第6話 バックヤードの陰
コーヒー銃を構えながら豆田は、バックヤードに続くドアを蹴り開けた。と、同時に銃口を扉の奥に向ける。
こじんまりとした更衣室のような部屋には、右手側に灰色のロッカーが4つ並び、その反対の壁側に、小さいテーブルと椅子が2脚あった。
豆田は銃口を向けながら部屋を隅々まで確認するが、予想に反して、バックヤードの中には誰もいない。
「無人だと……」
この部屋には窓も換気口も無く、この騒ぎの間に逃げ出したとも考えにくい。
コーヒー銃をカップに戻し、念のためにロッカー1つ1つ開けて、中を丁寧に探る。
「豆田まめお。どう? 何かヒントだけでもある?」
「いや。さっぱりだな。ロッカーの中は使われていないくらい綺麗だ」
自分の発した言葉で豆田は違和感に気付く。
(ん? なぜ使った形跡すらないんだ?)
豆田は動きを止め、深く思考し始めた。
その豆田の様子を不安な気持ちでシュガーは見つめている。
「店員のカエデさんは、大丈夫かしら……」
豆田は、その言葉を発したシュガーに、一瞬視界を向けた。
シュガーのココア色の髪がフンワリと揺れている。
(ん? 窓すらないのに、何故髪が揺れる……。そういうことか!)
「シュガー! デカしたぞ!」
「え? 何のこと?」
その質問に答えないまましゃがむと、豆田は床に手をかざした。
手の平に集中し、床から漏れる空気の流れを探知する。部屋の左隅の一角の床から、微かに漏れる空気の流れを見つけた。
(やはり、そうか)
ゆっくりと立ち上がった豆田は、シュガーに視線を送る。
「シュガー。ここだ」と、左隅の床を指差す。
「そこの床に何かあるの?」
「ああ。コーヒーソード!」
豆田は、コーヒー銃を液体に戻すと、すぐにコーヒーソードを作り出した。そして、その刃を垂直に立てると、床に思いっ切りぶっ刺した。刃は根元まで一気にめり込む。引き抜いたそのあとの裂け目から薄っすら光が漏れる。
「やはり、この下は空洞のようだな」
「空洞?」
「おそらく隠し部屋だろう」
豆田は、そう言うと、コーヒーソードを再度床に刺し、床を丸く切り裂いた。切られた床は地下に落下し、『バシャン』と音を鳴らした。
人が通れるほどの穴を開けた豆田は、中の様子を上から眺める。
(この角度からでは中は見えないか。床を落とした反響音からすると割と広いな。下にはおそらく犯人がいるはずだ。と、なると、この床から頭を出して確認すれば狙われるな……)
思考をまとめた豆田はシュガーの方を振り返る。
「シュガー。おそらく、この中は危険過ぎる。すまないが、警察を呼んできてくれないか?」
「豆田まめおは、どうするの?」
「私は中に入る。この騒ぎのせいで、カエデが殺されてしまう事も考えられるからな」
「……。気を付けてね」
豆田は頷くと、空けた穴に飛び込んだ。
***
『スタッ!』
地下に着地した豆田は、すぐさま横に移動する。狙い撃ちにされない為だが、その必要は無かったようだ。敵からの攻撃は無く静かだ。豆田は前方に視界を向けすぐさま状況を確認する。
(やはり広いな。奥行き15メートル。左右に20メートルほどか。目前に、こちらを警戒する女性が1人。私が落下した瞬間を狙って攻撃して来なかったと言う事は、相当腕に自信があるようだな)
豆田は警戒しつつ、さらに周囲を観察する。
(左奥にテーブル。そこには、女性6人。目隠しと口にテープ。あれはカエデか。まだ生きているな。壁はコンクリートか? 床も壁と同じ素材か?)
豆田は、歩きながら、床の硬さを確かめる。
(相当硬いぞ。コンクリートでは無さそうだ。それに、なんだ? 至る所に白線と白い水玉? 何か意味があるのか?)
状況を一瞬で整理する豆田に、目前の女が話しかける。
「あーぁ。もう簡単な仕事だって聞いていたのにー! 侵入者とか有り得ないだけど……。ま、退屈しのぎにはなるけどねー」
白黒2トーンのショートボブの女は、豆田に向かって悪い笑顔を見せた。
「……」
豆田は、コーヒーソードを片手に持ったまま。女を警戒しつつ、距離を取る。
「あんた! イグザを倒したの?」
「厚化粧の店員の事か? 拘束させて貰った」
「へぇー。倒したんだ。でも、あたしは無理だよ」 急に女の視線が鋭くなる。
「どうだろうな」
「あたしは、この空間じゃ無敵なんだよ!」
(この空間? ここに何かあるのか?)
