第52話 行きなさい
ずっと降ったりやんだりを繰り返していた雨がやんで、朝から良い天気だった。
結婚式の前日にようやく帰国できた両親は、時差ボケもないようで、朝から元気だった。父親はそわそわしていて、母親は着物が苦しいとぐちを言っていた。
ブルーのワンピースに、ヘアメイクをしてもらったわたしは、お姉ちゃんのいる控室にドレス姿を覗きに行った。
ドアを開けるとすぐに、真っ白なウェディングドレス姿のお姉ちゃんが、わたしを見て微笑んだ。
「おめでとうお姉ちゃん! すごくきれい」
「ありがとう、花乃」
お姉ちゃんは、今まで見たことがないくらい幸せそう。
「やだ、涙出そう……」
「どうして花乃が泣くの? メイク落ちちゃうよ」
「うん。そうだね」
「ねぇ、ちゃんと、向坂さんと話しした?」
首を振った。
「会わなかった」
「どうして……」
お姉ちゃんから笑顔が消えた。
「今更話すことなんてないから」
「だめ!」
「お姉ちゃん?」
「向坂さん、今日引っ越しするって言ってた」
「もう関係ないよ」
「だめ、だめ! どこに行くか聞いてないから。本当に二度と会えなくなる」
「もういいってば」
「だめなの! てっきり2人でちゃんと話してると思ったのに!」
お姉ちゃんが泣き顔になった。
「ねぇ、お姉ちゃんの方こそメイクが崩れちゃうよ? 式までもう時間がせまってるのに」
「花乃、よく聞いて。向坂さんは、花乃が、向坂さんと別れたくてイギリスに行ったと思ってたの!」
「どうして……」
「2人して、あの筒井って先生に嘘つかれてたの!」
「でも、もう……」
もう、桔平ちゃんは結婚している。
「すぐに行きなさい」
「行くって……今からお姉ちゃんの結婚式……」
「あの時、花乃の願いを叶えてあげることが姉として正しいと思ってた。でも間違ってた。逃げる手伝いをするべきじゃなかった」
控室のドアが開いて、徹人さんが入って来た。
「外まで声聞こえたよ? 冬華……なんで泣いてるの?」
「花乃が、向坂さんと会ってない……話をしていない……すぐに行かないと間に合わない……」
「でも、桔平ちゃんは結婚してる。今更話して何になるの? ようやく乾いてきたかさぶたをはぐようなもの」
「嘘はやめなさい。かさぶたにすらなっていないじゃない」
「花乃ちゃん、彼は結婚なんかしていないと思うよ」
「でも、指輪をしていた」
「その理由は自分で聞いたら? さぁ、早く行って。俺たちがいいって言ってるんだから、行きなさい!」
初めて聞く、徹人さんの強い声。
「花乃、早く! 何回、後悔するつもりなの!」
「そうだよ、花乃ちゃん。あの時こうしておけば良かった、っていう後悔はしたらだめなやつだ」
後悔……
その言葉が、深く突き刺さる。
「お姉ちゃん、徹人さん、ごめんなさい!」
ずっとずっと、後悔していた。
控室を出てすぐのところにお母さんが立っていた。
「花乃? どこ行くの? お式が始まるのに」」
呼び止められたけど無視して、結婚式場の前に停まっていたタクシーに乗り込んだ。
「お願い、急いでください!」
イギリスに行って一番最初に困ったのは、努力しないと何も伝わらないということだった。
単に英語力の問題もあったけれど、言いたいことを正しく伝えることがこんなに大変だとは思わなかった。
それは、言われたことに対しても同じだった。
相手の言ったことを勝手に理解したつもりでいて、何度も失敗した。
だから、相手が伝えたいと思っていることが、自分の受け取めた内容とあっているのか、わかるまで聞くようにした。
日本にいる時、そんな当たり前のこと、ずっとしてこなかった。
自分の言いたいことは伝わってると思い込んで、こんな感じのこと言われてるんだろうな、って勝手に解釈して……
だから、あの頃のことを後悔していた。
それなのに、今更話すことないなんて、また、同じ間違いをしてしまった。
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