第134話
この時の我々は唯一、「サバト軍に背後から奇襲を掛けられる」部隊でした。
ガヴェル輸送中隊は「たまたま負傷者が出たので待機していた」だけで、本来ならとっくに首都ウィンに向けて出発していた筈の部隊です。
その位置は前線から2-3㎞ほど北に寄っただけの、戦略的に何の意味もない場所。こんな場所に伏兵など予想できるはずがありません。
サバト軍指揮官シルフ・ノーヴァからすれば『何でそんな所に中隊が居るんだ!』と喚きたくなったでしょう。
「知り合いを殺されて、腹立たしいのは分かる。だけどそれは無謀だ、トウリ」
「自分は冷静ですよ。……本当はもっと取り乱さなければならないのに」
この時確かに、自分は怒っていました。
リナリーの無残な姿を見て、サバト兵に対する殺意を胸いっぱいに抱えていました。
だけどそれ以上に、
「……どう見ても今のお前は、正気じゃない。落ち着けよ。ここで俺達がサバト兵を奇襲したからって、お前の友人は帰ってこない」
「知っていますとも。自分は仇討ちの為にこんな提案をしたのではありません」
「じゃあ何で、そんな」
「少しでも味方の被害を減らす為です」
愉しくて仕方がない。
「自分が自棄になって、怒りに呑まれて、そんな提案をしている様に見えますか」
「……いや」
自分はこの戦場で、敵の背後を突いて奇襲できるという圧倒的優位な戦況に、
「心底楽しそうに、見える……」
「ええ」
FPSで裏取りに成功した時の様に、高揚していたのです。
「兵士として、味方の力になれる事が幸せで仕方ないのです」
「無茶だと思ったら、すぐ撤退の指示を出すからな」
「ええ、了解しました」
こうして自分はガヴェル曹長に、奇襲の有用性を説きました。
これは勝てる戦闘であり、何よりヴェルディさんの為になると順序だてて説明しました。
「ご安心ください、こう見えてもそれなりに経験は積んでいますので」
「……お前は衛生兵だろ?」
「何せよく、突撃部隊に所属していましたから」
まぁ、指揮官として指示を出すのは初めてなんですけど。
ゴルスキィさんの副官として指揮官の真似事をした事はありました。
「彼らのやり口を、自分はこの場の誰よりも知っています」
「……信じるぞ、お前」
こうして自分は説得の末、ガヴェル曹長から一時的に指揮権を譲り受ける事が出来ました。
これが、自分が初めて指揮官として歩兵部隊を率いた戦いでした。
「ガヴェル曹長、本当にこの娘に指揮を任せるんで?」
「何かご不満でしょうか、メイヴ輜重兵長」
「あー、いや。准尉殿には逆らいませんよ」
自分が指揮権を受け取った時に、部下の顔はかなり不安げでした。
年若い自分に従って大丈夫なのかと思ったのでしょう。
「……ひっ」
「何か?」
ただ准尉に面と向かって文句を言う度胸はないようで。
不満げな兵士もひと睨みすれば、顔が蒼くなり言う事を聞いてくれるようになりました。
今だけは、この無駄な階級に感謝しておきましょう。
「3つの分隊があるのですね。ではそれぞれA班、B班、C班として指示を出します」
「りょ、了解だ。トウリ中隊長代理殿」
ガヴェル中隊は100名規模の中隊で、輜重兵である30名とその護衛である70名で構成されていました。
護衛は3班に分かれており、新人が多いながらよく訓練されているそうです。
「A班は自分に追従してください。B班は迂回して、3時方向に展開。C班は9時方向に、敵を包み込むように移動をお願いします」
「ただでさえ少数なのに、分かれるのか?」
「ええ。と言うか固まるメリットがないです」
本格的な指揮など初めてでしたが、自分は一切の迷いなく指示を出していきます。
……まるでゲームで、チームメンバーに作戦を伝える様にスムーズに。
「……
「ありがとうございます。ではガヴェル曹長、C班の指揮をお任せしてよろしいですか」
「分かった」
ガヴェル曹長はそんな自分を、値踏みするような目で見ていました。
