第152話


「帰りも結構、大荷物だなぁ」


 翌日、トウリ遊撃中隊は再び多くの積み荷を抱えエンゲイを出発しました。


 目標は鉱山戦線、自分達が元居た陣地です。


「ぷくぷくぷくぷく」

「絶対に盗むなよお前。在庫数は確認してるからな、盗んだら処刑するからな」

「ぷえぇー」


 輸送内容は、行きは軍事物資がメインでしたが、帰りはフラメール産ワインなど嗜好品が多く含まれていました。


 恐らくオースティン軍が、エンゲイ市民から略奪したものでしょう。


 略奪品を運ぶなど気分の良い任務ではありませんが……。


 嗜好品の士気高揚効果は、馬鹿に出来ません。


 これを輸送する事も国益なのだと、何とか自分を納得させました。


「トウリ中隊長、定時連絡です。任務の進捗はどう報告しましょうか」

「順調である、と返信してください」

「了解しました」


 帰り道もやることは変わりません。


 敵が潜伏している可能性のある場所を偵察し、安全を確認し進んでいく。


 輸送任務とは、偵察と確認の繰り返しです。


「トウリ少尉、雨が降ってきました」

「では道の状態を確認してください」


 輸送任務のスケジュールは、ちょっとしたことで乱れます。


 例えば雨で土がぬかるむだけで、進軍速度は半分以下になります。


 そういった際には逐一、通信拠点を介して本部に連絡する必要があります。


「通り雨の様です、おそらく1時間以内に止むでしょう。進軍に影響は予想されません」

「報告了解しました。念のため、歩兵は先行して土の状態を確認してください」

「了解です」


 自分は小まめに本部と連絡を取り、問題なく任務を遂行する事が出来ていました。


 初任務にしては順調で、出来すぎていて怖いです。


 何かしら、ミスや問題は発生するものと思っていたので。


「准尉が用意した資料が完璧だったな。マジで穴が無い」

「そうですね。誰が指揮しても任務をこなせるよう、網羅されています」

「本来、作戦資料ってのはそうあるべきだからな。問題が起きない限り誰でも任務をこなせて、不測の事態が起きた時だけ指揮官が必要になるのが理想だそうだ」

「成程」


 不測の事態が起きない限り、マニュアル通りにやれば対応できる資料。


 言うのは簡単ですが、それを用意するのは並大抵の事ではありません。


 ジルヴェリ准尉殿が優秀な方で助かりました。


「さて、このまま何も起きなければいいがな」

「はい」


 トウリ遊撃中隊の任務は、すこぶる順調でした。


 この日、この瞬間までは。


「────そろそろ、到達目標地点だ。暗くなる前に、キャンプの準備をするぞ」

「はい」


 自分達が、のほほんと輸送任務をこなしているその裏で。


「無事に任務が終わりますように」


 フラメールが、エイリスが。


 シルフ・ノーヴァが牙を研いでいたことを、自分はまだ知る由もありませんでした。











 実は自分たちが輸送任務を受けたのと同じ時期に、戦争に大きな動きがありました。


 何とエイリス軍が、新たに2万人を動員してフラメールに援軍を差し向けていたのです。



 当時のエイリス国内は、大きく世論が割れていました。


 戦争賛成派と反対派が、議会で大論争を巻き起こしていたのです。


 元々、エイリスはフラメールからの移民で建国された国であり、親密な間柄でした。


 また、島国であるエイリスは資源に乏しく、大陸に植民地を欲していました。


 だから開戦当初、オースティンに攻め込んで植民地を確保することに議会は賛成していたのですが……。


 フラメールの旗色が悪くなると、一部の議員が反戦派に鞍替えしてしまったのです。



 昔からエイリス政府は、議会が大きな権力を持っていました。


 『貴族による上院』と『庶民による下院』に分かれ、貴族と庶民が協力して国家を運営していました。


 エイリス国王もいましたが、基本的に議会の決定を承認していくだけの役割です。


