第5話 マウロの依頼
今回の依頼主は、こだわりのパン屋。『ショパール』の店長マウロである。
『ショパール』は、ここグロアニア王国の首都『コルト』に店を構えて10年になる。
首都『コルト』は、人口30万人の国際都市。その外周は約600年前から高い城壁で囲まれている。城壁で隔てられた内部と外部の行き来は、東西南北にある大きな城門と、蒸気機関車が通る線路のみとなっていた。
『ショパール』は、その首都『コルト』の中で、1番の繁華街『エスタ通り』の一角にあり、連日沢山の人が訪れている。
シュガーは、豆田とはぐれないように『エスタ通り』を進む。先ほど逃走時に通った時は、お店の様子など見られなかったが今は幾分余裕がある。
「豆田まめお。この通りは、素敵な店が多いのね」
「だろ? 『コルト』で一番華やかなエリアだからな。また買い出しの時に来るが、ここで大体欲しい物は揃う」
「そうなんだー。沢山お店があるもんね。あ、パン屋さんは、もうすぐ?」
「ああ。あそこだ」
豆田は、通りの先を指差した。
そこには絵本の世界から飛び出したような可愛いお店『ショパール』があった。
焦げ茶色の木製の大きな扉。その上には深緑と白のストライプ柄のオーニングテント。歩道に面した壁はガラス張りになっていて、綺麗に陳列されたパンが外からでも見える。ホクホクに焼かれた柔らかそうなパンと、歯応えの良さそうなフランスパン。
『今日のオススメ』と、書かれた札が、チョコベーグルと、クルミパンの前に置かれていた。
木製の大きな扉は、スライド式になっていて、軽い力で横に動いた。
「あ。豆田さん! お待ちしてました」
店長マウロは、豆田が店内入ってくるのを確認すると、仕事の手を止め、厨房から出てきた。
その傍らには、行方不明の店員カエデさんの弟と思われる男性がいた。
彼は神妙な面持ちで豆田に軽くお辞儀をした。
豆田は無意識にその人物の観察を始める。
(身長163センチ。男性。年齢は19歳といったところか。白い上着の一部に黒い染み。
たすき掛けのブラウンのバック。サイズの割に重いな。丁寧に使われているが、年期が入っている。重心は左に寄り、骨盤の歪みがひどい。右手の親指の内側と、薬指にタコ。少しの首の歪み……。美容師か……)
豆田は、この観察を一瞬で行う。考えるというより、感じ取るといった方が正しい。
「豆田さん。この方はカエデさんの弟さんです」マウロはカエデの弟を豆田に紹介した。
「はじめまして。アオイと言います。姉のこと探してくれるんですよね?」
豆田の観察は続く。
(目の下にはクマ。血色の悪い肌。呼吸は浅い。耳周りの硬さ。頸部の硬さ。心労がキツイな……)
「ああ。任せてくれ。かなり心配されているようだが、お客さんの耳は切らないように」
「豆田まめお。何を言っているの?」
シュガーは、(豆田が余計なことを言った)と、思い静止しようとする。
アオイは、目を丸くし、驚いた顔でマウロの方をを見た。マウロは、その視線に答え、自慢げにゆっくりと頷いた。
その好意的な二人の様子を見てシュガーは不思議に思う。
「凄いです! 豆田さん! ぜひその観察眼でお姉ちゃんを助けてください!!」
アオイは一筋の光が見えた気がして、それまで我慢していた感情が溢れだし、泣き出してしまった。
「じゃー。詳しい状況を教えて貰えるかな?」豆田は、淡々と尋ねる。
***
カエデの弟アオイの話をまとめると、こうだ。
昨日、カエデとアオイは、この『エスタ通り』まで買い物をしに来た。途中、別々に買い物をすることになり、待ち合わせの時間を決めて解散。
しかし、時間になってもカエデは来ない。
警察も捜索してくれたが、何の手掛かりもない。
「僕を残して勝手にどこかに行くことはないと思いと思うんです。事件に巻き込まれたとしか……」
アオイの瞳に、また涙がたまりはじめる。
「なるほど。お姉さんの足取りに心当たりは?」
「えーっと。たしか解散する時に、服を買いたいと言ってました。来週友達の結婚式があるからって……」
「なるほど、では、まずは情報収集のために、服屋から回るとするか」
「あ。これ姉の写真です。役に立ちます?」
「ああ。使わせてもらう」
写真を受け取った豆田は、姉カエデの写真をシャツの胸ポケットにしまった。
