第51話 あの部屋
流れ星を形どったキーホルダーのついた鍵。
返しそこねて、ずっと持っていた。
いつも持ち歩いていた。
二度とこの鍵を使うことはないなんて思いながら、捨てられないでいた。
この鍵は、わたしが一番幸せだった時の大切な思い出だったから。
もらったメモ書きには、時間のことは書いていなかった。
でも、平日だから、桔平ちゃんが帰ってくるのは早くても7時を過ぎてからのはず。
あのアパートには、もしかしたら目を閉じても行けるかもしれない。なんてね。
あの頃、何度も行ったアパートの前まで行って、2階の、桔平ちゃんの部屋を見上げた。
桔平ちゃんにもう一度会って、わたしに何の話ができるんだろう?
お姉ちゃんが言ったように、前に進むために、ちゃんと終わりにしないといけないということは、頭ではわかってる。
わたしは、逃げたのだから。
てっきりもっと広い部屋に引っ越していると思ってた。
あの部屋、そんなに広くはなかったから、きっとまだ子供はいないんだ。
わたしに部屋へ来て、と言えるということは、筒井先生は留守なのかな……
留守中、勝手に他の女を家に入れたりしていいのかな……
3人で昔話をしながらお茶とかだったら……無理だよ。
そこまで大人じゃない。
ゆっくりと、階段を上がった。
この階段、ヒールの音が結構響くんだ。
あの頃はそんなことすら気がつかなかった。
桔平ちゃんの部屋のドアの前まで行って、もしかして、空き家なのかもしれないと思った。
外で待ち合わせなんかしたら、誰に見られるかわからないから、だからこの部屋で話をしようと思ったのかもしれない。
鍵穴に、持っていた鍵を入れた。
でも、鍵をまわせなかった。
桔平ちゃんの左手の薬指にあった指輪を、思い出してしまったから。
今更、話すことなんてない。
鍵をぬいて、桔平ちゃんのアパートを後にした。
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