第54話 あの時の指輪

「でも、結婚したんだよね?」

「してない」

「だったら、どうして先生は左の薬指に指輪をしているの?」


桔平ちゃんは少し寂しそうな顔をした。


「これ?」


そう言うと、指輪を外して、左手の手のひらのせた。

そして右手でポケットの中から、もう一つ指輪を出して、さっきの指輪の隣に並べた。


「この指輪……」

「あの日、花乃が帰った後、筒井先生から指輪はすぐに取り返した。花乃の誕生日プレゼントなんだから、他の誰にも渡すわけがない」



本当に、誕生日プレゼントだった。


18歳の誕生日に、一度だけつけることができた指輪。

桔平ちゃんがわたしにくれた、12月の誕生石の、きれいな水色のタンザナイトの石がついた指輪。



その指輪が、ペアリングだったことを初めて知った。



「筒井先生に何で嘘をついたのか、問い詰めた。それで、はっきり伝えた。花乃を本気で好きだと。でもあの頃、花乃と僕のことが噂になってしまってたから、花乃を守るためには、このままの方がいいって、筒井先生に言われて、それで、彼女の嘘を許してしまった。卒業式が終わった後、全部話せば大丈夫だと思ってた。あの人が花乃に何を言ったのかも知らないで」



わたしは終業式にも出ずに、両親の住むイギリスに行った。

卒業式には行かなかった。


桔平ちゃんの顔を見るのが辛かったから。


筒井先生がわたしに言ったことを、もう一度、桔平ちゃんの口から聞くのが怖かったから。


わたしは、逃げた。



桔平ちゃんは悲しそうな顔をしていた。


「あの頃、どうして僕は花乃に『先生』と呼ぶように言ったりしたんだろう……」


そんなこと言わないで。

こんな桔平ちゃんを見たかったわけじゃない。


「僕の後悔は、他の誰かが言った話を信じてしまったこと。花乃の話を一番に聞かなければいけなかったのに、そうしなかったこと。だから、直接僕の口から花乃に、これまでのことを話したかった。どうか、僕の話を聞いて」


桔平ちゃんは今まで聞いたことのないような口調で言った。


「花乃のお姉さんから、筒井先生が花乃に言ったことを聞いた。あれは全部嘘だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る