第53話 止まった時間
式場から桔平ちゃんのアパートまで、信号が赤になるたびに、胸がずくずくと痛くなった。
アパートの前でタクシーを降りて、走って階段を上がった。
一番端っこの部屋のドアを、持っていた鍵で開けた。
「桔平ちゃん!」
でも、部屋の中は、空っぽだった。
あの日、この部屋の前まで来たのに、どうしてドアを開けて中に入らなかったんだろう……
また、後悔が増えてしまった。
靴を脱いで、部屋の中に入った。
部屋の真ん中に、あの、大きな瓶がひとつだけ、ぽつんと取り残されていた。
座って、その瓶を持ち上げた。
瓶の中には、最後に会った日にあげた、リンゴのキャンディがひとつだけ入っていた。
「何でこんなの取ってあるのかなぁ……」
思わず口に出していた。
「それは、大切な物だからだよ」
その声に、振り向くと、桔平ちゃんが立っていた。
桔平ちゃんはゆっくりと近づいて来て、わたしの前にしゃがんだ。
「荷物は全部トラックに乗せたけど、これだけは自分の手で持って行くつもりで残しておいたんだ」
「学校は?」
2年ぶりに話す最初の言葉がこれだなんてあきれてしまう。
他にもっと言わないといけないことがあるのに。
聞きたいことがあるのに。
「美鈴高校は辞めた」
「どうして?」
「公立学校の教員採用試験を受けたんだ。特例選考の条件を満たしたから。それで、9月から臨時教員として働いて、4月から正式採用になる。花乃は、どうしてた?」
「どう……って……今は、イギリスの大学に通ってる」
「成績、良かったよね。ずっと学年で上位10人以内にいた。僕が花乃の学校の教師になってからは、もっと成績上がって、3位内に入るようになった」
「することがなくなったから、暇つぶしに勉強したせい」
今のは嫌味みたいに聞こえてしまった?
桔平ちゃんは、わたしのそんな小さな後悔には気にも止めていないようだった。
「鍵、まだ持っててくれたんだ」
話したいことがあるのに、泣いてしまいそうになる……
「熱出して休んで、久々に学校行ったら、あんな噂が流れてて、何がなんだかわからなかった」
桔平ちゃんが唐突にあの頃のことを話し始めた。
「僕の時間は、あの頃から止まったままだよ」
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