No.2 Mystery Train

 プラットホームで僕は缶ビールを飲んでいた。


 「よかった…………身分証明書を提示されなくて」

 さっきコンビニで買った缶ビールはよく冷えてはいたが、やはり美味しくはなかった。ビールがまずいことは知っている。僕はまだ成人していない、19歳だが、今日は特別に嫌なことがあった。だから———つい、やってしまった。

 まずいと知っていながら、二十歳にもなっていないのに。

 

 僕は、夜風にあたりながら、缶ビールを一口すする。

 そして、ダウンコートのポケットからスマートフォンを取出して時間を確認する。


 ————23:50———―



 通信制の高校を卒業してから、色々なことがあった。みんな散々なことだったけど………………。

 就職と退職を繰り返した。初めての就職先は1か月で辞めてしまった。その次は2か月で辞めた。そのあとは自分には社会人は向いてないと思って、アルバイトを始めることにしたけど、やっぱり上手くは行かなかった。

 なぜ、だろう? 実際の作業は単純なことなのに、僕には無理だった。

 

 それから、バイトをやめて、新しい別のバイトを始めては辞めて、

 それで……………結局、また就職活動を再開した。


 今、僕が働いている会社は1か月で辞めたとこよりも、2か月で辞めたとこよりも、居心地が良かった。

 しかし—————もう、限界だ。…………我慢できない。


 もう、嫌なんだ。自分を偽るのが………………

 たまらなく苦しい。


「こんなのは、自分らしくない」


 僕は、まずいビールを一気に飲み干すように煽った。


 そして電車に乗り込む。


 …………お酒を飲んだせいか、強い眠気が襲ってきた。


 もし、ここで眠ってしまったら、どうなるのだろう?

 警察に補導されるのだろうか?


 そしたら、僕は明日出勤しなくてすむ。なら、僕はこのままぐっすりと、なにも気にしないで眠ってしまっても構わない。

 もし、途中で起きることができたのら、何もかも忘れて、遠くに行こう。


 この現実から、この社会から、逃げるんだ。

 自分が、壊れてしまう前に…………………



 ◇◆◇◆◇



「—————お兄さん、大丈夫ですか?」



 ぼやけた視界を振り払うように、僕は眼をこすって、起き上がる。


「お兄さん、大丈夫ですか?」


「え、ええ。大丈夫です」


 目の前には臙脂色の制服を着た駅員さんがいた。


 しかし、何かがおかしい。


「ここは………………」


「ここは、シュテルンステーションですよ。お兄さん」


「し、しゅてるん…………すてーしょん?」


「ええ、シュテルンステーションです」


 駅員さんの向こう側には、不思議な光景が広がっていた。

 僕はその光景に引き寄せられるように駅員さんの横を通り過ぎた。

 夢でも、見ているのだろうか?


 …………そこには、高級ホテルのラウンジを思わせるような空間が広がっていた。

 あるいは、どこかのお洒落なバーといったところだろうか……。

 遠くの方には、レストランのようなものまで見える。

 少し高い天井には、いくつものシャンデリアが絢爛に輝ていた。


 ぼくは後ろを振り返る。


 そこには電車ではなく———漆黒の列車が停車していた。


「これは………………」


「ああ、もしかしてお兄さんこの列車を知らないの?」

 


 駅員さんはニッコリと笑って僕の顔を覗き込む。


「これは、ミステリートレイン。時間や空間を超え、次元をまたにかける列車」


「…………?」


「知らないってことは、お兄さんは————ストレイキャットだね」


 


 ◇◆◇◆◇



「お兄さんには案内しないとね。どうやら、ここに来るのが初めてみたいだから。じゃあ、ついて来てね」


 駅員さんはそう言うと、少し離れたところにあるエレベータに向かって歩き始める。


 僕は駅員さんについて行くことにした。

 ここが、どこなのか、この駅員さんについて行けば分かるかもしれない。


「さて、7階に上がろう」


 駅員さんはそう言うとエレベーターの7階のスイッチを押した。

 

 エレベーターのドアが閉じ、やがて7階につくと甲高い機械音が鳴り、ドアが開く。

 

「さあ、お兄さんを部屋に案内するよ。お兄さんはこれから、ここで生活するんだ」


 駅員さんはブラウン色のカーペットが敷かれた廊下を突き進んでいく。

 ただの廊下だけど、さっきのラウンジみたいな空間と同じで、どこか高級ホテルを連想させる。床に敷かれているカーペットの模様のせいだろうか。


「はい、ついたよ。21号室。お兄さんはこれからこの部屋を自由に使っていい。よかったね」


 駅員さんはニッコリと笑ってそう言った。


「じゃあ、私はお仕事に戻らないと。とりあえず、部屋でゆっくりしていって」


「えっ……」


 僕は駅員さんからもう少し詳しい話を聞きたかった。

 ここがどこなのか? これからどうすればいいのか? どうしてここに来たのか?


 しかし、駅員さんはニッコリと笑う。


「お兄さん、落ち着いて。まずは部屋でコーヒーでも飲みなよ。それでもし、何か気になることがあったら、ラウンジに行くといい。みんな親切だから教えてくれる。じゃあ、頑張ってね。お兄さん」


 駅員さんは最後にもう一度、ニッコリと笑って遠くの方に行ってしまった。


 …………僕は、コーヒーも苦手なんだけどな。




 ◇◆◇◆◇


 


 目の前にある21号室のドアを開けて、僕は部屋の中に入ることにした。


 

 やはり部屋の中も高級ホテルを思わせるような内装だった。

 ベッドがあり、一人掛けのソファがあり、テーブルがあるだけで、部屋はそこまで広くはない。

 けど、一つ一つの家具が、高価なものであることが、少し見ただけでわかる。カーテンもカーペットもキャビネットも、きっと僕の貯金を全部はたいても、買うことはできないだろう。

 どこかの高級ホテルの一室といった感じがする。

 もし僕がここに泊まろうと思って、きっと一泊さえもできないだろう。



 しかし…………これから、どうすればいい?

 僕はダウンコートのポケットからスマートフォンを取り出した。

 でも、スマートフォンは充電切れで起動することはできなかった。

 ラウンジに行けば電話を貸してもらえるだろうか?


 いいや、そういえばあの駅員さんは……………


『お兄さんはこれから、ここで生活していくことになる』



 って言っていたな。


 それは…………、どういう意味なんだろう?



 僕はふとキャビネットの隣に冷蔵庫があるのに気づいた。

 

 冷蔵庫の中には見知らぬ飲み物がいくつかあった。


 僕は喉が乾いていたし、その見慣れないトレードマーク(四角い帽子の小人と猫が踊っている模様)がなんとく気になったので、ためしに飲んで見ることにした。


「………ん? 美味しい」



 それは少し、アルコールが入っているような、レモンの風味がある炭酸のジュースだった。アルコールが少ないせいか、以外にも飲みやすい。

 トレードマークの下には英語でこう書かれている。

 <LEMON for Stray Cat>


 英語を勉強してこなかった僕には正確には何を意味をしているのか分からなかった。

 まあ、………要するに、レモンの味がするということなのだろう。僕にはそれくらいのことしか言えない。


 僕はもう一口そのレモンジュースを飲んだ。


 そして、ベットの横になる。


 天井を見上げて僕は考える。


 ……………これから、どうすればいいのだろう?  

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