第2話 雨の音

ピッタリ3日後、また男の人はやって来て、隅っこの席でひとり飲んでいた。


「飲みたくて飲んでるようには見えないんだけどなぁ。吉にぃもそう思わない?」

「働き始めたら、いろいろあるんだよ」

「吉にぃは、仕事しててそんなことある? 飲みたくないのに飲むようなこと」

「そりゃあ、嫌なことはいっぱいあるけどな。まぁ、でも俺の場合、好きで選んだ仕事だから、しゃーねーって、思うよ」

「じゃあ、あの人は好きな仕事をしてないのかな?」

「さぁ、どうかな。どう考えるかは人それぞれだよ」

「ふうん」

「ほら、カウンター客帰るってよ。働け」

「はーい」


カウンターのお客さんのお会計を済ませて、片付けをしながら気になって、男の人を見ていると、何だかいつも以上に元気がない。

テーブルに肘をついて、何にもない壁をずっと見ている。




ガラガラっとドアが開くと、年配の男性客が2人入って来た。


「いらっしゃいませ!」

「いやぁ、外すごい降ってるよ」


そう言って入り口付近をキョロキョロと見渡す。


「傘、このビニールに入れてお席にかけてもらっていいですか?」

「傘立てないんだ?」

「傘立て置いたら、酔って傘間違える人とか、忘れる人が多いんです。席にかけてもらえたら、帰る時忘れられてても気がつくから」

「なるほどねぇ」


年配の男性を席に案内して、注文を聞いた。それを吉にぃに伝えて、あの男の人がいた席を見ると、そこにはもういなかった。

店の中を見渡すと、レジのところに立っていた。


「ごめんなさい、お待たせしました。呼んでもらえたらよかったのに」

「忙しそうだったから」


会計を済ますと、男の人は店の外に出て行った。

伝票をレジカウンターの下にある箱に入れている時に思い出した。


さっき来た年配のお客さんが、確か「外すごい降ってる」って言ってた……


「吉にぃ、ごめん、ちょと出てくる!」



なぜだかわからないけど、その時、追いかけなきゃ、って思った。


だって、あの人きっと、濡れたまま歩いてる。




お店を出るとすぐに、男の人は見つかった。

思った通り、雨に濡れるのも気にせず、土砂降りの中を急ぐわけでもなく普通に歩いている。


「お客さん!」


呼び止めると、その人がゆっくりと振り向いた。


「傘、持ってないですよね? 風邪ひきますよ! 傘を持って来ました!」



雨の音だけ。


月も星もない。


街灯の光しかない世界。



その人がわたしに向かって微笑んだ。



ただそれだけのこと。

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