第2章 ─訪問者④─


 マスターは、無言で拍手をする二人の男と若い女に狂気を感じた。安易にキレてしまったが、感情的になっては駄目な相手だったようだ……




 うなおが、静かに口を開く、


「マスター、あなたは珈琲にこだわり続け、大人の色気、渋味をまとった、初老の紳士を演じていますね? 整えられたロマンスグレーに口髭、いかにもといった感じのマスターぶっている! 違いますか!!」


「違いますか!!」マー美。


 京ジが続く、

「珈琲の知識もないのに、マシーンに頼って、私こだわってますよ的な? 流行りのチャラチャラしたカフェとは違いますよ的な? 料理を出さないのは、こだわりではなく面倒くさいから! 違いますか!!」


「違いますか!!」マー美。




 黙って聞いているマスター。両手の拳は、血が出そうなくらい強く握られている。悔しさと恐怖で、破裂しそうな気持ちだった。


 さらに、マー美が追い込む!

「家では、ステテコによれよれのTシャツ! 休みの日は小洒落たカフェで、小洒落たスウィーツ三昧! 違うんですか!!」


──それは、別にいいじゃん。


 思ったが、怖くて言えなかった。




 また拍手を始める三人。今度は笑っている。




──怖い怖い怖い! 怖すぎる……



 マスターは意を決して、閉まった喉をなんとか開き、


「で…… ど、どうすれば…… いいんですか? 目的は、あなた達の目的は…………」 


 うなおは、ニヤリと笑って言う。

「何もしなくて良いですよ。そのままでいて下さい。今のまま喫茶店を、どうぞ続けて下さい」


「えっ……」マスターは、驚く。


「そうです。今まで通り、整えられたロマンスグレーに口髭で、珈琲にこだわり続けた初老の紳士のままで。今まで通り、喫茶店を営業し、お客様を迎えるのです」京ジが言った。

  



 マスターは、よく理解が出来ずにいたが、しばらく考えて質問する。


「私は、今まで通り紳士を演じます…… では、あなた達は、どうするんですか? 何か目的があって、今日来たのでは? な、何をするんです…… あなた達は何をする気ですか」




 マー美は、店内をふわふわと歩き回り、カウンター席に座った。カウンターの外に立っているマスターに、背を向けたまま、

「私達、これからちょくちょく、いいえ! かなり頻繁にここに通います。客として。そしてマスターを見ています。家ステテコよれTのくせに、紳士ぶっている田村たむら 二三男ふみおさん。あなたを見て……」



 カウンターの回転椅子に座っているマー美は、くるりと回り、マスターと向き合いじっと見つめる。



──何で名前まで、知ってんだよ……


「私を、見て……?」震えた声でつぶやくマスター。





「ニヤニヤします」ゆっくりマー美が言った。


 うなおは、コーヒーカップを勝手につまみながら、

「そうです。素敵な紳士を演じている二三男。珈琲の知識も無いのに、こだわってます感を出す二三男。そんな二三男を見て、……ニヤニヤします」


「この音楽だってそうでしょ? 本当は昭和のアイドルとか、80年代のバンドブームの曲とかナツメロがいいんでしょ? 世代的に?」京ジがまたえぐる。深くえぐる。

  


 マスターの耳が、赤くなる。



「かと言って、ジャズなんか流したら、ジャズ通に突っ込まれるから、どこの国か分からないような、変な音楽を流してるんでしょ。いかにも、こだわっているかのように!」京ジは容赦が無い。



 マスターのほっぺが、赤くなる。



「この喫茶店の名前もそう! あのバンドの、あの名曲のパクリですね!! 浪漫ろまん珈琲こーひーて! ちょっと、うまいけど! うまいけれども!!」マー美もかぶせる。



──バレてた!


 思わず、両手で顔を覆う。穴があったら入りたい。




「では、楽しみですね」うなおはそう言って、京ジとマー美に、


「帰りましょうか。お疲れ様でした」


「お疲れ様でした」




 三人は、解散した。




 二三男は思う。




──ニヤニヤする? 




 ふん! 別にいいもん。二三男、全然へーきだもん。勝手にやればいいじゃん。今更、紳士やめられるかい! 三人がニヤニヤしたって、何くわぬ顔で紳士ぶってやるもーんだ。





 しかし、二三男は後悔することになる…………





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