第141話


「正式な辞令が来たぞ。喜べトウリ、今日から貴様は少尉だ」

「光栄です、レンヴェル中佐殿」

「改めて中隊の編成許可を出す。ガヴェル輸送中隊を元として、150名規模の部隊を編成せよ」


 アンリ大佐との面談から、数日ほど経ってから。


 ついに自分に、歩兵中隊を指揮せよという正規の命令が届きました。


「部隊を編成する手続きは、ガヴェルが知っとるから聞け」

「了解しました」


 なお編成せよと言われても、自分は具体的な事務手続きなど知りません。


 レンヴェル中佐もそれは分かっていたから、ガヴェル曹長を部下につけてくださったのでしょう。


 部隊編成について学ぶ場所は、士官学校です。


 だから士官学校を出ていなければ本来、指揮官になれないのです。


「近々、オースティン軍は大きな作戦を実行する予定だ。速やかに準備を整えてくれ」

「はい、中佐殿」

「あ、今の話は誰にも言うなよ。尉官にだけ伝えている話だ」

「了解です」


 レンヴェル中佐はギロリと、自分の瞳を覗き込んで釘を刺しました。


 尉官にだけ伝える話。つまり、ガヴェル曹長に伝えてはいけない話ですね。


「ではこれより自分は、部隊編成の任務に就きます」

「よろしい」


 このように階級が上がるにつれ、伝えられる情報は増えていきます。


 情報を与えられる代わり、適切で正確な判断を行わねばなりません。


「では失礼します」


 指揮官になった以上、部下全員の命を背負っているという自覚が必要です。


 自分のヘマで人が死ぬなんて、あってはならぬ事なのです。


 ……ラキャさんのような人を2度と出さないためにも。





「編成の上限は150名か。今のガヴェル輸送中隊が51名だから大体100人補充する必要があるな」


 ガヴェル曹長はまず、兵士の補充申請をすべきだと教えてくださいました。


 どの兵科を何名申請するか考え、書類を作らねばならないそうです。


「輜重兵の数はもう十分だ。補充の必要はなかろう」

「はい」

「偵察兵も足りている、そんなに要らない。突撃兵と装甲兵を重点的に要請しよう」

「成程」


 150名で中隊を編成するといっても、その全員が戦闘要員ではありません。


 部隊の3割は輜重兵や看護兵など非戦闘員で、実際に戦う歩兵は残り7割ほどだそうです。


 それらの歩兵を「小隊」単位で振り分け、運用するのが一般的です。


「偵察兵と装甲兵が、歩兵の核なんだ」

「ふむふむ」


 各小隊には偵察兵と装甲兵が必須と言われています。


 偵察兵は状況把握に長けた兵士で、望遠装備を与えられ広い視野を持つ兵科です。


 視力検査や反射神経など、難しい適性試験をクリアしないとなれないそうです。


 装甲兵は【盾】を扱える兵科で、魔法の才能が必須です。


 防御部隊なら塹壕に潜んで籠り、突撃部隊ならば最前線で切り込む兵士だそうです。


 例えばガーバック小隊長は、突撃装甲兵だそうです。


「輜重兵以外の、非戦闘員はどうしましょう?」

「そうだな。衛生兵、看護兵、通信兵、工作兵、どれも欲しいんだが……」


 輜重兵は直接戦闘に参加せず、水分食料弾薬など物資を運んでくれる兵科です。


 彼らが居ないと物資の運搬ができないので、遊撃部隊であれば絶対に配属されます。


 他には治療を担当する衛生兵、罠を設置したり武器弾薬の修理を行う工作兵、通信業務を行う通信兵などが存在します。


 ただし衛生兵は数が少ないため、中隊規模なら看護兵が配置されることが多いです。


 看護兵は回復魔法が使えないだけで、応急処置などは出来ます。


 砲撃魔導士という兵科も有りますが……、とても希少なので専門の部隊にしか配置されないそうです。


「希望通り配置してもらえる可能性は低い。通信は最悪、俺が代わりにやるつもりだ」

「そうなのですか」

「ま、今回は俺の方で補充兵科を割り振っておくよ。お前は編成なんて知らないだろ」 

「……すみません、お願いします」

「書類の書き方を教えるから、そっちは手伝ってくれ」


 と、この様にガヴェル曹長に教えてもらいながら、自分は一つずつ仕事を終えていきました。


 彼は結構面倒見の良い性格のようで、説明はぶっきらぼうながら丁寧でした。


「20名規模の増強小隊も編成しておこう。この隊の中核となる部隊だ」

「我が中隊のエース部隊という事ですか?」

「俺の部隊だよ」


 増強小隊とは、普通の倍近い兵が所属するちょっと凄い小隊です。


 優秀な兵士は、増強小隊を指揮する事を許されます。


 そして増強小隊長が、叩き上げ兵士にとって出世の到達点だそうです。


「成程、ガヴェル曹長の部隊ですか」

「それくらいの優遇はしてもらうぞ」

「勿論です、異論はありません」


