第38話 このままずっと

昼間なら、先生たちは授業でいないし、生徒は学校に行っている。

急いで家に帰って、制服を着替えた。



アパートに向かう間も、まわりに誰もいないことを確認して、桔平ちゃんの部屋に入った。


音をたてないように、部屋とキッチンの間のドアを開けると、昼間なのに締め切ったカーテンのせいで薄暗い中、ベッドに桔平ちゃんが寝ていた。


顔が赤い。耳たぶも、首も、布団から出ている腕も、全部赤かった。

そっと手でふれると、すごく熱かった。


前髪を上にあげて、持って来た冷却ジェルシートをおでこに貼った。


テーブルの上には、開封した形跡のない薬の袋が置きっぱなしになっている。

お薬飲んでないんだ……


キッチンに戻って、「勝手にごめんなさい」とつぶやいて冷蔵庫を開けると、中には大きな瓶がひとつ入っているだけで、後は空っぽだった。


ご飯、ちゃんと食べてるの?


ペットボトルのお水や、ゼリーを冷蔵庫に入れてから、家から持ってきたタッパーの中のお粥を鍋に移して、少しだけ温めなおした。



お椀に装ってスプーンと一緒にトレイにのせて部屋に戻ると、桔平ちゃんがうっすらと目を開けてこっちを見ていた。


「少しだけ食べられる?」


桔平ちゃんがへらっと笑った。


「夢、見てるんだと思った」

「夢じゃないよ。お薬飲んでないよね?」


返事がない。


「ほんの少しだけでいいから食べれらる? それでお薬飲もうよ」

「何もいらない」

「そんなこと言わないで」

「花乃だけいればいい」


桔平ちゃんはまた目を閉じて眠ってしまった。



こんなの、ずるいかな、って思いながらも、寝ている桔平ちゃんの頬にふれた。


ほんの少し前までは、堂々と外で手を繋いで歩くこともできたのにな……




どのくらいたったんだろう?

ベッドにすがって、スマホのアプリで英単語を覚えていると、頭の上から名前を呼ばれた。


「花乃、いつからいた?」

「あ、起きた? お粥食べる? 温めなおしてくるね」

「花乃、家に帰って」

「……どうしてそんなこと言うの?」

「うつる」

「うつんないよ。わたし、高校入ってから一回も風邪ひいてないもん。それにインフルエンザは予防接種してるし」

「言うこと聞いて」

「……どうして? 学校でも会えなくて、家にも来ちゃダメって言われて……こんな時もそばにいちゃダメなの? 桔平ちゃんが熱を出して寝てるのに何もしたらいけないの?」

「花乃、受験生なんだから」

「大丈夫だよ」

「頼むから、言うこと聞いて」

「……わかった。何か食べてお薬だけは飲んで」

「そうする」

「花乃、明日も明後日も来たらダメだよ」


風邪をうつさないために言ってるんだよね?


でも、なんだか拒絶されてるみたいに聞こえて、泣きそうになった。


「帰るね」


桔平ちゃんはふとんに潜ってしまったから、もう顔も見ることができなかった。



寝ている間に、もっと顔を見ておけば良かった。


帰れって言われても帰らなければ良かった。




ずっと一緒にいたかった。

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