彼はきっと、自分のかつての「逸話」を知っているから指揮を預けてくれたのです。
その期待に添えるよう、しっかり戦果を挙げるとしましょう。
「では、奇襲を開始します」
「あ、ああ」
自分は数十名の味方を背中に率いて。
銃声の鳴り響くサバト軍の居る方向へ、静かに駆け出していきました。
────近づいてみると、敵は思ったより少数でした。
鉱山周囲の森の起伏の無い場所に、焚火を構えて休んでいる様子でした。
眠っていたり、酒を飲んでいる兵士もいるようです。
「B班、配置についた様子です」
「了解。C班の様子はどうですか」
敵は100人規模で、半分ほどが包帯を巻いて横たわっていました。
恐らくは負傷兵、これ以上戦えないので後方待機を命じられたのでしょう。
楽に勝てる相手です。出来れば一人も逃さず殲滅したいですね。
「C班もまもなく配置につきそうです」
「分かりました。では、合図の旗を準備してください」
気付かれずに接近できたので、自分達は森の木々に隠れて3部隊に分かれて彼らを包囲しました。
三角形で囲い込む形は友軍が射線に入らないし死角が殆ど無いので、非常に強力なのです。
「両班、準備整いました」
「では合図をお願いします」
「了解」
自分達は確実に相手を殺すべく。
部隊間に通信兵を置き、手旗信号で連携をとりながら作戦を行いました。
部隊間のコンビネーションが、実戦では何より大事なのです。
「……B、C班、合図と同時にそれぞれ射撃を開始しました」
「敵、逃げまどっています」
自分は先に、BとC班の2方向から攻撃をさせました。
狭く視野の悪い森林地帯でいきなり挟撃されて、敵の兵士は大混乱に陥りました。
サバトからすれば、何でここに敵が居るのか意味不明でしょうね。
「首尾は上々ですね。さて、A班」
自分は混乱状態に陥ったサバト兵を確認し、静かに背後の兵士達に合図を出しました。
我々こそ、この戦いで一番重要な部隊。
「────我々も作戦を開始します。では、突撃」
そう、突撃部隊です。
遠距離の撃ち合いで与える被害には、限界があります。
時間を掛ければ殲滅できるでしょうが、この状況だといつ援軍が来るか分かりません。
短時間でスムーズに全滅させる為には、やはり突撃が必要でした。
「雄たけびは必要ありません。静かに、すーっと距離を詰めましょう」
これは自分は前世で得意にしていた、三手詰めの奇襲戦法です。
普通の人間は、動く物体に意識を割けるのは2方向まで。
3方向以上になると脳の処理が追い付かず、どうしても注意がおざなりになってしまうのです。
「そろそろ、銃の射程に入りますね。よく狙って、まだ我々は気付かれていません」
自分達は木々に身を隠しながら、サバト兵の背後10~20mほどの距離まで詰めていきました。
最初の2方向からの挟み撃ちは、ただの陽動。
自分の突撃部隊に注意を向けさせないのが、狙いだったのです。
「今です、撃て!」
「了解!」
部下によく狙いを定めるように指示を出した後。
自分達は掛け声と同時に銃弾を放ち、多くのサバト兵を肉塊に変えました。
「逃げ出した兵士は居ましたか?」
「いや、俺が見た範囲ではいなかった。全滅だと思う」
自分達が戦った敵は、やはり戦線離脱した負傷者でした。
彼等は移動も撤退もままならず、我々の銃の前に倒れ伏してしまいました。
「狸寝入りはいないか?」
「大丈夫っぽいです。91名の遺体を確認しました」
「一応サバト銃も徴収してください。弾切れを起こした時の為に」
自分はそう指示を出し、ご遺体からサバト銃を頂いて背負いました。
自分はサバト銃の方が扱いやすいので、無傷のものを手に入れられたのは幸運でした。
使い慣れているのもありますし、射程がオースティン銃より少し長いのもグッドです。
「周囲の偵察状況を教えてください」
「1時方向、5㎞先で銃声があり。戦闘が発生しているようです」
「了解です、ではそちらに向かいましょう」
サバト兵の物資を漁っている間に、偵察兵さんが敵の位置を特定してきてくれました。
