第3話 キャラメル

「僕に?」

「はい」

「でも、僕はもうずぶ濡れだから今更傘なんて……それに、そうしたら君はどうやって帰るの?」


あ……


急いでいて、傘を持って出なかった……


「どうしよう?」

「ふっ」


その人が、今度は声をあげて笑った。


「僕のアパートすぐそこだから、気にしないで」


指さされた先に、2階建てのアパートがあった。

本当にお店の近くだった。


「ダメです! そこまで送ります!」

「……じゃあ、相合傘、ちょっとだけ我慢して」


我慢だなんて、絶対にそんなふうには思わない。



歩く時に、男の人のもう濡れてしまっている肩が時折ふれた。

まるでそこだけ、熱があるみたいに熱く感じる。


無言で歩いてるだけなのに、ずっとどきどきしていた。



あっという間にアパートの階段の所に着いてしまって、それがとっても残念に思えてしまった。


「ありがとう」

「いいえ、じゃあ、わたしは失礼します」

「向坂桔平です」

「え?」

「人に名前を聞く時は、まず自分が名乗れって教わったから」

「茅野花乃です。あの、あんまり飲みすぎないでください。心配です」

「また、お店に行きます。じゃあ」


向坂さんが背を向けた。

待って、まだダメ。


「待って!」


向坂さんが振り向いた。


「これ」


エプロンに入っていたキャラメルを差し出した。

ちょっと間があってから、向坂さんはそれを受け取ってくれた。


「ありがとう」


それから、今度こそ向坂さんが階段を上って、一番奥の部屋のドアを開けて中に入るまで、そこに突っ立っていた。

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