「あの。ぼくも付いて行って良いですか?」
「ダメだ。『こだわリスト』が事件に関与していれば、おそらく戦闘になる。ここで待っていたほうがいい」
アオイは豆田について行きたい気持ちをグッと堪えながら、「豆田さん。姉の事をお願いします」と、深々と頭を下げた。
「ああ。シュガー。行くぞ!」
そう言うと豆田は、『ショパール』を後にした。
***
首都『コルト』の『エスタ通り』には、服屋が21軒ある。その中で、パーティードレスを扱う店は5軒。豆田達は、その5軒から聞き込みを開始することにした。
まず向かったのは、パン屋『ショパール』から、一番近いパーティードレスを取り扱う店『PPL』。
『PPL』は、煌びやかな店内で、かなり派手な洋服が多い。
「いらっしゃいませ」
スラっとした立ち姿の店員が甲高い声で応対する。赤い服にネックレスが煩い。
「店員さん。仕事中にすまない。私は探偵なんだが、今、人探しをしていてね。この人を知らないか?」
豆田は胸のポケットからカエデの写真を取り出し、店員に見せた。
赤い服の店員は、少し記憶を頼ると、
「あーー。昨日来たわね。ドレスを何着か試着して悩まれていたわ」と、答えた。
「ドレスは購入したのか?」
「してないわ。気にいったのは、あったみたいだけど、あと数軒見て、もっかい来る。って言って、店を出て行ったわ」
「で、その後は?」
「それが待っても帰って来ないから、他の店で決めちゃったのか思っていたんだけど……。どうしたの? 事件?」
店員は好奇心に満ちた顔で、グイグイ顔を近づけてくる。
(この店は関与して無さそうだな……。次に行くか)
豆田はそう判断すると、店員を無視し店を出て行った。
「ちょっと、ちょっと、何か言いなさいよ!」
赤い服の店員は豆田を追いかけようとする。シュガーは、間に入り店員をなだめる。
「あの、本当に情報提供ありがとうございます。助かりました!」
シュガーは、深々と頭を下げると豆田の後を追った。
***
「豆田まめお! お礼くらい言わないと!」
ブツブツ呟く豆田は集中しているのか、シュガーの言葉が一切聞こえていないようだ。
「シュガー。次はここだ」
豆田は、白を基調にした清潔感あふれる店の前で足を止めた。
「ここ? 綺麗なお店ね」
「そうだな……。『スワリー』か。とりあえず探ってみるか」
「いらっしゃいまっせー」
カラフルなシャツを着た厚化粧の店員が応対する店内は、スポットライトの役割を果たす白い傘のペンダントライトがぶら下り、壁にはこの店の指輪をつけた女優のポスターが貼られている。
棚には商品を置き過ぎず、程よい高級感を演出していた。
「ちょっと話を聞きたいだが、いいか?」
「あら? どうしたの? ドレスをお探し?」
「いや、ドレスではなく、この人を探しているんだが……」
厚化粧の店員に持参したカエデの写真を見せた。
「この人を知っているか?」
「こんな人、全然知らないわ」
豆田はその店員に違和感を覚えた。
(声が少し高くなったな。瞳孔が散大し、呼吸のスピードが若干早くなっている。これは何らかの情報は知っている可能性が高い。少しカマをかけてみるか……)
「このお店に入ったのを見た人がいるんだが……」
「え! し、知らないわよ!!」
誰が見ても明らかに分かるほど動揺している。
(これは、完全に黒だな)
「あ―。私は探偵なんだ。調べさせてもらいますね
」豆田は強引に店の奥に入ろうとする。
「何するのよ!! あなたバカじゃない! 探偵が勝手に調べていいはずないじゃない!!」
店員を豆田の前に立ちはだかる。
豆田は、右手を後ろに回し、指先で、シュガーに後方に下がるように合図した。
シュガーは、店員に気付かれないようにゆっくりと後ろに下がる。
「もしかして調べられたらマズイ場所でもあるのかな?」
「そんなところ、無いわよ!」
そう言った店員の視線が一瞬だけバックヤードに向く。豆田は、それを見逃さない。
「バックヤードか」
「なんで、バックヤードってわかったの?!」
「ん? それは自白かな?」
「うるさい!! あんたなんか、殺してやる!!」
店員は歯軋りをしながら、怒りをあらわにすると、手の平を豆田に向け、力みだした。
(何をする気だ?)