 エイリスという国の政治は、議会によって運営されていたのです。



 反戦派の勢力が増してから、エイリスは軍隊派遣の計画を縮小していきました。


 フラメールから一部のエイリス軍が撤退し始めたのも、議会の命令によるものです。


 勝てないと踏んでフラメールから手を引き、オースティンに融和政策を仕掛ける方針が採択されたのです。


 しかしその採択に、親フラメール派の議員は激怒しました。


 彼らはフラメール出身だったり、フラメールの商店から援助を受けていた議員です。


 彼らは『フラメールが滅びれば国益が大きく損なわれる、断固として援軍を派遣すべきだ』と主張し続けました。


 参戦派は根強く議会で議論を重ね、エイリス政府の方針は揺らぎ続けていました。


 ────今さら融和は無理がある、最後まで戦い続けるべきだ。


 ────いやいや、まだ十分に講和出来る。これ以上戦えば取り返しがつかなくなる。


 両派閥の論戦は続き、なかなか議会の中で意見が統一できません。


 政府がこんな状態なので軍は機能不全に陥り、エイリス軍と他国の足並みが揃わず、鉱山戦線は硬直してしまったのでした。



 しかし新たに、エイリス議会を揺るがす戦報が入ってきました。


 シルフによる奇襲でオースティンが敗北し、戦況が大きく連合側に傾いたのです。


 まだ十分に勝機があると分かり、エイリス議会は一転して参戦に傾きました。


 エイリスとしてもフラメールに負けられるより、勝ってもらった方がやりやすいのです。


 フラメールへの援軍部隊は、とっくに編制し終えていました。


 反戦派により出征が止められていただけです。


 彼らを上手く動かせば、当初の予定通りにオースティンを植民地に出来るかもしれません。


 そしてオースティン人から近代戦術を学べば、エイリスは一気に大陸で列強国になれるでしょう。


 またフラメールにも、大きな恩を売れます。


 そう言った議論がなされ、ついにエイリスが新規に援軍2万人を動員する決定を下しました。



 エイリスからの援軍は、すぐにフラメール全土に宣伝されました。


 2万人のエイリス兵は、海を渡ってフラメール本土に上陸すると喝采を以て出迎えられました。


 彼らは、侵略者オースティンから国を守ってくれるヒーローとして熱烈に歓迎を受けます。


 エイリス軍が上陸した港には報道陣が押し寄せ、彼らの凛々しい姿がフラメールの新聞紙の一面を飾りました。


 援軍がやってきたのでもう大丈夫、とフラメール国民は熱狂しました。



 ……しかし新聞記事を見た連合軍司令部は、激怒したそうです。


 何故なら、


「何ぃ、エイリス軍が動いただと?」

「エイリス軍が上陸する写真が載っているぞ」

「すぐ真偽を確かめろ」


 その報道のせいで、オースティン参謀本部が援軍の存在を察知してしまったからでした。




 エイリス軍が上陸した地点は、オースティン南軍の輸送路であるエンゲイを狙える位置でした。


 エンゲイさえ奪還できれば、進行中のオースティン軍は兵站を絶たれ全滅を余儀なくされます。


 もしここを奇襲できれば、これ以上の一撃はありません。


 国外からこっそりと、魔法のように現れた軍隊による奇襲など予測不能です。


 この援軍2万人をオースティンに悟られず上陸させることが出来ていれば、起死回生の一撃となり得たのです。


 しかしあろうことか、フラメールは自国メディアにより秘策を自らバラしてしまったのでした。



 この2万人の援軍は、本来オースティンを殺す連合側の『秘密兵器』でした。


 エイリスがやっと重い腰を動かして実現した、切り札と言えました。


 その秘密兵器を自国のマスメディアが大々的に喧伝したものですから、軍部が頭を抱えるのも無理はないでしょう。


 しかし新聞社に悪気はなく、朗報を広めようとしただけです。


 フラメール政府がぼんやりしていて、情報規制を行わなかったのが一番の原因です。


 この愚かな報道により、オースティンは九死に一生を得る事が出来た────



