第48話 桔平---side1

酒を家に置かないようにしていた。

そうしないと、飲み過ぎてしまう。以前のように、酒に逃げ道を探してしまう。

だから、飲みたい時は、都度買いに出ていた。


今日は、どうしても飲みたかった。

やり場のない気持ちを忘れるために。




アパートを出て、駅に向かう道を歩いていた時、花乃と一緒にいた男が目の前を歩いているのに気がついた。

隣には花乃じゃない、別の女を連れている。


その女が、親しそうに男と腕を組むのを見た時、何かが切れた。



「お前……」


後ろから男の肩を掴んだ。




花乃とは、あまりにも突然の再会で、何も言葉にすることができなかった。

転がってきたボールを拾って、渡すのが精一杯だった。



あんなに会いたいと思っていたのに。


どれだけその声を聴きたかったか。



すっかり大人っぽくなった花乃を見て、思い出してしまった。

付き合い始めた頃、花乃のことを大学生と勘違いしていたことを。

今の花乃を見たら、あの頃とは全然違うとわかる。どうして間違えたりしたんだろ。


かわいかった花乃は、きれいになっていて、今目の前にいるこの男に、その笑顔を見せていた。



2人の会話が耳から離れない。


『花乃ちゃん、会いたかったよ!』

『結婚式で会うのに』

『式で会うのも、今日会うのも嬉しいってこと』


結婚するんだ……

急いでその場を立ち去った。




花乃がこの男に笑いかけていたのに、この男は他の女の横で笑っている。


自分にそんな権利なんてないのはわかってる。


でも、花乃は泣かせるようなことは許さない。


教師なんだから、他人を殴るなんて暴力沙汰、絶対あってはならないことで、一発アウトだ。


それを、全部承知の上で――




目の前にいる男を、殴った。

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