第18話 夢をあきらめないで

鍵……使っていいんだよね?




職員室で山川先生に怒られた後、教室に戻ったけれど、一日中、授業は頭に入らなくて、ぼんやりしていた。




今日のこと……話さないと。


でも、話すって、何を?



桔平ちゃんにもらった鍵を使って、アパートの部屋に入った。


学校が終わってすぐに来たからまだ6時前だったけれど、桔平ちゃんは何時に帰って来るんだろう?


わたしの知ってる桔平ちゃんは、いつも8時を過ぎないと家には帰って来れなかったけれど……



桔平ちゃん、どうして?


どうして学校の先生に?


どうして、わたしの通ってる学校の先生に?


胸の奥がざわざわとする。





「……花乃……花乃……」


名前を呼ばれて体を起こすと、寝ていたのは桔平ちゃんのベッドで、すぐ隣に桔平ちゃんが座っていた。


「ごめん……寝てた」


桔平ちゃんがわたしの頬に優しくふれた。


「あれ? わたし、いつの間にベッド?」

「帰ったら、花乃が床に転がってたから、ベッドに寝かせた。流石にもう起こした方がいいかと思って。話したいこともあるし」


昨日、あんまり寝てなかったから、待ってる間に寝ちゃってたんだ。


「本当に高校生なんだ」


制服姿のわたしを見て、どこか寂しそうな声で言われた。


「ドア開けたら、学校で見た制服を着た花乃がいて、ようやく実感した。今日、初日の緊張に加えて、一日中パニックだったよ。どうして高校生だって言ってくれなかった?」

「だって、聞かれなかった……」


桔平ちゃんは困ったように頭を押さえた。


「連絡先交換した日、中共大学で会ったよね?」

「あの日は、お姉ちゃんの忘れ物を届けに行ってたから」

「友達にも話しかけられてた」

「あれは、お姉ちゃんの友達で、わたしも何回か会って話したことがある人だったから」

「服装も大学生っぽいっていうか……」

「桔平ちゃんに会う時は、お姉ちゃんの服を借りてたから」

「そっか……僕が……勝手に勘違いしてたのか……」

「勘違いって?」

「花乃のこと、ずっと大学生だと思ってた。前に『何年?』って聞いた時、『3年』って言ってたから、てっきり大学3年生なんだと」

「高校3年生って意味だったよ?」

「いろいろ……反省してる……花乃、受験生なのに大事な夏休みに連れ回してしまったことも」

「そこは大丈夫。わたし成績いいから」

「それでも、このままっていう訳にはいかなくなった」

「どうして?」

「花乃は、僕が勤める高校の生徒になってしまったから」

「なんで桔平ちゃん、いきなり学校の先生になったの?」

「夢だったんだ」



夢……

夢をあきらめちゃだめって、言ったのはわたし。



「ずっと教師になりたかった。でも教員採用試験に落ちて、奨学金の返済のこともあったから、もうどこでもいいやって、いい加減な気持ちで就職してしまった。毎日こんなはずじゃなかったって後悔して、酒に逃げてた。でも、花乃が言ってくれたから」



『わたし、信じてるよ! 向坂さんなら絶対叶えられる! あきらめたらダメ!』



わたしが背中を押した。



「何もかもあきらめて、逃げていた僕に、勇気をくれたのが花乃だった。いつも元気な笑顔を向けてくれて。だから、もう一度教師になる夢に向き合おうと思って、中途採用の試験をいろいろ受けてた」

「そっか。じゃあ、夢が叶ったんだね。良かったね。良かった……」



毎日、辛そうにため息をついていた桔平ちゃんを、わたしは知っている。

だから、桔平ちゃんのやりたかったことが現実になって、喜んでるよ。


でも、どうして、同じくらい悲しいんだろう……


そんなふうに考えてしまう自分がいる。

こんなわたしは、きっと桔平ちゃんの好きなわたしじゃない……



「花乃……」

「わかってる……もう、ダメなんだよね……」

「違う! そうじゃない」

「どういうこと?」

「今日、学校で会った時は正直焦った。でも、その後ずっと考えてた。どうしたらいいのか」


終わりじゃないの?


「卒業までの7ヶ月、隠し通そう。これが正しいのかはわからない。でも、簡単に別れを言えるような気持ちじゃないから。花乃のことを好きだという気持ちは変わらない」

「いいの?」

「花乃がいいって言ってくれるなら」

「卒業するまで隠せばいいんだよね?」

「うん」

「大丈夫、できるよ」

「だから……もう、ここにも来ちゃダメだ」




どこでわたしたち、間違えちゃった?




「桔平ちゃん……」

「それも。『先生』って呼んで」

「明日になったら、ちゃんとする。だから……」


桔平ちゃんが、頭をなでてくれて、微笑んでくれた。



だからきっと大丈夫。


信じてる。




このキスは最後じゃない。




あの時、「最後」なんて言葉を思い浮かべてしまったのがいけなかったの?

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