第4話 もう会えない?

「花乃、何ソワソワしてんだ?」


カウンターの向こうで小皿に料理を盛り付けながら、吉にぃが不思議そうに聞いてきた。


「え? そう? 別に」


そう言ったものの、お店のドアが開くたびに、どきんとした。


明日でお姉ちゃんの試験が終わる。

そうしたら、お姉ちゃんがバイトに戻ってくるから、わたしがお店に出ることはなくなってしまう。

今日で最後なのに……


向坂さんはあの雨の日からお店に来ていなかった。

今日来なかったら、もう会えない。


この間の雨の日の一件で、アパートも部屋もわかっているのだから、会おうと思えば会いに行くことはできる。

でも、いきなりアパートに行くとか、そんなことしたらきっとドン引きされてしまう。



時計の針が無常にも9時をさして、タイムリミットが訪れた。


「花乃、お疲れ。後は大丈夫だから。花乃も勉強あるのに悪かったな」

「ううん。わたしなら大丈夫。吉にぃだってわたしの成績知ってるでしょ?」

「まぁな。誰に似たんだか。姉貴じゃないことは確かだから、きっと光一さんに似たんだろうな」

「それ、お母さんに言うよ?」

「それは勘弁」


エプロンを外していると、吉にぃがタッパーを2つくれた。


「晩飯、遅くてごめんな」

「なんで謝るの? プロの作った美味しいご飯食べられて、お姉ちゃんもわたしも作らなくていいから、ラッキーだよ!」

「そう言ってもらえると嬉しいよ」




一旦お店を出てから、お店の敷地内にある細い脇道を通って裏に抜けた。

吉にぃの家は、お店の裏にあった。

ちょっと古い家だけど、やたら大きくて、2階の空いていた部屋をお姉ちゃんとわたしが借りている。



「ただいまー」


静まり返った家に足を踏み入れ、キッチンに向かった。

吉にぃのくれたタッパーから料理をお皿に移したところで、お姉ちゃんが2階から下りてきてキッチンに顔を覗かせた。


「花乃、ありがとう。明日からはわたしが出るから」

「勉強もういいの?」

「テスト勉強はもうおしまい。明日提出のレポートも終わった。それ、今日のご飯?」

「うん。今日も美味しそうだよ」

「ご飯、お母さんのより美味しいよね? ここに来てから太った気がする」

「だね」




向坂さんはご飯、ちゃんと食べてるのかなぁ……

ぼんやりとそんなことを考えながら、お姉ちゃんと遅い夜ご飯を食べた。

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