第27話 言わなければいいだけ
初めて言い争うようなケンカをした。
原因はやっぱり筒井先生。
お昼休憩に、千世に付き合って職員室へ行った。
進路指導の先生に千世が受験を考えてる大学の赤本を見せてもらっている間、桔平ちゃんを探した。
進路指導の先生の机は、簡易だけどパーテーションで囲われていて、よっぽど注意して見ないと、どちら側からもよく見えない。
桔平ちゃんいない……
そう思っていたところに、桔平ちゃんが外から戻ってきた。
筒井先生と一緒に。
わたしのすぐ後ろを通って。
桔平ちゃんと筒井先生は、空いている席に2人並んで座って、買ってきたっぽいお昼を食べ始めた。
お昼ぐらい食べる。
誰とでも。
嫌いな人じゃなかったら。
誘われたら。
筒井先生が割り箸を割って、桔平ちゃんに渡した。
桔平ちゃんはそれを恥ずかしそうに受け取っていた。
わたしはそんなことしたことがなかった。
2人でコンビニのお弁当を食べた時、割り箸はただ渡しただけだった。
そのうち、マグカップを持った藤原先生が2人に声をかけた。
「また2人でお昼ですか? いつも仲良いですねぇ」
胸がずくんと痛くなった。
「花乃?」
千世の声にハッとした。
「ありがと、花乃。もう終わったから戻ろう」
「うん」
いつも一緒……
わたしが最後に桔平ちゃんと一緒にご飯食べたのいつだった?
振り返らずに職員室を出た。
放課後、いつものように空き教室で自習をしていると、大志がやってきて、隣の席に座った。
「茅野、いつもひとりで残ってんの?」
「まぁ」
「……なぁ、あいつ、進路指導に何の用だった?」
「千世? 自分で聞けばいいのに」
「もう聞いたよ。そしたら『ちょっとね』って言われた」
「桜花女子大の過去の赤本見せてもらってた」
「女子大……無理じゃん」
「『女子大は行くな』って言えば?」
「あいつが望んでることやめろって言うのは、違うだろ?」
「そうだね」
「女子大はやめるように念送っとくしかないか……」
「念は送るんだ」
「サンキュ。オレ帰るわ」
「うん、ばいばい」
大志が帰って少しして、桔平ちゃんがやってきた。
そして、さっきまで大志が座っていた席の、机に浅く座った。
「穂村と仲良く話してたね」
「先生も筒井先生と仲良しですよね」
数学の問題を解く手をとめずに返事を返した。
「穂村とはよく一緒にいるよね? 一緒に帰るの何回も見た」
千世も一緒だよ。
桔平ちゃんみたいに2人きりじゃないよ。
「先生が筒井先生と一緒にいるのも、一緒に帰るのも見たことありますよ」
「僕が言ってることと、茅野さんの言ってることは違うと思うけど?」
「そうですね。違いますね」
だって、大志は千世のことが好きだから。そのことを随分前に本人から教えてもらった。それ以来、千世のことを相談されている。
「穂村のことは名前で呼んでいる」
「それは、中学からの付き合いで、その頃クラスのみんなが下の名前で呼び合っていたから……」
「筒井先生は、同じ大学の同じ教育学部の先輩だって、前にも言ったよね? だから他の先生たちより話しやすいだけ。こんなことでケンカなんて馬鹿げてる」
「わたしは……同じところにいないから……」
「それは僕も同じ」
同じじゃないよ。
「帰る! さようなら、先生」
机の上の物を適当にリュックに突っ込んで教室を出た。
急いで階段を下りている途中、階段の踊り場にある全身鏡に自分の姿が映っているのを見て足を止めた。
ネイビーのミニスカートに同じ色のブレザー。ブラウスにはストライプのリボン。
高校生にしか見えない。
高校生だから。
ご飯を食べに行こうって誘うこともできないし、お酒ももちろん飲むことができない。並んで歩くことだってできなくなった。
「もっと一緒にいたい」って言えなくなった。
同じじゃないよ、桔平ちゃん。
大志とは、冗談でも腕を組んだりしない。
あの夜見た光景を、ふとした瞬間に思い出してしまう。
桔平ちゃんの腕に、自分の腕をしっかり絡ませていた筒井先生の姿。
顔を見合わせて何かを話していた2人。
みんなで飲んでいたのは本当だってわかっても、あの夜、腕を組んで歩いていた姿はわたしの中から消えない。
ほんの少しだけ一緒にいられる時間だったのに、ケンカなんかするんじゃなかった……
手の甲で涙を拭ったけれど、涙はどんどんん出てくるばかりで、収集がつかなくなってきた。
「ちょっと、おいで」
鏡の中で、わたしの後ろに桔平ちゃんが映っていた。
桔平ちゃんはわたしの手をつかむと。階段を下りきって、すぐ目の前にあるカウンセリングルームにわたしを引っ張っていった。
長テーブルと椅子だけが置かれた、窓もない小さな部屋。
その長テーブルの上に座った。
正面に立った桔平ちゃんは、わたしの肩に頭をもたげて言った。
「ごめん。僕は、花乃と2人で出かけることも、一緒に過ごすこともできないのに、それができる穂村が羨ましくて、ヤキモチ妬いた。こんなことでケンカなんかやめよう」
「……わたしも、ごめんなさい」
「仲直りでいいよね?」
ほんの少しだけ、桔平ちゃんの胸に顔を埋めた。
気にしなくていい。
きっと、なんでもない。
だから、あの夜腕を組んで歩いていた2人の姿も、職員室で仲良さそうにお昼を食べてた姿も、胸のずっとずっと奥の方にしまい込んだ。
ケンカなんかしたくない。
この頃から、いろんな言葉をのみこむようになっていった。
ちゃんと話さないといけないことまでも。
言葉に出さなければケンカなんかしなくてすむから。
筒井先生は、ああいう人なだけなんだ、って思おうとした。
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