豆田は身を低くくし、警戒する。
「ええーーい!」
店員の大声と共に、手の平から、褐色の蛇が現れ、豆田に向かって飛びだした。
一直線に豆田に向かう蛇は、豆田の前腕に噛みつこうと大口を開ける。
「蛇遣いの『こだわリスト』か。コーヒーソード!!」
コーヒーカップより『こだわりエネルギー』が、浮かび上がり。直径15センチの球体になる。その黒い球体は回転しながら、中央が盛り上がる。豆田はそこを握ると、一気に引き抜いた。引き抜かれた黒い塊は、細長い刀の形状になる。
コーヒーソードの完成である。この間、0.2秒にも満たない。
出来上がったばかりのコーヒーソードを豆田は横一文字に振り抜く。
大口を開けて豆田に迫っていた褐色の蛇は、退避行動が間に合わず上下にスッパリと、切り裂かれた。血飛沫が白い店内に飛ぶ。
「痛ったー! あんたも『こだわリスト』?」
腕を押さえ、痛がる店員は、豆田を睨む。
(豆田まめおの邪魔にならないようにしないと)
シュガーは、急に始まった戦闘を固唾を吞んで見守る。
冷や汗が滲む店員は
(コイツ。やるわね。出し惜しみは出来ないわね) と、覚悟を決めた。
「くらえ!! 蛇フィンガー!」
片手を豆田に向かってかざした店員は、そう言うと、歯を食いしばり再度力んだ。
指がドクドクドクと脈打つと、その脈に合わせて指が伸びて行く。1メートルほど伸びた指先は上下に割れ内部から鋭い牙が生えた。
店員の5本の指がピンクと黄色のカラフルな蛇に変わった。店員は荒くなった呼吸を抑えながら、唾を飲み込む。
「これで、もうお・わ・り!! この蛇には致死性の毒があるの!!」
5指の蛇は、それぞれ意思があるかのように、ウネウネと動く。
豆田は、刃の先を店員に真っ直ぐと向けると、
「なるほど。それならコーヒー銃だな」
と、つぶやく。するとコーヒーソードの刃が、細かく分裂し多数の弾丸へと変わる。柄だった部位は、銃に形状を変えた。浮遊する弾丸のうち6発がシリンダーに装填された。
豆田は、出来上がったばかりのコーヒー銃の引き金を素早く引いた。
数回の発砲音と共に、カラフルな蛇たちの身体に次々と風穴が開く。
「うそ! 痛い! あなた! 飛び道具なんて卑怯よ!!」
店員の指から出来た蛇は地面に落ち、動かなくなった。店員は歯を噛みしめ痛みを堪える。
「致死性の毒があると聞いて、近づくバカはいないだろ」
厚化粧の店員は腕を押さえ地面にへたり込んだ。指から出現した蛇は跡形もなく消え、元通りの手に戻った。指は傷だらけで、血が落ちる。
豆田は、店員に銃口を向けたままゆっくりと近づく。
(あと2歩、1歩。目に物を見せてあげるわ!)
店員は、企んだ目で豆田が近づくのを待っていた。
店員の間合いの手前まで、歩いてきた豆田はクルッと振り返って、シュガーに話しかける。
「シュガー。いいか。大体こういう毒を使う奴は最後に油断させて、攻撃するもんだ」
「な!!」
図星をつかれた店員は目を丸くする。
「だろ?」
豆田は横目で店員を見る。
「く! 余裕ぶりやがって!」
店員は立ち上がり、先程と反対の腕に力を込める。
脈打つ腕全体が、大きな一体の青い蛇に変わる。
店員は、豆田を睨み付けると、青い腕の蛇を大きく振りかぶった。
「それは、愚策だぞ」
「え? なに?」
豆田は、空中にコーヒー銃を置くと、手のひらを店員にむけ、静止を促す。ついで、頭上を指差す。
「え? 上? あ、あーー!!」
天井を見上げた店員の顔面に白い傘のペンダントライトが落下してきた。
『ガシャン!!!!』
店員の顔面にペンダントライトは直撃し、その意識を飛ばす。
「やれやれ。『こだわリスト』なら、銃で打たれた数くらいは把握しとかないと……」
豆田は呆れた目で厚化粧の店員を見ると、コーヒー銃をコーヒーカップに戻した。
「豆田まめお。大丈夫?」
シュガーは、店内に再度入り、様子を訪ねる。
「ああ。大丈夫だ」
「凄いわね。ペンダントライトも豆田まめおが落としたの?」
「ああ。毒蛇を打つのと同時にな」
シュガーは、その思考の深さに感心する。
「シュガー。とりあえず、こいつを拘束しよう。何か縛る物はないか?」
「使えるものがないか探してくるね」
シュガーは店内を探し回り、カウンターテーブルの裏から、ラッピング用のテープと紐を見つけた。
「これは?」
「あー。いけそうだな」
テープと紐を受け取った豆田は、それを使い厚化粧の店員をグルグル巻きにする。ついでに止血もする。途中から、調子が乗ってきたようで、豆田は楽しそうに飾りつけを始めた。
頭と胸にリボンを付け、ラッピングは可愛いく仕上がった。
「やれやれ。店長が言うように、やっぱり『こだわリスト』の仕業だったな」
(豆田まめお。このラッピングの事には、一切触れないのね)シュガーは、ツッコミたい気持ちをこらえる。
豆田は、コーヒーを一口飲むと、
「よし、あとはバックヤードの中だな。まだ敵がいるかもしれない……。シュガーは、ここで待っているか?」
「豆田まめお。私も行くわ!」
「分かった。危なくなったら、すぐに逃げるんだぞ」
豆田はコーヒー銃を再度作り出し構えると、バックヤードに続くドアを蹴り開け、その中に突入した。
シュガーは、豆田の後ろに隠れるようにして付いていく。
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