第35話 嘘つき

「ねぇ、筒井先生、向坂先生と付き合ってるらしいよ!」


遅刻スレスレに教室に入って席に座ると同時に、千世が近づいてきて、ビックニュースと言わんばかりに、いきなり話し始めた。


「向坂先生、筒井先生に指輪あげてたんだって! これで、花乃と向坂先生の噂も、ただの噂って証明されたね!」



昨日、学校に行く気になれなくて、ズル休みした。


桔平ちゃんとも話せる気分じゃなくて、スマホの電源はずっと切ったままにしていた。


でも、一日休んでいる間に、そんな噂が広まっていたなんて思ってもいなかった。



「文化祭のあたりから仲良かったもんね。どっちから告ったんだろう? やっぱ向坂先生かな?」


千世はまるで芸能人のことを言っているみたいにはしゃいでる。


「ねぇ、それ、本当?」

「大貫先生が久保先生と話してるのを聞いた子がいるんだって。黙っとくように口止めされたらしいからホンモノじゃない? でも、この話もうだいぶ広まっちゃってるから、口止めの意味ないよね」



あの指輪は、違う。


あれは、桔平ちゃんがわたしに……



「あ、チャイム」


さっきまで騒いでいた生徒たちが席に戻って行く。

それでもなお、立ち歩いている生徒に、教室へ入ってきた筒井先生が注意した。


「席に着いてくださーい」

「先生、向坂先生と付き合ってるって本当ですかぁ?」


誰かがからかうように言った。


「やだ……もう噂になってるの?」


待って……


「いつから?」

「そんなこと生徒には言いません」


どうして?


「どっちから告ったの?」

「それは……内緒です」

「指輪もらったって本当?」

「どうしてそんなことまで知ってるの?」


どうしてそんな嘘をつくの?


「本当なんだ!」

「もう、授業するのでこの話はおしまいです」


どうして幸せそうに笑ってるの?


「先生!」

「なあに、茅野さん?」


あの時、筒井先生のついた嘘で、桔平ちゃんが困った立場にならないで済んだのは事実。


「お腹が痛いので保健室に行きます」

「ひとりで大丈夫?」

「大丈夫です」




あと一年早く生まれてたら、こんな想いしなくて良かったのに。


そうしたら桔平ちゃんの生徒じゃなかったのに。


痛いのはお腹じゃなくて、心だよ。

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