 ガヴェル曹長は「優遇」と言いましたが、本来であればこの中隊は丸ごと彼が指揮すべきもの。


 指揮官候補生である彼が増強小隊を持つことに、異論をはさむ気はありません。


「歩兵に関しては最高指揮官がトウリ少尉で、俺が次席指揮官。これも文句ねぇな?」

「ええ、問題ありません」

「よし。じゃあ後はそうだな、輜重兵部隊にも指揮官を任命する必要があるが」

「はい」

「輜重兵長は、メイヴのままで良いと思う。アイツは元々、輜重兵のリーダー的存在だった」

「メイヴさん、ですか」


 メイヴさんと言えば、筋肉モリモリな『手榴弾投げおじさん』です。


 彼は以前、新米兵士を殴りすぎて瀕死にさせた事もあるので、少し悩みましたが……。


「そうですね。確かに、ベテランに任せる方がよいでしょうね」

「ああ」


 ああいう苛烈な指導が出来る人員も、必要です。


 自分では、暴力を振るってもやり返されてしまうだけ。


 そして新米の生存率を上げるには、ある程度の恐怖があった方が良いのです。


 彼の暴力は、必要悪と言えるでしょう。


「『優先して配属を希望する兵科』の欄はどうしましょう」

「そうだな、最低でも看護兵と工作兵が欲しい。遊撃中隊なら必須だ」

「看護兵と工作兵、ですか」

「工作兵は便利だぞ。魔法罠の設置や障害物爆破が出来ると作戦の幅が広がる。故障した銃を直せたりするヤツもいるしな」

「成る程」


 そういえばガーバック小隊長も、マシュデールでうまく工作兵を部下に加えて敵を防いでましたね。


 名前は忘れてしまいましたが、彼は元気でやっているでしょうか。


「しかし、看護兵は必要でしょうか? 自分は応急治療を習得していますが」

「アホたれ、お前が撃たれた時どうすんだ。負傷した指揮官を治療するのが最大の役割だぞ」

「……」


 確かに、自分が撃たれた時のことを考えると必要ですか。


 それに看護兵さんが居れば、治療効率もだいぶ変わります。


「では、看護兵も申請しておきましょう」

「分かった。じゃあ、それはお前にやってもらおうかな」


 ガヴェル曹長はそう言うと、ぶっきらぼうに衛生部の方を向き、


「看護兵は司令部じゃなく、衛生部長に直接申請する事になってる」

「なんと」


 そう言って、自分の手元に書類を押し付けました。


「レィターリュさんに申請すればいいのですか」

「ああ。顔見知りなんだろ? そっちは任せていいか」

「分かりました、では自分が伺います」

「縁起が悪いから、俺はあんまりあの人に会いたくないんだよ」


 ガヴェル曹長は小声で、そんな事を呟きました。


 結構迷信を信じるタイプなのでしょうか。


「では、自分は衛生部に行ってきます」

「任せた。こっちは他の書類をやっておく」


 自分が立ち上がると、ガヴェル曹長は面倒くさそうに書類を広げました。


 自分は彼の邪魔にならぬよう静かに退室し、久しぶりに衛生部へと足を運んだのでした。







「何でトウリちゃんが中隊長になってるのよー!?」

「……」


 そんなこんなで1週間ぶりに訪れた、衛生部長室。


 自分は、レイリィさんの豊満な胸に押し潰されて窒息しかけていました。


「おかしいでしょ! おかしいでしょう!? トウリちゃんが少尉ちゃんじゃない!」

「あの、レィターリュ衛生部長。どうか落ち着いて」

「落ち着ける訳が無いでしょう!? トウリちゃんが行方不明って心配してたら歩兵部隊に転属ですって!」


 レイリィさんは自分をひとしきり抱きしめた後、頭を抱えて絶叫しました。


 ……そういえば、衛生部に顔を出していませんでした。自分がガヴェル中隊に所属した連絡が行ってなかったんですね。


「ケイル君とかすごく落ち込んでたのよ! 俺がトウリちゃんを一人で行かせちゃったからって」

「……すみません」

「私が元気づけておいたけど、ちゃんと顔を見せに行きなさいよ」


 元気付けた、ですか。……いえ、考えないようにしましょう。


「で? 私、詳しい情報は何も貰ってないんだけど」

「は、はい」

「あれから何があったのか、ちゃんと報告してくれるわよね? トウリちゃん?」

「も、もちろんです。レィターリュ衛生少尉殿」


 レイリィさんは怖い顔で手をワキワキさせながら自分に迫ってきました。


 あの時の事はなるべく思い出したくありませんが、簡潔に説明はしておきましょう。


「あのサバト軍の奇襲の後、自分はガヴェル輸送中隊に保護されたんですけど……」

「それで?」






「おばか!!」

「ごめんなさい」


 自分はガヴェル曹長から指揮権を奪い、戦功をあげました。そして少尉になりました。


 そうレイリィさんに話すと、物凄く怒られました。


「部隊指揮はトウリちゃんがやるべき事じゃないでしょう! そう言うのは専門の教育を受けた人がやる事!」

