第22話 その時のこと

桔平ちゃんと筒井先生の姿を見かけてから、学校の中で桔平ちゃんを避けていた。


だってどんな顔をしたらいいのかわからない。


理系クラスだから社会の授業はないし、副担が教室に来ることはなかったから、会わないでいることは簡単だった。


だから廊下で偶然すれ違った時も、そのまま行ってしまうつもりでいた。

なのに、桔平ちゃんが持っていたプリントの束を落っことしたから、無視できなくて一緒に拾った。


「茅野さん、何かありましたか?」

「どうしてですか?」

「ずっと、避けられている気がします」

「先生の授業を選択しているわけじゃないから、ただ会う機会がないだけです」


桔平ちゃんがプリントを拾う手を止めて言った。


「でも、僕の歓迎会があった辺りからのような気がするけど?」


拾ったプリントを渡そうとしたら、桔平ちゃんがわたしを見ていた。

それで、下を向いてしまった。


「言ってくれないとわからない」


プリントを持つ手を上から握られた。


「見られるよ」

「うん、そうだね」

「だったら離して」

「理由を言ってくれたら離す」

「何もない」

「そっか」


桔平ちゃんは手を離そうとしない。


「見られたら困るよ?」

「困るね」


遠くから聞こえていた生徒の声がだんだん近づいて来た。


「あの日……夜中に先生が筒井先生と2人で、先生のアパートに入るのを見た」


それでようやく、桔平ちゃんは手を離すと、わたしの持っていたプリントを取った。


「夜中に外出するなんて危ないからもうしないように」

「……ごめんなさい」

「今から職員室に来て、鴻上先生に数学の質問をして」

「どうして?」

「言うこと聞いて」




教室に数学の問題集を取りに行ってから、職員室に行った。

言われた通り、鴻上先生に数学の質問をしていると、桔平ちゃんが鴻上先生の隣の席の、増井先生に話しかけた。


「歓迎会の日、朝帰りして奥さんに怒られませんでした?」

「大丈夫だったよ。それより、4人でいきなり向坂先生の家におしかけたりして、迷惑だったでしょ?」

「いえ。ひとり暮らしですから」

「朝まで飲むなんて、久しぶりだったよ」

「僕もです」

「途中、筒井先生と買い出しまで頼んで申し訳なかったね」

「筒井先生と僕がジャンケンで負けたから、2人で行っただけですよ」

「それにしても、藤原先生があんなに酒に強いとは思わなかった! 朝まで飲み続けるなんて驚いたよ」

「そうですね」


この話を聞かせようと思ったの?


「おい、茅野聞いてるか?」

「はい、聞いてました。おかげでよくわかりました」


桔平ちゃんに聞こえるように言った。


「このレベルの難問、茅野が受ける大学の試験には出ないだろ?」

「趣味です」

「趣味?」

「問題解くのが楽しいから、趣味です」

「まぁ……いいけど……」


鴻上先生にお礼を言って、職員室を出る時、振り向くと、桔平ちゃんはまだ増井先生と話をしていた。



教室に戻ってから、桔平ちゃんにメッセージを送った。


『避けたりしてごめんね』

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