第4話 こだわリスト
豆田探偵事務所のソファーに座るマウロは眉間に手を当て、深刻な表情を浮かべていた。
「『こだわリスト』が関係しているとなると普通の警察では厳しいか……」
豆田の口からその思考が洩れた。
「豆田さんしか頼れる人はいないんだ。依頼を受けてもらえないかな?」
マウロは豆田にすがる様な視線を向けた。キッチンに立つ豆田は、依頼を受けるか悩んでいるようだ。
「あ、あのー」
小さく片手をあげて、申し訳なさそうにシュガーは話を切り出した。
「すいません……。『こだわリスト』って何ですか?」
「あー、まだ説明してなかったか?」
「豆田まめお。まだアシスタントになったばかりで何も聞いていないわ」
「あー、簡単に言うと『こだわった人』だ」
「……」
シュガーは言葉の意味を考えてみた。
「……えっと……。豆田まめお。考えたけど全然わからないわ」
「あー、シュガーさん……。『こだわリスト』っていうのは、何かにこだわり続けて不思議な能力に目覚めた人たちのことを言うんだ」
豆田の的外れの回答にマウロが助け舟を出した。
「不思議な能力ですか?」
シュガーは首を傾げた。
「そう。僕も『こだわリスト』なんだけど、僕はパンをアッという間にこねることができる能力を持っているんだ。大体5秒あれば、窯に入れる一回の分量は捏ね終るんだ」
「え、凄い! パン屋さんをするのに凄く便利そうですね」
「まーね。でも僕は『こだわリスト』としてはまだまだ未熟で、豆田さんの足元にも遠く及ばないんだ」
マウロは豆田に尊敬の眼差しを向けた。
「まー、シュガー、『こだわリスト』とはそういう者だ」
「豆田まめおは、コーヒーの『こだわリスト』なの?」
「ああ、そうだ」豆田は、自慢げにいった。
「それってコーヒーを使う超能力者ってこと?」
「んー、ちょっと違うな。私の場合、直接コーヒーを使うわけじゃないんだ。コーヒーが勿体ないからな。まー、簡単に言うとコーヒーから抜き出した『こだわりエネルギー』を好きな形状にして使うという感じだ」
「こだわりエネルギー?」
「ああ、こだわればこだわった分だけ湧き出る凄いエネルギーの事だ」
「それを自在に使えるって凄い能力なんじゃ……」シュガーは、驚き息をのんだ。
「ま、色々制限はあるがな。それは今度説明するとして、今は店長さんの依頼だ」
「あ、ごめんなさい」
思わず話を遮っていたことにシュガーは反省した。
「ああ、いいんだ。気にしないでね」
マウロは微笑むと、姿勢を戻し、豆田のほうを真っすぐみた。
「豆田さん! どうか依頼を受けてくれないだろうか」
マウロは深々と頭を下げた。
「ん……」
豆田は少し渋っているようだ。
「豆田さん。依頼料に、一年分の朝のパンを追加で、どうだろうか?」
「パンだと?! 素晴らしい! 毎朝『ショパール』のパンを食べれるのか? それで手を打とう!!」豆田の態度は一変した。心底嬉しそうだ。
「ありがとう!! じゃ、早速カエデの家族に連絡をさせてもらっていいかな?」
「ああ、構わない。あそこの電話を使ってくれ」
豆田は壁に取りつけられた黒電話を指差した。
急いでマウロは受話器を手に取り、カエデの家族に電話をかけた。
***
「豆田さん、ありがとう。弟さんに依頼したことを伝えたよ! うちの店舗まで来てもらうことにしたけど、よかったかな?」
「ああ、それで構わない。では、私たちは用意が出来たらそちらに向かう」
「ありがとう!」マウロは、深々と頭を下げて帰っていった。
「さー、シュガー、準備の為に町に出かけるとするか」
「え? すぐにパン屋さんに向かうんじゃないの?」
「ああ。『こだわリスト』が相手じゃ、少し用意をして行ったほうがいいからな……」
豆田はそう言うと、何故かキッチンに入ってお湯を沸かし始めた。
「あれ? 豆田まめお? 町に出るんじゃ?」
「そうだ……。その為に準備をしている」
豆田は真剣な顔でコーヒーを淹れ始めた。
(すぐに家を出ないの?)