予想通りサバト兵は、オースティンの塹壕を背後から攻撃しているようです。
「もう結構な戦果を挙げたんじゃねぇか? 敵の後方部隊を壊滅させたぞ、俺達」
「いえ、まだまだです」
ガヴェル曹長はやんわりと、もうやめようと言ってきましたが……。
まだ、自分達は何もしていません。むしろ今からが、本番です。
「敵にプレッシャーを与えるためにも、前線にはいかねばなりません」
それに今ここで逃げたら、勿体ありません。
冷や汗が止まらない窮地に陥るまで、自分はまっすぐ突っ走らねばならないのです。
今まではずっと、そうでしたから。
「敵、交戦中の模様です」
「見つけましたか」
偵察兵の示した方向へ行くと、報告の通りサバト兵が味方と交戦している真っただ中でした。
森を抜けて見晴らしの良い平地になっているので、先程みたいな包囲戦法は使えなさそうです。
サバト兵はテントや土嚢に身を隠し、塹壕に籠る味方と撃ち合いをしていました。
「味方の陣地、まもなく破られそうです」
「……どうするんだ」
「そうですね。まずは再び3部隊に分かれ、配置につきましょうか」
自分はガヴェル曹長にそう言い残すと、再び分隊ごとに分かれるように指示を出しました。
この状況なら、なるべく広い範囲で背後を突いた方が敵の動揺を誘えます。
「無理な前進は必要ありません。敵の背後を脅かすだけで、十分な脅威になります」
目の前にいるサバト兵は、凄まじい数でした。
たった百人でこれほどの敵を相手にするなど正気ではありません。
「配置につく前に、退路の確認を徹底して下さい。敵が詰めて来たら、迷わず退いて下さい」
「分かりました」
普通にやれば物量差でボロボロにされてしまいます。
だからここからは、いかに兵士が『身の危険を餌にチキンレース出来るか』。
「目の前の味方は窮地に陥っています。そんな彼らを援護し、生還させる事こそ最大の目標です」
「はい、准尉殿」
「よろしい。では、制圧射撃っ!」
自分はその掛け声と同時に、サバト兵の頭蓋を背から撃ち抜いたのでした。
『敵だ、奇襲だ』
サバト兵はすぐ我々に気付き、応射してきました。
流石に、サバト革命を生き延びた精鋭中の精鋭。
動揺しつつも即座に対応してくるあたり、練度が高いです。
「撃った後は身を隠す事を徹底してください! 自分の生存を最優先に。我々の最大の目的は、敵を殺す事ではなく『挟撃している状況』を維持する事です!」
近接戦闘では、兵士の練度がモノを言います。
普通に考えて、新米だらけのガヴェル中隊がサバト兵に勝てる訳がありません。
先ほど敵を壊滅させられたのは、彼らが後方に配置されていた負傷兵だったから。
普通に戦えば、兵士としてのレベルが違い過ぎてまず勝てません。
「敵を狙わなくていい、敵の方向に弾が飛んでいけばそれでいいです。敵を動揺させ、意識を分散させることが出来れば上等です!」
ですが、どんなベテラン兵士でも挟み撃ちされれば容易く死にます。
前後どっちにも目を持っている兵士は、存在しないからです。
あのガーバック小隊長ですら挟撃を嫌って、部下に警戒させていたくらいです。
「トウリ衛生准尉。敵が、我々に距離を詰めてきています」
「そうですか、では手筈通り撤退を」
敵の中に、判断が早い部隊が居ました。我々を倒すべく、距離を詰めてきたのです。
恐らく、それは間違った行動ではありません。
「B、C班と連携を。飛んで火にいる夏の虫ですよ」
ちょろちょろと背を飛び交う羽虫が居たら、撃ち落としたくなるものです。
ですが、これこそ自分が待っていた展開でもありました。
そう、我々は3つの分隊に分かれているのですから、
「敵、想定していたポイントまで突撃してきます」
「分かりました」
深追いしてくれれば、あっさり包囲が完成してしまうのです。
詰められたら、退く。そして別の場所の背後を脅かす。
「合図の空砲を撃ってください。同時に、一斉射撃を」
「了解です」
