第151話
秋も終わり、肌寒くなってきた頃。
トウリ遊撃中隊は、訓練に明け暮れる日々を過ごしていました。
「……トウリ少尉、これを」
「ありがとうございます」
フラメールに侵攻しているオースティン南軍は、快進撃を続けているそうです。
ベルン・ヴァロウが指揮を執っているのですから、負けることなどほぼあり得ないでしょう。
この勢いで侵攻しますと、年内に首都を攻め落とす事も夢じゃないのだとか。
首都パリスが陥落すれば戦争は終了、今度こそ平和が訪れます。
せっかく訓練したのに、我々の出番がないなんてこともあり得るかもしれません。
すべてが順調に進んでいました。
「……ふむ、初任務ですか」
懸念があるとすれば1点。
鉱山内に籠って出てこない旧サバト政府軍─────シルフ・ノーヴァです。
鉱山戦線では相変わらず、両国のにらみ合いが続いていました。
この戦線の硬直は、サバト軍が存在してこそです。
もし『風銃』を持つサバト軍がいなくなれば、我々は容易に鉱山を奪取出来るでしょう。
だからシルフ・ノーヴァは、鉱山区域を離れるわけにはいきません。
────だからベルンは、軍を二手に分けたのでしょう。
鉱山にシルフを釘付けにしている間に、首都を占領してしまおうと考えたのです。
問題は、この鉱山戦線でシルフが何か仕掛けてくる可能性が高い事です。
シルフが、この戦況で黙って指をくわえ見ているとは思えません。
恐らく、何かしら逆転の手を打ってくるでしょう。
例えば輸送路を奇襲したり、鉱山周辺でゲリラ戦を仕掛けたり。
ヴェルディさんは、シルフの動きをかなり警戒していました。
絶対に鉱山戦線を突破されぬ様、念入りに防御を固めました。
また鉱山付近に濃密な偵察網を敷いて、敵を神経質に監視しました。
ここまで警戒されれば、シルフもやりにくかったに違いありません。
ヴェルディさんはシルフの様に凄い作戦を立案する能力はなくとも、出来ることを丁寧にやる人です。
弱点を潰して守りを固めれば、シルフもそう簡単に隙を突けないでしょう。
また、輸送路への奇襲も十分に警戒していました。
何時の時代も、侵攻軍の最大の弱点は兵站です。
伸びきった補給線を叩かれれば、どんな軍でも瓦解してしまいます。
なので現在考えうるフラメール側の最大の勝ち筋は、『輸送線の分断』でした。
だからヴェルディさんは一定間隔で通信拠点を設置し、輸送隊と定時連絡が取れる体制を確立しました。
また奇襲を受けても、物資を避難させれる戦力がある『遊撃中隊』による輸送作戦を指示しました。
そんな様々な理由が相まって、
「ガヴェル曹長、参謀本部に呼ばれました。訓練の監督をお任せします」
「分かった」
我々トウリ輸送中隊に正式な任務……『物資輸送任務』が命じられたのでした。
「オースティン参謀本部ジルヴェリ准尉です。お世話になります」
「ヴェルディ大隊所属、トウリ遊撃中隊トウリ少尉です。どうぞお見知りおき下さい」
我々の任務は、フラメール内のエンゲイという都市への物資輸送でした。
オースティン勢力圏を、物資護衛しながら進軍する任務です。
初の実戦と考えると丁度良い難易度でしょう。
「当日のスケジュールは我々でご用意させていただきました。この資料をもとに、作戦準備をお願いします」
「ありがとうございます、准尉殿。輸送路の地形情報は頂けますか」
「はい勿論、ご用意しておりますよ」
物資輸送は緻密なスケジュールが練られているようで、詳細なタイムラインを渡されました。
我々の作戦予定が、分単位で刻まれています。
また非常時のアルゴリズムも、事細かに設定されていました。
「14日間以内に輸送を完遂し、中央軍駐屯地へ帰還したら任務達成とする……ですか」
「はい」
敵襲された場合のマニュアルも、かなり分厚く作られていました。
敵が小隊規模なら迎撃、中隊規模なら物資保持を優先して時間稼ぎ、大隊規模なら物資を放棄して撤退する許可。
このアルゴリズムに沿って行動すれば、まぁ間違いは起きないだろうという丁寧さです。
「かの高名な『幸運運び』殿に輸送して頂けるとは。これ以上に縁起の良い輸送部隊はありませんな!」
「……ははは」
