第9話 元気をあげる

お店を出てから、駅に向かって歩いていた。


本当にご飯食べたら終わりなんだ……



「向坂さんって、何のお仕事してるんですか?」

「オフィス機器の営業」

「楽しくないんですか?」

「……どうして?」

「吉で飲んでる時、辛そうに見えたから」

「うん……」


これ、聞いたらダメなやつだった……


「あそこ、座っていい?」


すぐ近くの公園のベンチを指さされた。


夏の日差しのせいか、公園で遊ぶ子供もいなくて、幾つかあるベンチには誰も座っていなかった。

その中で、日陰になっているベンチを選んで座った。


暑いかと思ったら、意外に冷たい風がずっと吹いていて気持ちがいい。


「やりたい仕事に就けなくて、だったらどこでも同じかと思って給料で選んだら、その分ハードで参ってる。体力的には全然問題ないんだけど、気持ちが空回りして……何でこんなことやってるのかなぁって、思ってしまって……」


わたしがじっと見ていることに向坂さんが気がついた…


「ごめん! いきなりこんなつまんない話して。つい、聞いてもらいたくなってしまって」



無意識に、向坂さんの頭を撫でていた。



「お仕事のことはよくわからないけど、向坂さんが頑張ってるのはわかります。無理しないでください。わたしは話してもらえて嬉しいです」

「……ありがとう」



子供の声が騒がしくなってきた。

家族連れが何組かやって来て遊び始めたようだった。



「そろそろ帰ろうか」


そう言われて、駅に向かって歩き始めた。


昨日見たテレビとか、好きなお笑い芸人とか、取りとめもない話をしながら。




駅に着いて、いよいよお別れという時になって、このまま終わらせたくないという気持ちが、前より強くなっているのがわかった。


「今度、ラーンメン食べに行きましょう!」

「ラーメン?」

「美味しいところ知ってるんです」

「女の子にラーメン食べに誘われたのは初めてかも」


失敗……

パスタとかそういうのにすれば良かった。


「いつ?」

「えっ? あ、向坂さんの都合のいい時に。わたしはいつでも暇だから」

「じゃあ、水曜日の夜でもいい? その日なら仕事が早く終わるから」

「はい! 水曜日!」

「花乃ちゃんって、いつも元気だよね。こっちまで元気になる」

「いつでも、元気あげますよ! 有り余ってるから」


向坂さんのわたしに向けてくれた笑顔が嬉しい。

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