第56話 桔平---side4

筒井先生にはすぐに指輪を返してもらった。

その時彼女に言われた。


「向坂くん、もう少し茅野さんのこと考えてあげたら?」

「どういう意味ですか?」

「彼女、今が人生で一番大切な時なのよ? 生徒達の噂もそうだけど、先生達にまで変な目で見られたら、彼女にとって不利になるってわからない? わたしは大人だから、周りに何を言われても気にしたりしないけど、彼女はどうかしら?」


何も言い返せなかった。

言われた通りだった。

1番に花乃の立場を考えなければいけなかったのに。


「今日のことは、このまま放っておきましょう」

「でもそれだと筒井先生が誤解されます」

「別にいいわよ。かわいい後輩のためだもの」

「それに、彼女も誤解します」

「お互いのこと信じ合ってたらそんな誤解なんかすぐにとけるわよ」

「彼女とのことは真剣なんです。だから卒業式の日に公表するつもりでいます」

「だったら、その時、私とのことは嘘でした、って言ってくれたらいいわよ。それまで適当に流しておくから」

「そう言うわけには……」

「それは、向坂くんの良心の問題でしょ? 茅野さんはどうなるの? 茅野さんを守ることだけ考えたら? 茅野さんのご両親イギリスにいらっしゃるのよね? 目の届かない間に自分の娘が教師と関係を持っただなんてどう思われるかしら? 保護者代わりの親戚の方はどう思われるかしら?」

「それは……」

「もっと、周りにのことを考えて行動しないと! 卒業式の日に全部話す、そういう約束でどう? 約束、ね?」


自分の浅はかな考えを指摘されて、情けなかった。

筒井先生の言う通りだと思った。




美鈴高校に勤務するようになって、しばらくして歓迎会をしてもらった日、何人かの先生と盛り上がって、そのままうちで飲んだことがあった。


途中買って来たお酒が足らなくなって、ジャンケンで負けた僕と筒井先生が買い出しに行くことになった。

その時点で筒井先生はかなり酔っていたから、ひとりで行くと言ったのに「大丈夫!」と言ってきかず、結局一緒に行った。


案の定、酔ってふらふらするうちに、腕を組んでこられた。


「そういうのは困ります」

「見られたら困る人でもいる?」

「はい」

「同じね」

「あ……そうなんですか?」

「今のは、誰にも言わないで」

「どうしてですか?」

「……女は、すぐに『結婚は?』とか『いつ辞めるの?』とか、全部そっちに持っていかれる」

「大変ですね」

「大変よ。生徒や父兄に見られてもうるさいから大ぴっらに出歩くこともできない」

「そうですよね」

「デートはいつもお家ばっかり。つまんないわよね!」


それで、そのまま、筒井先生に寄り添われたままアパートに戻った。



「筒井先生には付き合ってる人がいる」

それを知っていたから、ちょっと馴れ馴れしい態度をされても、きっとこの人は誰にでもこういう人なんだと、思っていた。

筒井先生のことは何とも思っていないことは、花乃に伝わっているから大丈夫だなんて勝手に思い込んでいた。

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