四通目返信 裏社会からの手紙

 Dear ええっと、誰だろう? もしかして、九里凛さんかな?

 

 多分、例の、愛宕専務が二重帳簿して管理していた自任党幹部への裏金の件だよね?

 アレなら大丈夫でしょ、誰が盗ったかなんて分からないって。

 それに、どうせ表に出来ない金なんだから勝手に使っても良いんだって。

 あの金ももう全部パーッと使っちゃって無いし、証拠もないから心配いらないよ。


 え?

 どこにだって?


 子猫ちゃんって呼んでた霧ちゃんじゃないよ。

 元同僚だった子が西麻布にお店やりたいっていうからパトロンになってあげたんだ。

 ムフフ、僕もこれで高級キャバクラオーナーだよ。


 これで僕はFIRE確定だし、社畜生活(笑)ともおさらばだよ。

 真面目なだけで頭の古臭い青木部長にも、うんざりだったんだ。

 何が「地道にコツコツやることが大事」だよ。

 コスパもタイパも悪いんだから、チャンスがあったらそこに乗っかるもんでしょ?


 そうさ、僕の人生はこれからが薔薇色さ!


 大親友・関川フタヒロより


 P.S. 娘のチヒロも可愛いし、芸能界に入れてアイドルにして僕もセレブの仲間入りできちゃうかも?


🍷🍷🍷


 大都会の喧騒を切り裂くように救急車のサイレンが鳴り響く。

 野次馬たちは足を止め、フロントの大きく変形したトラックを眺める。

 黒ずくめの男は野次馬たちとは逆方向へと足を向け、路地裏へと入り込むとシガレットに火を点ける。


「……ふぅ、馬鹿なヤツだ。九里様の忠告を聞かないとは、ムッ!」


 男が懐に手を伸ばし、黒光りするグリップを握りしめる。

 が、相手が目に入ったところで動きが止まり、強張った筋肉が弛緩していった。


「……あんたか」


 黒いローブを纏った配達員が、路地裏のさらに深い闇の中から姿を現した。

 地に足がついておらず、空を滑るように男の目の前に止まった。

 男が手紙の封を開けて中身を確認していたはずが、いつの間にか配達員の手に渡っていた。


「な!? あんたは一体……いや、オレもプロだ。あんたの素性は詮索しない」


 配達員は男を一瞥することもなく、虚空へと舞い上がり消えていった。


 男はゴクリと唾を飲み込み、咥えていたシガレットに手を伸ばす。

 短くなっていたシガレットを小刻みに震える手で掴み、背に冷たいものが流れているのを感じていた。


「ふ、ふふ。カルテル一の殺し屋であるはずのこのオレがこんなザマとは、な。『あの御方』を敵に回すなと九里様が仰った意味も良くわかった。……だが、何者であろうと九里様の不利益になる輩は排除する」


 男はシガレットの火を靴底で踏消し、大都会の闇へと消えていった。


 後には、漆黒のアスファルトに赤黒い薔薇だけが咲き乱れていた。

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