 のであれば、良かったのですが。


 運命とは数奇なもので。


 この愚かな報道のせいで、オースティンは逆に大きな過ちを犯してしまうのでした。





「……了解しました」


 自分たち中隊がその『エイリス援軍来る』の情報を受け取ったのが、輸送任務の帰り道でした。


 ヴェルディさんから緊急通信が入り、『国家の非常事態だ』と知らされました。


 そして輸送任務は中止となり、自分達はエンゲイに戻って防衛部隊に加わるよう指示されました。


 エンゲイで、ヴェルディさんを総指揮官とした防衛網を構築するのだそうです。


「ヴェルディ様からの通信内容は、どうだった」

「……この戦争を左右する、大戦おおいくさが勃発するそうです。我々も、それに参戦する事になるでしょう」

「そうか」


 副隊長であるガヴェル曹長には、この情報をすぐ伝えました。


 エイリス軍2万人を、エンゲイで迎え撃つ必要がある。


 恐らくは塹壕戦、小隊同士で細かく連携をとっていただく必要があります。


 今のうちによく相談し、陣形を固めていかねばなりません。


「やっと来たか……。大きな出番が!」

「ガヴェル曹長」

「やってやる、次こそ俺はやってやる。爺ちゃんに、ヴェルディ少佐に、認めてもらうんだ!」


 ガヴェル曹長は鼻息荒く、空を見上げて叫びました。


 その目には、溢れんばかりの闘志が浮かんでいます。


「恐らく、エンゲイ付近で塹壕戦を行う事になるでしょう。ガヴェル曹長には、自分と共に防衛線の指揮を執ってもらう事になりそうです」

「おお、了解だ」

「そうやって我々がエンゲイを防衛している間に、ベルン少佐が首都を落としてくれれば勝利ですね」

「来たぜ、やっと大きな戦功を上げられる機会が。これで一人前になれる」


 自分はやる気満々なガヴェル曹長を見て、苦笑しました。


 そして、いきなり降って湧いてきた『実戦』に臨む覚悟を固めます。


「大丈夫、自分だって塹壕戦を何度も経験してきました。指揮は出来る、筈です」

「トウリ少尉?」

「自分は、ミスを犯しません。全員生存は無理でも、一人でも多くを生き残らせます」


 以前のように、想定不足で失敗するような無様は犯しません。


 指揮官は、部下全員の命を背負っているのです。


 今度こそ、中隊長としてあるべき指揮を執って見せます。


「力を貸してください、ガヴェル曹長」

「おお!」


 こうして突然に戦火に巻き込まれた訳ですが、自分達はあまり動揺していませんでした。


 むしろ待ってましたとばかり、やる気十分にエンゲイを目指して反転しました。


 



 ……。




 …………。




 その日の晩の事でした。


『本件、緊急ヲ要ス』


 ヴェルディさんから、短い緊急通信が入ったのは。


『オースティン南軍、フラメール首都ニ辿リ着ケズ市民兵ニ敗走。アンリ大佐ハ戦死、ベルン少佐ハ負傷シ重体トノ事』


 その内容は、信じ難い内容でした。


 通信内容を2度3度と見直してようやく、自分は事態を飲み込めました。


『繰リ返ス、オースティン南軍敗走────』



 あのベルン・ヴァロウが。


 オースティンの英雄で、今世紀最高の参謀と言われた男が。


 フラメール正規軍ですらない、ただの市民兵を相手に敗走したというのです。


「あ、あぁ」

「どうした、トウリ少尉?」


 あの男から勝利を取ったら、何が残るのか。


 ベルン・ヴァロウが負けるなど、フラメール内で何が起こっているのか。


 自分はその通信を見た直後、眩暈でその場に座り込んでしまいました。


「嘘です、こんな事が起こる筈が」

「お、おい?」


 天を仰いだ自分が見た、その星空で。


「まさか貴女ですか、シルフ・ノーヴァ────」


 肌の白い天才少女が、嘲笑している姿を幻視しました。

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