第12話 夏祭り

お姉ちゃんが、まるで自分がデートするみたいに喜んで、服をコーディネートして、髪の毛はポニテをアレンジしてくれた。


でも、神社に向かう道を歩く女の人はほとんどが浴衣姿で、ちょっとしょんぼりしてしまった。


向坂さんも浴衣の方が良かった、って思ってたりするのかな……


浴衣は住んでいた家の方にあって、お母さんがどこにしまっているのかわからなかったから、着ることができなかった。

せめて、1週間以上前に予定が決まってたら、探せたかもしれないのにな。



すれ違う浴衣のカップルを向坂さんが目で追っているのに気が付いた。


「やっぱり浴衣の方が良かったですか? 今お母さんがいなくて、浴衣も帯も、どこにしまってあるかわからなかったから、着れなかったんです」

「どうしてそう思うの?」

「さっき、すれ違った浴衣の女の人見てたから」

「違うよ。見てたのは男の方」

「男の人ですか? あ、えっと、どっちが好きでも自由だとは思ってます」

「違う違う。えっと、僕はおしゃれとか疎い方で、あーいう格好の方が、女の子はいいのかなぁ、って見てただけ」

「向坂さんは今のままでいいです!」

「ありがとう」


向坂さんを見ると、照れてたような顔をしていた。


「人が多くなってきましたね」


そう言った先から人波に押され、向坂さんと離れてしまって、慌てて追いかけた。


「はぐれないように」


向坂さんはそれだけ言うと前を向いてしまったけれど、手を、そっとつないでくれた。

少しだけ前を歩く、向坂さんの耳が赤くなっていて、それを見て急に意識してしまった。


ずっと手をつないで歩いて、何も話なんかしなかったけれど、お賽銭を入れるために手を離した時、言ってくれた。


「来年も来ようよ。今から約束しておいたら、浴衣を探す時間あるでしょ?」


その言葉が嬉しくて、嬉しすぎて返事ができなくて、うつむいてしまった。




ちゃんと返事をしていたら、何かが変わってた?


あの頃のわたしは、不確かな未来の約束も、当たり前のように信じて、疑うこともしなかった。

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