因みにジルヴェリ准尉は顎髭がまばらな、若手の准尉でした。
ヴェルディさんと同年代の、上品な気の良いお兄ちゃんという感じでした。
「当日はお力に期待していますよ、トウリ少尉」
「はい、精一杯頑張らせていただきます」
准尉はとても優しい方で『ここの地形は南方向からの奇襲が定石なので、南が厚い陣形を』『この道は広いが奇襲されると対応困難なので、こちらのルートがお勧めです』と事細かに助言をしてくださいました。
彼の助言は馬鹿にする感じではなく、可愛がって頂いているような感覚を受けました。
「沢山資料を頂きありがとうございました、ジルヴェリ准尉」
「いえ、お役に立てて何よりです!」
暫くは、彼が参謀本部の窓口になってくださるそうです。
威圧的な方じゃなくてよかったです。
「ジルヴェリ准尉は輸送系任務を任されてる人だな。物凄く頭がいい人だ」
「確かに、聡明な雰囲気がありました」
「彼の立てたプランなら、そのまま使わせてもらっていいだろう」
その日の夜、自分はガヴェル曹長に任務の内容を話しました。
初任務の命令書を見て、ガヴェル曹長は少し嬉しそうでした。
「いよいよトウリ遊撃中隊の初陣だな」
「初陣……」
「新兵にはいい刺激になる。プロパガンダ部隊なんてデマを払拭するチャンスだ」
……ガヴェル曹長は、本中隊がプロパガンダ目的だとは思っていません。
その話は、自分の胸だけに留めていました。
「そうですね、しっかりと我々の価値を示しましょう」
「ああ。そしてゆくゆくは、エース部隊になるんだ」
ガヴェル曹長は夢いっぱいに、そんな事を語りました。
ぶっちゃけ訓練部隊である我々に、重要な任務を任される可能性はないと思われますが。
「頑張りましょう。……自分も、エースの名に憧れがなくはないですので」
「何だ、お前もそういう口だったか」
自分はガヴェル曹長の言葉に、微笑んで首肯しました。
今まで見てきた『エース』は、凄い人ばかりでした。
ガーバック小隊長、アリアさん、ゴルスキィさん、ザーフクァ曹長。
彼らを見て憧憬を覚えるのは、自然な感情でしょう。
「なってやろうぜ、新時代の英雄に」
「ええ」
誰もが『あの様に在りたいものだ』と憧れを抱く。
エースというのはそれほどに、鮮烈な光なのです。
ただし自分は別に、英雄になりたい訳ではありません。
認められ、褒められ、脚光を浴びたいという欲望はありません。
凄い人を見て『憧れた』だけで、栄誉に興味などないのです。
自分は前世で一度、FPSの世界大会で優勝して世界覇者の称号を得ました。
確かにその日、その瞬間だけは、何にも代えがたい達成感を得られましたが────
世界覇者になっても自分の人生は、何も変わりはしませんでした。
結局栄誉とは、自己満足の延長なのです。
では自分が戦う意味とは、何なのでしょうか。
憎らしい敵を殺したい。
奴らがリナリーにしたことの報いを受けさせてやりたい。
生き残って、セドル君と一緒に暮らしたい。
平和になったオースティンで、小さな医療施設を開いてつつましく生きていきたい。
そんな、ありきたりな動機だったと思います。
先ほどガヴェル曹長と交わした言葉は、彼に合わせただけでした。
自分がエースの器ではない事は、百も承知です。
あの凄い人たちに、自分が匹敵できると思っていません。
だから自分は、「エースになりたい」と話すガヴェル曹長を微笑ましく眺めていました。
真っ直ぐで好ましい、他人事だと思い込んで。
かくしてトウリ遊撃中隊は、初任務に就くことになりました。
我々は鉱山戦域からフラメールの都市『エンゲイ』まで、5t近い重量の物資を輸送します。
輜重兵が物資運搬するのに合わせ、歩兵が偵察・地形確保を行ってテンポよく行う必要があります。
「11時方向、ポイントD、地形確保完了しました」
「2時方向、ポイントC、敵影ありません」
「報告了解しました、輜重兵部隊は前進を続けてください」
正直に言って、自分は少し輸送任務を舐めていました。
練度の低い部隊に与えられる任務と聞いていたせいで、簡単な任務だと勘違いしていました。
……実際は、ただ前進するだけでも非常に神経を使う、疲れる任務でした。
