裏庭のステゴドン
半ノ木ゆか
*裏庭のステゴドン*
「お兄ちゃん、来てよ。裏庭にゾウがいる」
東京に珍しく大雪が降っていたあの日。雪だるまにバケツをかぶせようとしたら、弟に袖を引かれた。
「嘘つけ」
降りしきる雪の中に、確かに、褐色の影が立っている。背丈は俺の倍くらいあった。長い牙をもった一頭のゾウが、まつ毛を生やした黄色い目で俺たちを見下ろしていたのだ。
本当にゾウがそこにいるわけではないと、すぐに分った。輪郭が途切れ途切れだし、手を伸ばしても空を切るばかり。鳴き声も鼻息も聴こえなかった。光が作り出す、蜃気楼のようなものなのだ。
ゾウは、挨拶するように鼻を高々と上げると、俺たちの目の前を横切って、家の壁の中に消えてしまった。
あの日、俺たちが見たものは何だったのか。弟と話し合って、一つの結論に辿り着いた。
遠足で行った資料館に、地元で掘り出されたゾウの化石が展示されていた。大昔に滅んだ、ステゴドン属の一種だ。その牙は、大きさといい形といい、裏庭のゾウのものにそっくりだった。
神様のいたずらか、地球の走馬灯か。仕組はさっぱり分らないが、今、裏庭がある場所の大昔の様子が、現代に度々よみがえるのだ。
それからというもの、俺と弟は毎冬、裏庭を覗きに行くようになった。太古の風景は、決まって雪の日に現れる。
ここは当時、川の近くだったらしい。シカやオオカミなど、水を飲みに来たいろいろな動物を見られた。二メートルもある大きなワニが、ひなたぼっこをしていることもあった。小さな裏庭はいつの間にか、俺たちの思い出の場所になっていた。
去年の秋。大人になった俺と弟は、のこぎりとスコップを持って裏庭に立っていた。今までは枝葉が邪魔をして、動物の全体像が見えないことがあった。視界を広くして、もっとのびのびと眺めてみたい。
庭木を次々と切り倒す。可哀想だが、ゾウを見るためだ。
二人で根を掘り起こしていると、スコップの先が、何やら硬い物にぶつかった。
出てきたのは、不思議な形をした金属の塊だった。泥まみれな上に、表面はひどく錆び付いている。よく調べもせず、俺は言った。
「がらくただ。さっさと捨てよう」
俺たちはその塊をばらばらに壊して、適当に仕分けてゴミの日に出した。
二月。今日は東京で大雪の予報だ。観察にはうってつけの天気である。俺たちは会社も大学も休んで、動物たちが現れるのを今か今かと待ちわびた。
だが、こんなに降って降りやまないのに、ステゴドンはおろか小鳥一羽出てこない。不思議に思っていると、弟が「もしかして」と言った。
「地面に、変な鉄屑が埋まってただろ。あれは、一種の投影機だったんだ。あの機械が映像を受信して、雪のスクリーンに風景を映し出してたんだ」
俺たちは悔んだが、気付くのが遅すぎた。無駄に広くなった裏庭に、雪がむなしく降り積る。
裏庭のステゴドン 半ノ木ゆか @cat_hannoki
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