ストレイキャット

空の子供たち

No.1 Stray Cat

 私は分厚い曇がすっかり空を覆う暗い闇の中を歩いていた。光に溶け込むよむように東京駅のホームに入り込む。改札口を通り抜けると、私は立ち止まって時計を見た。

 ————23:50————

 まだ、あれから2時間しかたっていない。私はそう思った。

 制服姿の私は呆然と駅のホームに立ち尽くす。

 そして、スーツ姿のサラリーマン数人が私の横を通り過ぎていく。

 

 ああ、なぜ私はここまで来てしまったのだろう?

 これから、どこに行けばいい?

 私には、行く当てなどない。


「………………どうしたらいいんだ? 私は」


 どこにも行くことができない私は、やはり"ストレイキャット"なのだろう。



 ◆◆◆



 ———2時間前



「いい? あなたはここで暮らしている以上私のストレスを肩代わりする義務があると思うの」


 パチンッ。

 母の平手を頬に受ける。


「ねえ、どうしてバイトやめたの? 高校生になったらきちんと働いて私に恩返しするって約束したわよね?」


 パチンッ


「電気代や水道代は誰が払っていると思っているの? 誰のおかげ今まで食べ物に困らず生きてこられたの?」


 パチンッ


「あなたは、何様のつもり? あなたなんかさえ………………いなければ」


 パチンッ


「いっそのこと私が—————」


 母はそう言って私の首をしめた。

 私が限界になって、もうあと少しで、息ができなくなるまで首をしめた。


「くっはっ! はあ………はあ………はあ…………」



 解放された私は床にひれ伏して、呼吸を整える。

 これは、何年前もから繰り返し繰り返し行われてきたことだ。

 だから、私は慣れている。


 けど………………


 私には、もう我慢できなかった。

 こんな日常が繰り返されるのが、もう限界だった。


 母が二階に上がるのを見て、私は、咄嗟に床に落ちていた自分の財布とスマートフォンを拾って、玄関を飛び出す。


「もう、ここには戻らない」


 私の眼にはいつになく涙がにじんでいた。

 

 そして、遠くの方からパトカーのサイレン音が聞こえる。

 その音はまるで私になにかを警告しているように鳴っていた。


 しかし、そんなことは関係ない。

 私は夜の暗い道を走り抜けた。




 ◇◇◇




 私は電車の中で揺られていた。


 車内にはダウンコートを着たおじさんが一人だけ、少し離れたところで眠っているだけだった。それ以外には誰もいない。

 私には行く当てなどなかったけど、とりあえずなるべく遠くに行くことにした。

 そのあと、どうなるのかは分からない。

 でも、これでいいはず。もう、あそこには戻らない。


 私はふと自分が空腹であることに気づいた。車内にいることによって、さっきまでの緊張感がなくなってしまったせいだろう。しかも、眠気まで襲ってくる。


 私の持っているICカードの残高は少ない。だから頃合いを見て、どこか適当なところで降りなければならない。

 私は自分の眠気を覚ますように下唇を軽く噛んだ。



 しかし、車内の一定のリズムは徐々に私の意識を奪っていく。


 下唇をなんども嚙みしめたが、だんだん意識が薄れて行く。


 ……………ああ、もう無理だ。 …………もう、限界。


 でも、私は………”ストレイキャット”眠るわけにはいかないだろう?


 しかし……………私はこの強い眠気に逆らうことはできなかった。


 完全に眠り込んでしまった私にこんな声が聞こえる。


「——————お嬢さん、大丈夫ですか?」


 

 

 ………ああ、何をやっているのだろう? …………私は


 

 これでは、またあの家に戻ってしまう。

 

 そんなのは………………絶対に、いやだ。


 私は不快感と怒りを嚙みしめて眼を覚ました。


 目の前には臙脂えんじ色の制服を着た駅員さんが心配そうに私の顔を覗き込む。


「お嬢さん、大丈夫ですか?」


「………………ええ、大丈夫です」



 ……………しかし、なにかがおかしい。


 駅員さんの後ろには、天井の高いホテルのラウンジのような空間が広がっている。


「ここは……………」


「ここは、シュテルンステーションですよ? お嬢さん」


 …………?

 ……シ、シュテルンステーション? 

 …………何を言っているだろう? ………この駅員さんは


「……あれ? もしかして、…………お嬢さんは、ストレイキャットじゃないですか?」


「…………」


 ……………ここは、現実なのだろうか?

 私には、まだ………理解できなかった。

  

 ここが一体、どこ、なのか?


「今日はストレイキャットが二人もここやってくるとは………………」


 臙脂色の制服を着た駅員さんはボソリとそう言った。 

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