第47話 予期せぬ再会
朝早く、お姉ちゃんが吉にやって来た。
大学を卒業して、就職したお姉ちゃんは、半年前に徹人さんと婚約して、今はマンションを借りて一緒に住んでいる。
そして、この6月に結婚することになった。
今日は、吉にぃ一家と、お姉ちゃんと徹人さんと、わたしで、結婚式の前祝いをする。本当は両親も参加予定だったのだけれど、お母さんが盲腸になって帰国が遅れてしまった。
「花乃ーーっ!」
お姉ちゃんはわたしに抱きつくと、しばらく離してくれなかった。
「徹人さんは?」
「昨日会社の同僚に飲みに連れて行かれて、帰って来たのが明け方だったから置いて来ちゃった。昼までには来ると思う」
光太郎くんを抱っこした弥生さんが店の奥から出てきた。
「いらっしゃい! 冬華ちゃん、いよいよだね、結婚式」
「はい。弥生さんにはずっとお世話になって、ありがとうございました」
「やだ……そんなこと言われたら泣いちゃうじゃない」
声が聞こえたのか、店の奥から吉にぃも出てきた。
「おっ! 冬華来たな」
「吉にぃ、今日は忙しいのにありがとう」
「花乃も久々に帰って来たし、ゆっくり話したいだろうと思って」
しばらくいろんな話をした。
でも、わたしがいきなりイギリスに行ったことについては誰も触れなかった。
「ままっ」
光太郎くんが弥生さんの頬をペチペチと叩いた。
「なあに?」
「あっち」
「大人ばっかり話してるから、飽きちゃったかなぁ?」
「ぼーゆ」
光太郎くんの指差した先にビニールのボールがあった。
「ごめんね、花乃ちゃん、そこのボールとってくれる?」
ボールを渡すと、光太郎くんはご機嫌になった。
「はいはい、外に行こうね」
「わたし吉にぃの料理手伝いますね」
「ごめんねぇ、今日の主役に手伝わせちゃって」
「じゃあ、わたしも」
「花乃は休んでてよ。疲れてるでしょ? 弥生さんと光太郎くんと3人で遊んでて」
お店の外に出ると、小雨が降っていた。
「光太郎、雨だからお外で遊べないよ。お家入ろうね」
弥生さんがそう言うと、光太郎くんが持っていたボールを道路に向かって投げた。
「あーっ、光太郎ダメっでしょう!」
「やーっ!」
暴れる光太郎くんに弥生さんがちょっとて手こずった。
「ボール、とってきますね」
わたしがボールを追いかけて店の前の道路に出ると、傘をさして歩いて来ていた男の人が、そのボールを拾い上げたのが見えた。
「すみません!」
近づいて、ボールを受け取ろうとして、その男の人の顔を真正面から見てしまった。
ずっと会いたくて、会いたくなかった人。
その声を聴きたくて、聴きたくなかった人。
そこに、桔平ちゃんがいた。
右手に傘を持っていた桔平ちゃんは、無言で左手で拾ったボールをわたしに差し出した。
ボールを受け取る時、左手の薬指に指輪があるのが見えた。
時間が止まっているみたいに動けなかった。
「花乃ちゃん!」
桔平ちゃんの後ろからやって来た徹人さんが、わたしに気がついて声をかけた。
「どうしたの?」
「ボールを……」
「ボール?」
桔平ちゃんは何も言わずに、わたしの横を通り過ぎて行った。
「光太郎くんの投げたボールを拾ってもらった」
「そうなの?」
徹人さんは不思議そうな顔をしていたけれど、すぐににっこり笑った。
「花乃ちゃん、会いたかったよ!」
「結婚式で会うのに」
「式で会うのも、今日会うのも嬉しいってこと」
「わたしも会えて嬉しいです」
「花乃ちゃん、雨に濡れるよ!」
「そういう徹人さん、傘は?」
「途中から降り始めたから持ってなくて。冬華は?」
「奥で吉にぃの手伝いをしてます。あ! おめでとうございます!」
「ありがとう。俺んとこずっとむさ苦しい兄弟しかいなかったから、かわいい妹ができるのが嬉しい」
2人で話しながら、吉の前まで戻る時、一度だけ振り向いたけれど、もうそこに桔平ちゃんの姿はなかった。
左手の薬指にあった指輪が、いつまでもいつまでも、わたしの中から消えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます