第39話 名前を呼ばないで

桔平ちゃんに追い返された日の次の日、筒井先生に視聴覚室へ呼び出された。


「こんなこといきなり言って、気を悪くしないでね。でも、これ以上黙っていられなくて」

「何でしょうか?」

「桔平と、付き合ってたんだよね。彼から聞いた」


どうして過去形?


「桔平ね、あなたのこと困ってるって悩んでた。でも関係をはっきりさせて、受験に失敗でもされたら責任とれないからって」

「どういう意味ですか?」

「ほらね、そういうとこ。あなたが子供で、いろんなことわからないから疲れちゃうんじゃないかな」

「それ、向坂先生の口から直接聞きます」


筒井先生がこれみよがしにため息をついた。


「今の話、茅野さんが聞いても、桔平言わないと思うよ」


名前を呼ばないで。


「どうしてですか?」

「私が頼んだから。本当のことを言うのはもう少しだけ我慢してって、お願いしたの。でもそんなの間違ってた。あなた見てたらそう思っちゃった。優しくされて、いつまでも勘違いしてるから」

「そんなの嘘です」

「私たち、今まで何回してると思う? そういう関係なの」


言葉に詰まった。

嘘だってわかっているのに。


「ごめんなさい。これは生徒に言う話じゃなかったわね」

「嘘です」

「私がいいんだって」

「どうしてそんなに嘘ばかりつくんですか?」

「嘘? わたしが?」

「はい」

「あの時の指輪、あれからもらった?」

「いいえ……」

「あの指輪ね、あなたが関係を変に騒いだりしたら困るからって、ごまかすためだったのよ。ほらね、あなた何にもわかってない」


筒井先生は嘘をついている。

そう思っているのに、どこかざわざわとひっかかる。


「あなたは桔平の何を知ってるの? 私はもう何年も前から彼を知ってるのよ?」


わたしが桔平ちゃんと出会ってから半年も経ってない。


わたしが知らない桔平ちゃんがいる?


胸の奥にしまい込んでいた、いろんなことが疑問になっていく。


筒井先生と2人でいる時の桔平ちゃんの笑った顔は、わたしの知っている顔だった?

桔平ちゃんの言ってくれた言葉は、本心からのものだった?

筒井先生の言ってることは、全部嘘?


もし……本当のことを言ってるんだったら?


ひとつを疑ったら、全部を疑ってしまう……


「桔平、私達のこと、卒業式の日に公表するって言ってた。それまでは内緒にしておこうね、って話してたんだけど、やっぱり先に言って正解だったみたいね。疑うなら、私と約束したか直接聞いてみたら?」


はっきりとわかるのは、これ以上話を聞いてたらだめだということ。


「次の授業に遅れるので、もう行っていいですか?」

「どうぞ」


ドアに手をかけた時に後ろから言われた。


「ねぇ、人の気持ちって変わるのよ。いい加減、受け入れなさい」


振り向くと、筒井先生は自信がありそうな顔で微笑んでいた。




桔平ちゃん、わたしに「家に帰って」って言ったのも、「明日も明後日も来たらダメ」って言ったのも、かぜがうつったらいけないと思ったからだよね?

それとも、筒井先生のためだったの?

わたし、邪魔だった?

違うよね?

筒井先生が嘘をついているんだよね?



本当のことを言っているのはどっち?

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