と、シュガーは思ったが、とりあえず豆田に合わせる事にした。
「シュガーは、この間に食事を済ませてくれ」
「あ、クロワッサン! いただきます!」
シュガーはカウンターに置かれたクロワッサンを手に取り、ひとかじりした。サクッとした音をたてた後、口中にパンの香りが広がった。
「美味しい!!」
シュガーは思わず感激して、大きな声を上げた。
「だろ? 店長のパンは格別なんだ」
「本当! こんな美味しいパン初めて食べたわ!」
「焼きたてはもっと美味しい」
「これよりも?! それは食べたい!」
「だろ? もうすぐ一年分の朝のパンだ! 気合が入るだろ?」
「豆田まめお。パンの為にも絶対解決してね!」
「はは。シュガー! もちろんだ」
シュガーは、3つあったクロワッサンを瞬く間にペロリと食べてしまった。
コーヒーを淹れ終えた豆田は、コーヒーカップを片手に持ちながら、壁に掛けられた帽子をサッと取り、
「さ、行こうか!」と、シュガーに声をかけた。
「ちょっと待って! あまりにも自然に振る舞っているから、見逃すところだったわ! コーヒー……。持って行くの?」
「ああ。これがないと何かあった時に困るだろう?」
当たり前のようにそう答えた豆田は、階段を降り、玄関から出ていった。豆田の行動に少し不安を覚えつつも、シュガーはその後について行った。
***
自宅を出ると、豆田はグラザ達と戦ったカフェテラスと反対方向に向かって歩き出した。
シュガーは小走りしながら、豆田の横に並んだ。
「豆田まめお。今から、どこに行くの?」
「ん? ああ。それはもちろんコーヒー豆の販売所だ」
「さっき言ってた強靭なオヤジさんの?」
「お、よく覚えているな。コーヒー使いの私にはオヤジの豆が必要不可欠だからな」
「そのオヤジさんの豆じゃないとダメなの?」
「ああ。『こだわリスト』が相手なら、オヤジのブレンドが必要だ」
「そうなんだ」
シュガーは無難な返事をし豆田について行った。
しばらく歩くと、『ロブスコーヒー販売所』と書かれた看板が見えた。焦げ茶色の外壁。ダークオーク材で囲まれたガラスの扉。重厚な店構えがシックな印象を与えていた。
「シュガー。ここだ。私は『オヤジの豆屋』と呼んでいるが」
「ここに強靭なオヤジさんがいるの?」
「ああ」
そう言いながら豆田は扉に手をかけた。
『カランカランカラン』
鐘のついた扉を開けて店内に入ると、大きなカウンターに立っていたオヤジがすぐに話しかけてきた。
「おお! 豆田の旦那じゃねーか!」
濃い緑のエプロンと、それに似合わない太い腕に黒々とした凛々しい髭。小柄だが見るからに強靭なオヤジだ。豆田の来店が嬉しいのだろう顔がほころんでいる。
豆田は軽く右手で上げ、挨拶の変わりにした。
「旦那。珍しいじゃねーか。今日は女連れか?」
「ああ。さっきアシスタントになったシュガーだ」
「初めまして、お世話になることになったシュガーです」シュガーは、丁寧にお辞儀をした。
「嬢ちゃんに、旦那のアシスタントができるのかー?」
「はは。オヤジ。大丈夫だ。彼女は私がいつも行くカフェテラスの予約席に座っていたんだ」
オヤジは眉を上げ、シュガーの顔を品定めするようにじっと見た。
「へぇー、あの席にか? こんな嬢ちゃんが『こだわリスト』とはなー」
「いや、どうもそうではないらしい」
「ん? まさか『純人』か? それは珍しいな」
「だろ?」
豆田は得意げに答えた。
シュガーは、2人の会話を理解しようと試みるが、さっぱり分からない。
「じゃー、この嬢ちゃんはアシスタントの資格が充分にあるってことか……」
眉を上げたままオヤジはシュガーの全身を下から上までジロッと観察し、
「ま、長く続くといいな」と言った。
「はい。頑張ります!」
素直な返事に少し驚いたオヤジは、
「まー、豆田の旦那をしっかりサポートしてやってくれ」と、優しい声で言った。
「で、豆田の旦那、今日はどの豆にするんだ?」
「そうだな。今日はオヤジブレンドの深煎りをもらおうか」
「ほう。オヤジブレンドか……。久しぶりだな。何グラム必要だ?」
「400g頼む」
「わかった。すぐに用意する」
そう言うと、オヤジは棚に置かれたガラスの容器を一つ手に取り、カウンターに置いた。そこから豆を取り出すと、茶色い紙袋に入れ、計りにかけた。