軍事物資は貴重なので、敵や賊に奪われるわけにはいきません。
先んじて斥候を飛ばし、敵がいないことを確認して輜重兵を進めていく必要があります。
安全が確認できない限り前進出来ません。
なので偵察が滞ると足を止めねばならず、ダイヤが乱れてしまいます。
だから前もって「どの地点で偵察を飛ばし、偵察している間にどこまで進み、どの時刻で目標地点に到達していなければならないか」と綿密な計画を立てておかないといけないのです。
そんな難しい事を、素人の自分がぶっつけ本番で行えるはずがなく。
ジルヴェリ准尉が資料を用意してくださらなかったら、恐らく輸送任務は失敗していたでしょう。
この輸送計画の立て方等も、士官学校で履修するのだとか。
やはり士官候補生は、頭が良くないとなれないのですね。
「トウリ・ロウ少尉殿。お役目ご苦労様でした」
「ありがとうございます」
約1週間の旅路を終え、任務は完遂出来ました。
大きな輸送の遅れもなく、期限の12時間前にエンゲイに到着しました。
「トウリ遊撃中隊、本日はお休みいただいて結構です。明朝10時、倉庫前に集合して下さい」
「了解しました」
次は折り返し、エンゲイから鉱山地域に物資を輸送する予定です。
内容は嗜好品や鹵獲品、故障した兵器などです。
その任務のため、また明日も倉庫に向かわねばなりません。
「やった! 今日は1日、エンゲイ観光が出来るって事か」
「フラメールの酒を買って帰ろう」
「ちゃんと自分で持てよ、荷台に乗せんなよ」
逆に言えば今日だけは、自由行動が出来るという事です。
エンゲイはフラメール最大の商業都市ですが、現在はオースティン軍に実効支配されています。
物流の拠点なだけあって、豊富な娯楽品や食糧が備蓄されているそうです。
エンゲイの観光は、きっと楽しいものでしょう。
「俺達は、書類仕事だけどな」
「是非もないでしょう」
と、一般兵士は休暇を楽しむ事が出来るでしょうが。
管理職である自分は、任務で消費した食料や医薬品などを書類にまとめて申請せねばなりません。
作戦の評価や反省点など、提出せねばならない書類は山積みです。
下っ端だった時のように、遊び惚けるわけにはいかないのです。
「メイヴに頼んで、茶菓子くらいは仕入れてきてもらおう」
「そうですね」
……ちなみに。
当時のエンゲイはオースティンが『武力で占領』していた都市です。
エンゲイ市民が作り上げた商品をオースティン軍が徴集し、兵士に流している状況でした。
家族を人質に労働させられるエンゲイ市民を思うと、観光気分で街を歩くのは不謹慎なことでしょう。
自分は書類仕事に追われてテントに籠っていましたけれど、街を歩いていたら白い目で見られたのではないでしょうか。
因果応報という言葉があります。
何かしら悪事を犯した人間は、いつかその報いを受けるのです。
この時のオースティンは、フラメールにとって間違いなく『悪』でした。
フラメールに「二度とオースティンに侵攻できない被害を与える」目的の、市民虐殺を目的とした侵攻作戦。
歴史でも類を見ない極悪な戦略を採択したオースティン軍は、紛れもなく『悪』の謗りを背負った軍隊だったでしょう。
フラメールの主人公、民間人の身分でオースティンに真っ向から立ち向かった男アルノマ。
オースティンの英雄、自らの欲望を満たしつつ国益に準じる悪人ベルン。
少数の『主人公』と多勢の『悪人』が対峙したら、その結末はどうなるでしょう。
現実であれば、小勢は多勢に踏みにじられるのがこの世の常です。
しかしアルノマさんは、本物でした。
彼は現実を『舞台』へ書き換えてしまう男でした。
では舞台上での「少数の主人公」と「多勢の悪人」が争えば、どうなるでしょうか?
その両雄の激突は、まもなくの事でした。
そして、呑気に輸送任務をしていた自分も他人事ではありません。
オースティンの、フラメールの命運を大きく左右した決戦に巻き込まれるような形で。
この任務の日から自分は、歴史の表舞台に引きずり出される事になったのでした。
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