第57話 桔平---side5

終業式の日、資料室にいると、花乃がやってきた。


「筒井先生と約束したの? 卒業式の日に……みんなの前で言うって……」


約束のことをいきなり聞かれて驚いた。

筒井先生が話してしまった?


「筒井先生が言ったの? 卒業式の日まで黙っていて欲しかったのに」


花乃のことを公表したら、教師でいられなくなる。だから、花乃が心配すると思って隠しておきたかったのに。

どうして筒井先生は花乃に言ってしまったんだろう……困惑せずにはいられなかった。


「先生は、筒井先生のこと好き?」


唐突に花乃に聞かれた。

もし、まだ筒井先生とのことを気にしているなら、それは絶対にあり得ない。でも、筒井先生には付き合っている人がいると、勝手に言うことはできない。

どう伝えたらいいだろう?

そんなことを、考えていたら返事をするのが遅れた。


「好きだよ」


先輩として好きだと思うけれど、それは、花乃を想う気持ちとは全く違う。

そう付け加えるつもりでいた。

でもその前に花乃が次の言葉を言った。


「そっか。だからマフラー……」

「マフラー?」

「なんでもない」

「早く体育館に行かないと、終業式に遅れる」

「ごめんね、困らせて」

「そう思うんだったら早く行って」


2人でいるところを他の先生や生徒に見られて、また花乃との噂が再燃してはいけないと思った。

だから、学校が終わった後話そうと思っていた。

筒井先生に言われたことも、これからのことも、ちゃんと花乃に伝えるつもりだった。


いつものように花乃はキャンディをくれた。

いつものように笑顔で。

そして、資料室を出て行く間際に言った。



「さようなら、先生」



それが花乃を見る最後で、花乃の最後の言葉だとは、思いもしなかった。




終業式の直前、1人の生徒に言われた。


「先生、筒井先生とラブラブだねー」

「何で?」

「だって、先生達、同じマフラーしてるじゃん」

「マフラー?」

「先生がしてるマフラー、朝の挨拶ん時、筒井先生がしてた」


マフラー……

花乃が言いかけた言葉の意味がわかった。

花乃を探そうとして、筒井先生に止められた。


「もうすぐ終業式が始まりますよ?」

「筒井先生、朝、僕のマフラーを勝手に使いました?」

「ごめんなさい。朝の挨拶の時、寒くて借りたんだけど、ダメでした?」

「どうして黙って……」

「向坂くんいなかったから」



僕は、その時まだ気が付いていなかった。筒井先生の悪意に。




すぐに教室に行ったけれど、花乃は早退したと言われた。

スマホに電話したけれど、電源が入っていないという音声が流れるだけだった。

終業式が終わったらすぐに花乃のところに行くつもりでいた。

けれども、それは1本の電話で叶わなくなった。

子どもが事故にあったという連絡を受けて、山川先生が早退した。

それで、後の対応を副担の僕が任された。

それでも、夕方には仕事が終わったので、帰ろうとしたところで、今度は校内で異臭騒ぎが起きた。

消防や警察の来る中、また足止めを食らった。


結局、学校を出られたのは9時をまわってからだった。

花乃のスマホは相変わらず電源が入っていないという音声が流れるばかりで、その時間から花乃の家に行くわけにもいかず、明日こそ、花乃と話そうと決めて、そのまま家に帰った。


翌日も花乃のスマホは繋がらず、学校が終わった後、吉に寄ると、店は臨時休業だった。

店の裏の家の方にも行ったけれど、電気も付いておらず、ドアフォンを押しても誰も出て来なかった。


山川先生が年末年始の休みが来る前に休暇を取られたので、組まれていた出張を代わりに行くこととなり、2日ほど留守にした。

花乃は冬休みに入っているのに、スマホは昼も夜も繋がらないまま。


そして、出張から戻って来た日、花乃が両親の住むイギリスに行ったことを、朝の職員会議で知らされた。



何が何だかわからないでいる時に、筒井先生から言われた。


「実は茅野さんに相談されてたの。向坂くんと別れたいのに言えなくて困ってるって。喧嘩でもしたのかと思って、『遠くに行っちゃえば?』って、軽く答えたんだけど、まさか本当に遠くに行くほど悩んでいたなんて……もっと真剣に聞いてあげれば良かった」


それで、もう追いかけることが出来なくなった。

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