これぞチーム制FPSの基本戦術です。
一人を囮にして誘い出し、包囲して撃ち殺す。
タイミングさえ間違えなければ、一番確実に敵を倒せる方法でしょう。
「……」
まんまと引っかかったサバト兵は、血飛沫を上げて倒れていきました。
彼らは何が起きたのか分からないという表情で、自分達を見て絶叫しました。
「このように無理をせず、敵が来たら退いてください。前線の敵戦力を削れるだけで、十分な戦果なので」
「了解」
……彼らはかつて、自分と肩を並べて戦った戦友でしたっけ。
今の自分に、そんな事を思い出す余裕なんてありませんでした。
このエセ啄木鳥戦法で敵兵を削りながら、自分達はころころ位置を変え敵の背後を脅かしました。
いろんな場所でかく乱する事により、全敵兵に後方警戒を強いることが出来るのです。
「そろそろ退かないか? もう十分だろ」
「……いえ、もう少しやりましょう。そうしないと、酷いことになる」
できればシルフを見つけたかったのですが……戦場のどこにも、彼女の姿は在りませんでした。
彼女ならどんな劣勢からでも、針の穴を通すような勝利を実現して見せる事を知っています。
……やはり彼女は、前線には出てきていないのでしょうか。
「敵さん、結構疲弊してきたんじゃねえ?」
「ええ、いつ背中から撃たれるか分からない状況はすごく疲れるのですよ」
「俺たち自身はそんなに敵を倒してないのにな」
「自分はそこそこ仕留めています」
ガヴェル中隊は数時間ほど後方攪乱を行い、嫌がらせに徹しました。
背後を取っているとはいえ、正規兵を相手に突撃できる程に練度は高くないのです。
新米の多い部隊なので、あまり無茶が出来ません。
「そろそろ武器弾薬も心もとないな」
「奪ったサバト銃を使っても駄目ですか」
「それを含めりゃ、もう少しは戦えそうだが」
それに護衛兵たちの持っている弾薬は、戦闘一回分のみでした。
しかも新米が多いせいで、思ったより弾薬消費が激しかった様です。
「であれば、もう少しだけ頑張って貰いましょうか」
「衛生准尉、再び敵が突撃してきました」
「では後退を」
武器弾薬が尽きてしまったら、我々に存在価値はありません。
敵を挟撃しているという状況の維持こそが、ガヴェル中隊の最大目標なのですから。
心もとなくなってきた武器弾薬を、どう節約しようかと考えていたら……。
獅子のような咆哮が戦場に響き渡り。
戦場を照らす眩い閃光が、一直線に突き進んできました。
「……っ! 総員退避、あの閃光から逃げてください!」
ゾワリ、と伝う凶悪な死の気配。
自分は即座にその光に向かって銃弾を放ちましたが、【盾】に当たり軌道が歪んで外れました。
「速すぎます、何ですか、あれは────」
「撃て、撃て!」
自分はその兵士を知っていました。
かつて西部戦線で、ガーバック小隊長と互角に戦っている姿を見たことがありました。
それは獅子のように雄々しくて、風のように優しくて、雷のように苛烈な人。
「……C班、7時方向に撤退。B班は4時方向へ」
「りょ、了解」
「我々はまっすぐ後ろに。アレと正面から戦ってはいけません」
ゾクゾクと、恐怖がせり上がってきました。
ダメです、此処で突っ張っては駄目。ここが退き時です。
自分の直感が急遽、警告音を体全体に鳴り響かせていました。
「あれは何だ!?」
「聞いた事はありませんか」
その雷を纏った槍の戦士は、見た事も無いような冷たい目をしていました。
「西部戦線でのサバト軍エース級突撃兵、
────ゴルスキィさん。
かつて凍死しかけた自分を、わざわざ寝袋の中に入れて温めてくれた人。
共にヴァーニャで語り合った、サバトでの戦友の一人。
そんな彼は凄まじい形相で、隻腕を振るい雷槍を輝かせると。
数多の雷撃が戦場に降り注ぎ、近くに居たオースティン兵を黒焦げに焼き殺してしまいました。
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