハハ!!」
その声で後部座席の3人は目を覚ます。
それにすぐ助手席の警官は気付いた。
「ん? 目覚めたか! お前達には聞きたいことが沢山あるからな! 後でしっかり絞ってやる!!」
無言で、それを無視する3人。
しばらく状況を把握していた蛇使いだが、キチキチにラッピングされた身体に気付く。1ミリも動かせそうにない。他の二人も同様だ。
「そう。私達捕まったのね」
蛇使いは、そうつぶやくと、狭い車内の天井の一点を見つめる。
「そうね。残念ながらね。あの男にやられたわ」
ショートボブの女は、車外を遠い目で見ながら答える。
「……」
もう一人の女は、唇を嚙んでいる。
「言い残した事はない?」
蛇使いは2人に確認する。
「あー。あたし、あんたの事、大嫌い!」ショートボブの女は、そう答えた。
「ふふ。いいわね。それ……。じゃーね」
蛇使いの舌が、黄色い蛇に変わり、ショートボブの女のうなじに噛みつく。
「私は、大好きでしたよ」
「ふふ。ありがとう」
もう一人のうなじにも噛みつく。2人はカタカタと震えだすと、白目をむき、泡を吹いた。
その様子を確認した蛇使いは、黄色い蛇に自身のうなじを噛ませる。
「おい!! 何してるんだ!!」
異変に気付いた警察が慌てて止めようとするが、もうすでにこと切れた後であった。3人の鼓動は、あっという間に止まってしまった。
「くそ! しまった」
慌てふためく警官達。
誘拐犯3人の腕には、槍と竜のエンブレムが描かれたタトゥーが彫ってあった。
***
後からやってきた警官に現場を引き継いだ豆田達は、パン屋『ショパール』の店先まで戻ってきた。
「豆田さん。今日は本当にありがとうございます」
「ああ。店長。明日から美味しいパンを頼む」
「はい!! とびきりのを用意しときますね」
マウロは笑顔でそう答えると、深々と何度もお辞儀をしたあと、店内に入っていった。
豆田とシュガーは、ようやく帰路に就く。
「お疲れ様。カエデさんが無事で良かったわ。マウロさんも嬉しそうだったし、依頼達成ね」
「ああ、そうだな。カエデが無事で良かった。下手すると、マウロのパンのクオリティが下がるところだった。危機一髪だ」
「え? そこ?」
「ああ。一番大切なことじゃないか」
疲労困憊のシュガーは呆れながらも、なぜか微笑ましいと感じていた。
こうして、シュガーの長い1日は終わっていく。
西の空には、いつも通り3つの月が輝く。
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