第33話 麦茶
文化祭の代休の月曜日、千世がお昼から来たので、一緒に勉強をしながら先生達が来るのを待った。
夕方になって、弥生さんが連絡をくれたので、千世と2人でお店に顔を出した。
「先生、おめでとう!」
千世と磯辺先生にお祝いを言うと、赤ちゃんの写真を見せてくれた。
かわいい女の子だった。
磯辺先生と話をしながら、桔平ちゃんを見ると、緊張しているのか、ずっとテーブルの上の一点を見ていた。
「ほらほら、そろそろ2人は出て行きなさいよ」
弥生さんに促され、先生たちに挨拶をしてから、お店を出る間際に弥生さんを見ると、にこにこ笑いながら筒井先生に飲み物を聞いていた。
弥生さん普通?
笑顔で接客してる。
弥生さんが言っていた、友達の婚約者を奪ったという「筒井」という人は、筒井先生とは違う人だったんだ。
そんなことを思いながら店を出た。
11時をまわった頃、お風呂から出たわたしがキッチンにいると、大きな音で玄関のドアが閉まる音がして、バタバタという足音と共に、弥生さんが帰って来た。
「花乃ちゃん、麦茶!」
また麦茶?
冷蔵庫の麦茶をグラスに入れて、弥生さん前のテーブルに置いた。
弥生さんはそれを一気に飲み干すと、無言でわたしに空のグラスを差し出した。
つげってことかな?
麦茶をグラスに注いだ。
「あの女、わたしのことわからなかった! わたしは忘れたことなんてないのに!」
その一言で、持っていた麦茶のポットを落としそうになった。
弥生さんは、目に涙を溜めていた。
「筒井恵美。花乃ちゃんの高校の先生になってたなんて!」
弥生さんの言ってる「筒井」という人が、筒井先生のことだったなら……
だったら、弥生さんが見た、筒井先生と一緒にいた吉の常連のお客って誰?
「弥生さんが前に見た、その人と一緒にいた吉の常連のお客って、今日いました?」
「隣に座ってた男」
桔平ちゃん……
「今日って、先生達の集まりなんでしょ? あれじゃあまるで合コンじゃない。あの女、甘えた声出して肩とか触ったりしてさ」
「その隣の人に?」
「そ。男も男よ。にこにこしてさ。バカな男」
桔平ちゃん……
「でも弥生さん、普通に接客してませんでした?」
「そりゃあ、客商売だから。個人的な恨みは表に出さない……」
弥生さんは、麦茶のグラスを持ったままボロボロと泣き始めた。
わたしは何も言えずに、黙って弥生さんを見ていたつもりだった。
「花乃ちゃん?」
しばらくして、弥生さんがわたしの方を向いた。
「何で花乃ちゃんまで泣いてるの?」
気がついたら、わたしも泣いていた。
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