「仰る通りです……」

「そのガヴェル曹長が新米だったからって、階級に物を言わせて指揮権奪うなんて。……もう二度としちゃだめよ」

「はい……」


 レイリィさんのお説教は、物凄く正当な内容でした。


 自分はただ顔を伏せて、恥じ入るように謝るだけでした。


「にしても上層部も上層部ね。いくら戦功をあげたからって、いきなり中隊長なんて」

「正直、自分も混乱しております」

「まぁ、上も悩んだ末の結論だとは思うけど。戦功は信賞必罰、『手柄を上げても評価されない』なんて噂が広がれば兵士の士気に関わるわ」

「はい」

「だからトウリちゃんを昇進させざるを得なかったんでしょう。……うん、私からも貴女を衛生部に戻してもらえるよう掛け合ってみてあげる。いきなり歩兵にされて、困ってるのでしょう?」


 レイリィさんはそう言って、ふんすと鼻息を鳴らしました。


「トウリちゃんに銃を持つ姿は似合わないわ。今まで通り、衛生部に力を貸して欲しいの」



 ……彼女の言う通り、自分は衛生部に所属している方がずっと楽でしょう。


 知り合いも多いですし、何より安全です。ですが、


「いえ、レイリィさん。自分はこれから、歩兵として国に尽くそうと思っています」

「え。どうしたの、トウリちゃん?」

「……恥ずかしい事に、自分は敵を『憎い』と思ってしまったんです」


 ゴルスキィさんを戦場で見かけた時、自分は激しい憎悪の念に飲まれました。


 そして彼の後頭部を背後から撃ち抜いたその瞬間、ジィンと体中に達成感が染み渡りました。


 自分は彼がどれだけ優しく、仁義に溢れた人間だったかを知っていた筈なのに。


「リナリーを、自分の義妹を殺したサバト兵が憎いです」

「……トウリちゃん」

「故郷を焼いて、ロドリー君を殺し、自分の大事なものを奪っていった敵が許せません。醜く汚い憎悪が、湧き上がってきて収まらないのです」


 自分は歩兵に囚われました。この憎悪は敵を殺し、遺体を足蹴にする事でしか解消できません。


 ……こんな状態で衛生部に戻れば、自分は色んな人の幻覚に苛まれる事になると思われます。


 ─────どうしてお前トウリだけ、安全な場所にいるんだ。何故敵を殺しに行ってくれないんだ、と。


「自分は歩兵になって、この醜い復讐心を敵にぶつけたいと思っています。その結果として戦死しても、本望です」

「……」

「レイリィさん。これでも自分はまだ、衛生兵が向いていますか」


 結局のところ、自分は衛生兵など向いていなかったのでしょう。


 人を殺して悦に入る人間が、人を癒す仕事に就くなんて破綻しています。


「ええ、向いてるわよ?」

「えっ」


 だから自分は、サバトへの憎悪を胸に銃を取ります。


 歩兵として、1人でも多くの敵を殺すために。


 ……そう、話を続けようとしたのですが。



「トウリちゃん。貴女、私がサバトを憎んでいないと思ってたのかしら?」



 彼女の瞳は、氷の様でした。


 そのレィターリュ衛生部長の声は、聞いた事も無いほど低いものでした。



「多分、トウリちゃんなんかよりずっと恨んでるわ」

「……」

「だから一人でも多くの味方を救って、私の代わりに殺してもらうの」


 考えてみれば、憎んでいない筈が無いのです。


 何度も恋人を殺されている彼女が、サバト兵に何の感情も持っていない筈ありません。


「サバトが憎いなら、トウリちゃんも手伝ってよ」


 ─────レイリィさんは感情の全く籠らない、無表情な瞳の奥に。


 自分なんかよりずっと昏い『憎悪』を、揺らめかせていました。



「……すみませんが自分には、歩兵中隊の編成命令が出ています」

「衛生兵は貴重なのに。全く、上は何を考えているのかしらね」


 レイリィさんは、自分なんかよりずっと深い憎しみを抱えていたのです。


 ですがその全てを隠し、あのように快活で気丈に振舞っていたのでしょう。


 ……だとすれば、舌を巻きます。


「レンヴェル中佐からのご命令ですので。自分はレィターリュ衛生部長に、本中隊へ看護兵の派遣を要請します」

「そうね。命令だもの、了解したわ。だけど、貴女を衛生部に戻すよう圧力もかけておくから」

「了解しました。自分の立場に関しては、上層部の判断に委ねます」

「よろしい。ま、すぐ戻ってこさせたげる。待っててねトウリちゃん!」


 そう言うとレイリィさんは、いつもの穏やかな笑みを浮かべて自分に抱き着いてきました。



 一瞬だけ見せた、レイリィさんの人形のように無表情な顔。


 ……もしかしたら、あれが彼女の素顔だったのかもしれません。


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