豆田は思考を巡らす。
ショートボブの女は、ファイティングポーズを取ると、ステップを踏みながら、左右に大きく移動し始めた。
「じゃ。とりあえず、このまま帰す訳にもいかないから、死んでもらうね」
そう言うと、ショートボブの女は、急に加速し始めた。
高速で室内を縦横無尽に動き回る女は、動き回るにつれて、さらに加速する。
(この女もやはり『こだわリスト』か! 速い。コーヒーソードでは無理か)
「コーヒー銃」
豆田は、右手に持つコーヒーソードを瞬時に銃と弾丸に変化させた。
コーヒー銃に持ち替えた豆田は、女に狙いをさだめて銃弾を飛ばした。発砲音が地下室内に反響する。
ショートボブの女は、豆田の放った弾丸を笑いながら、いとも簡単に躱した。
『カキンキンキン』
弾丸は壁に当たると跳弾した。数回跳ねた後、捉えられた女性達が座るテーブルにあたると、弾丸は停止した。
拘束された女性達は、怯え悲鳴をあげた。
(この壁は、弾丸を弾くのか)
豆田は、拘束された女達の方をチラリと見て、怪我が無いのを確認する。
「なるほど、では、仕方ないコーヒーソード!」
コーヒー銃は一度液体に戻ると、すぐにコーヒーソードに変わった。
豆田はショートボブの女の動きを予想し、切りかかるが、刃は空を切るだけで、当たる気配すら無い。
(くそ。速すぎるな。それになんの『こだわリスト』か分からない事には……)
手も足も出ない豆田をみて、女は大声で笑うと、
「ふはは。遅い遅い!! こっちは、まだまだ行くよ!」
と、叫ぶ。さらに一段階加速した女は、残像を残しながら部屋中を移動する。豆田に全く的を絞らせない。
(この帽子の男。大したことないなー)と、ショートボブの女は判断した。
「もう。殺しちゃおっとー」
退屈しのぎにもならないと感じたショートボブの女は、早々に豆田を仕留めることにした。
「くらえ!!」
その言葉の直後、豆田は背後から強い衝撃を受ける。ショートボブの女の鋭い蹴りが豆田の腰にめり込んだのだ。
「ぐっ!」
豆田の顔面が苦痛で歪む。痛みを堪えながら、すぐさま振り返りコーヒーソードを振り下ろすが、もう女はそこにはいない。
「ふふ。遅いねー! でも、思ったより頑丈だね。もう少しは楽しめるかな?」
ショートボブの女の余りに速いスピードの為に、その声は部屋中から聞こえるように感じる。
(そこまで、重い一撃ではないが、こちらの攻撃が当たらなければ、そのうちやられるぞ。それにコーヒーも冷めてしまう。どうしたもんか……)
豆田の額に汗が滲む。
「ふふふ。じゃー。さらに行くね!」
残像だけを残して走る女は、そう言うと、さらに加速した。目で追うことは、もう不可能となり、部屋の中を風が走っているように感じる。
急に発生した突風に捕えられた女性達は、身を低くくして、飛ばないように堪える。
(カエデは、大丈夫か? ん? あれは?)
豆田は、見つめる先に違和感を覚えた。
「くらえ!!」
ショートボブの女の声が地下室に反響する。
『ガコン!!』
背後から蹴られ豆田の身体が前方に飛ぶ。壁に直撃する前に、身体を反転し受け身を取るも、強い衝撃が背中を襲う。
意識が飛びそうになるのを堪えた豆田は、痛みに堪えつつ立ち上がる。手元のコーヒーソードは液体になり、コーヒーカップに戻っていった。
(くそ。また背後からか……)
「あれー? もう刀もしまったの? 偉そうだったのに、もう終わりかな? まー。良いヒマ潰しにはなったよ! じゃー。さよなら」
そう言った女はさらに加速しはじめ、部屋中に暴風が吹き荒れた。
(この加速の力が乗った攻撃が当たると致命的だぞ……。それにこの風、コーヒーがもう冷めかけている)
「くらえ!!」
(律儀に攻撃のタイミングを教えてくれるのは、ありがたいが……)
「コーヒーシールド!」
コーヒーカップから、黒い球体が浮かび上がり、超高速回転する。回転に合わせて、球体は引き伸ばされていき、コーヒーシールドが完成した。
出来上がったシールドを豆田は、すぐさま背中に回す。
『パシーン!』
高速に回転するシールドがショートボブの女の蹴りをいなした。女は自身の加速によって、一気に壁まで飛ばされた。
「ぐわ!! 痛っ!!」
女は壁に強打されたが、すぐに立ち上がり、パンツの埃をはたくと、歩きだした。
(大したダメージにはなっていないか……。しかし、何故、歩く?)
豆田は、すぐに加速しない事を疑問に思った。
「よくもやってくれたわね。もう手加減はしないわ」
ショートボブの女は、ファイティングポーズをとると、ゆっくりと左右に動き出した。
(先程のスピードまで加速には時間がかかるのか……。しかし、どうやって加速しているんだ? くそ。動揺を誘って、打開策を探るしかないか)
「コーヒー銃!」
コーヒーシールドの形状が変化し、一瞬でコーヒー銃になった。
「あは! 苦しまぎれの銃? バカじゃないの」
「それはやってみないと分からないな」
豆田はそう言い終わる前に、銃口を素早く女に向け、発砲した。
「あぶな!!」
まだ加速しきっていないショートボブの女は、間一髪の所で弾丸を躱した。
弾丸は壁に当たり跳弾する。
(人質に当たるかもしれないのに、また銃を撃つなんて、コイツバカなの?)
ショートボブの女は、帽子男の思考の浅さにガッカリしたが、その考えはすぐに訂正する事になる。
「ぎゃー!」
跳弾は壁に数回当たった後、人質の1人に当たってしまった。弾丸が足にめり込み、泣き叫ぶ1人の女性。
その様子を見たショートボブの女の顔が、ドンドン青ざめていく。
(コイツ。まさか……)
「どうした? 跳弾がお仲間に当たったのが、そうビックリする事か?」
「……。なぜ仲間だと分かったんだ?!」
ショートボブの女から笑顔は消え、鋭い目つきになった。豆田を最大限警戒しているようだ。
豆田は、1回目の跳弾から、弾丸の反射角度を計算していたようだ。
「あいつは、お前が加速する事を知っていただろ? 暴風が吹き荒れる中、他の人質は怯えていたのに、あいつだけ怯えた姿勢ではなかった。私はその違和感を見逃さない」
「そんなことだけで……。お前。危険過ぎるな……」
白黒ショートヘアの女は、身を屈めると、腰ベルトの左右に装着していたナイフを取り出した。
両手のナイフを構えた女は、無言でステップを踏み始めた。
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