第41話 さようなら、先生
壊れたガラスは、一つでもそのカケラが見つからないと、元には戻らない。
そうじゃない。
そもそも壊れてしまった時点で、二度と元には戻らない。
終業式の日の挨拶当番は、筒井先生だった。
正門に向かって歩いていると、遠くからでもわかってしまった。
近づいていくにつれ、間違いじゃないことがわかった。
なかなか足が進まないわたしの横を、他の生徒が追い越していく。
「先生、おはよー。そのマフラーかわいいね」
「おはよう。ありがとう」
「おはようございます」
「おはよう」
みんなが挨拶をして通り過ぎる中、先生の前でひとり立ち止まった。
筒井先生がしているマフラーは、昨日わたしが桔平ちゃんにあげたもの。
「おはよう、茅野さん」
筒井先生が微笑む。
わたしが桔平ちゃんにあげたマフラーをして。
「先生、そのマフラー……」
「わたしが寒そうだからって貸してくれたの。心配性よね」
「そうですか」
あげたものなんだから、それを桔平ちゃんがどうしようと、桔平ちゃんの自由。
でもね、嫌だったんだ。
教室には行かないで、そのまま資料室に向かった。
資料室のドアを開けると、桔平ちゃんが棚に何かの資料を戻しているところだった。
「先生」
私の呼び声に、桔平ちゃんがこっちを向いた。
「先生、あのね……」
桔平ちゃん、あのね……
「何?」
いつもと変わらない。
わたしの知っている桔平ちゃん。
「筒井先生と約束したの? 卒業式の日に……みんなの前で言うって……」
桔平ちゃんは否定してくれるよね?
筒井先生の言ったことは、嘘だと言ってくれるよね?
少し、間があってから桔平ちゃんは目に見えて困ったような顔で、返事をした。
その表情で、胸がずきんとした。
「筒井先生が言ったの? 卒業式まで黙っていて欲しかったのに」
桔平ちゃんは否定してくれると思ってた。
「先生は、筒井先生のこと好き?」
言おうかどうしようか迷っているみたいだったけれど、結局桔平ちゃんは答えた。
「好きだよ」
まわりが、とっても静かで、音のない世界みたいに感じた。
「そっか。だからマフラー……」
「マフラー?」
「なんでもない」
「早く体育館に行かないと、終業式に遅れるよ?」
「ごめんね、困らせて」
「そう思うんだったら早く行って」
ごめんね、桔平ちゃん。
ポケットの中に入れていた、リンゴのキャンディを桔平ちゃんに渡した。
精一杯の笑顔を作って。
「さようなら、先生」
困らせてるなんて、思ってもいなかった。
卒業式がきたら前みたいにいられるんだと思ってた。
でも、卒業式がきたら、終わっちゃうんだね。
『人の気持ちって変わるのよ』
筒井先生のその言葉を思い出した。
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