オヤジが豆を用意している間、シュガーは店内を観察してまわることにした。
玄関の扉から入った真正面にはダークブラウンの大きなカウンターがあり、その上には小さなレジと秤だけが置いてある。無駄な物は極力置かないスタイルなのだろう。壁一面に備え付けられた棚にも、無駄な物は無くガラスの容器に入ったコーヒー豆と最低限の説明書きだけが並んでいた。
「ここには沢山の種類の豆があるのねー」
「ああ。かなり『こだわった』強力な豆が揃っている」
「強力な豆? 美味しいじゃなくて?」
「はは。美味しくて強力なんだ」
「どういうこと?」シュガーの問いかけに、豆田が答える前に、
「豆田の旦那、これでいいか? 今日はアシスタントの嬢ちゃんを連れて来た記念に、少し豆をまけといたぞ」
と、オヤジは袋にパンパンに詰めたコーヒー豆を豆田に見せた。
「おお! ありがとう。大切に使わせてもらう」
「しかし、オヤジブレンドとは、中々厳しい依頼が入ったんだな」
「ああ。『こだわリスト』がからんでいるようだ」
「そうか……。大丈夫だと思うが気をつけてな」
「ありがとう」
と言いながら豆田はコーヒー豆を受け取った。
「あ! そうだ。豆田の旦那、新しい豆が入荷したんだが、試飲していくか?」
「本当か! それは是非飲んでみたい!」
興奮気味な豆田と嬉しそうなオヤジの会話が始まった。シュガーには全くわからない豆談義が続いている。
15分経過……。終わる気配はない。
30分経過……。全く終わる気配がない。
(あれ? 終わらない。あ、そっか、これが言っていたことね。熱中すると周りが見えないって)
シュガーはそう察し、豆田に声をかけた。
「豆田まめお」
「ん? シュガー、どうした? 今いいところなんだ」
「あの……、パン屋さんの依頼はどうするの?」
「ん? あー」
豆田は、(しまった)という顔をした。
「忘れていたの?」
「はは。私は忘れる才能があるからな」
「それは……。才能と言うのかしら?」シュガーは呆れた。
「オヤジ! 依頼の途中なのをすっかり忘れていた。行ってくる」
「ん? 仕事中か? じゃー、コーヒーを淹れようか? 冷めてるだろ?」
「ああ。それは助かる!」
「オヤジブレンドを使う予定だったのか?」
「ああ。依頼主のキッチンを借りようと思っていたんだ」
「そうか。じゃー。オヤジブレンドを使って一杯コーヒーを淹れてやろう。そこで少し待っててくれ」
オヤジはカウンター横に設置されたミニキッチンに立ち、コーヒーを淹れ始めた。
「ねー。豆田まめお。急がないの?」シュガーは首を傾げた。
「急いでいるじゃないか」
豆田は真剣にそう言った。
その様子を見ていたオヤジが、シュガーにこう言った。
「嬢ちゃん、豆田の旦那がコーヒーを使うのは知っているだろ?」
「はい。さっき聞きました」
「コーヒーが冷めたら能力が使えなくなるのも聞いたかい?」
「え? 豆田まめお。そうなの?」シュガーは、豆田の顔を見た。
「ん? ああ。そうだが……。言ってなかったか?」
「旦那……。そんな大切なことは、はじめにキッチリ言っておかねーと……」
「ん? 大したことはないだろ」
オヤジとシュガーは、大きなため息をついた。そのお互いの様子を見て笑い合った。
「はは。まー、嬢ちゃん、こんな感じで旦那のアシスタントは大変だが、頑張ってくれ」
「ふふ。確かに大変そうですけど頑張ります!」シュガーとオヤジはすっかり打ち解けたようだ。
オヤジは豆田の為に丁寧にコーヒーを淹れた。出来上がったばかりの熱々のオヤジブレンドのコーヒーからは、芳醇な香りたっている。
「オヤジ、流石いい香りだ」
豆田はコーヒーカップを受け取ると、一口飲みしっかりと味わった。シュガーは、またゆっくりとコーヒー豆談義を始めそうな雰囲気に気づき、豆田を急かした。
「豆田まめお! 依頼!」
「あ、そうだった。じゃ、オヤジ、また」
「あいよ。また来ておくれ。嬢ちゃんも待っているよ」
「はい! 必ずまた来ますね!」
シュガーは、オヤジに笑顔を向けた。
『オヤジの豆屋』を後にした豆田たちは、パン屋『ショパール』へ向かった。
豆田の左手にはオヤジの淹れたて熱々のコーヒーがあった。
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