第20話 困る

「課題集めて来ました」

「ありがとう」


職員室に入ると桔平ちゃんの姿を探してしまう。

このくらいはいいよね?


「ねぇ茅野さん、希望校やっぱり変わらないの?」


担任の山川先生が手に持っていたのは、わたしの全国模試の結果だった。


「はい」

「茅野さんならもっと上狙えると思うんだけど」

「わたし、家から通えるところがいいんです」

「そうなの? もったいないなぁ」

「教室に戻りますね」





お姉ちゃんが高校生の頃だった。


夜中にトイレに起きたわたしは、寝ぼけてお姉ちゃんの部屋に入った。

そして、ベッドのそばに立っている人影を見て声をかけた。


「お姉ちゃん?」


その黒い影は、わたしの声で、すごいいきおいで窓から逃げて行った。

急速に事態を理解した。


ベッドにに駆け寄ると、身動きもせず、涙をながしながらふるえているお姉ちゃんがいた。


「お父さんとお母さんに……」


部屋を出て行こうとしたわたしをお姉ちゃんが止めた。


「言わないで」

「でも……」



決して何かあったわけじゃない。

わたしが見た時、お姉ちゃんはパジャマを着ていたし、しっかりと布団を掴んでいた。

でも、両親に言ったらきっと警察に言う。

そうしたら、近所の人にも知れ渡って、何かがあったことにされてしまうかもしれない。


「誰にも言わない」


約束した。


それから、お姉ちゃんはわたしと一緒に寝るようになった。そしてそれは、お姉ちゃんが徹人さんと付き合うようになるまで続いた。



徹人さんは、がたいがよくて、正直イケメンじゃない。

お姉ちゃんは美人でモテてたから、なんであんな人と付き合うのか不思議だった。

でも、何度か会ううちに理由がわかった。

徹人さんは、いつもお姉ちゃんを守っていた。それも無自覚に。

大きな声で笑う、誠実を絵に描いたような徹人さんは、お姉ちゃんを明るい場所に引き留めてくれた。



お姉ちゃんはもう大丈夫だと言ったけど、わたしは、夜、お姉ちゃんを1人にすることができない。


だから、どうしても家から通える大学に進みたかった。






職員室を出たところで、桔平ちゃんが重そうな箱と大きな筒状のものを抱えて、廊下を歩いているのを見つけた。


「先生、手伝いましょうか?」


わたしに気がついた桔平ちゃんが笑ってくれた。


「うん。お願いしようかな」


世界地図っぽい大きな筒状の物を先生から受け取って、一緒に資料室まで行った。

部屋に入って、ちょっとヤケクソ気味に、気になっていたことを言ってみた。


「筒井先生と仲良いよね」

「筒井先生? あの人、大学の2つ上の先輩で、昔からの知り合いなんだ。だから仲良く見えるだけだよ」

「ふーん。そうなんだ。先輩ねー。筒井先生って、きれいだから生徒にも先生にも人気があるんだよ」

「もしかしてヤキモチ?」

「そうだったら……困る?」

「困る」


そっか……


「ちょっと、こっち来て」

「何?」

「もうちょっと近くまで。そこだと窓から見えるから」

「何が?」


近づくと、桔平ちゃんがわたしのおでこに自分のおでこをくっつけて言った。


「花乃、かわいすぎて困る。ちゃんと覚えておいて。僕がどれだけ花乃のこと好きか」

「な、名前で呼んだりしていいの?」

「そうだった。自分でダメって言っておきながら呼んでしまった。でも、今は誰もいないから、良しと言うことで」

「桔平ちゃん……」


ドアがいきなりガラっと開いたので、隠れる必要もないのに、つい机の後ろに隠れてしまった。


「向坂先生、ちょっと職員室のパソコン移動させるの手伝ってもらえませんか?」

「はい、すぐ行きます」


桔平ちゃんは、隠れていたわたしに、にっこりと笑いかけると、資料室を出て行った。

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