第110話


 自分は前世から、身の危険を察知するのが得意でした。


 これ以上進むとヤバいな、という引き際を本能的に察知出来たのです。


 それは自分がただ臆病だったのか、動物的な本能が残っていたのかはわかりません。


 ですが、それが自分の1つの特技だったことは確かでした。



 例えば。


 嫌な予感がして曲がり角を立ち止まると、目の前を暴走トラックが駆け抜けていきました。


 ある日、給食が口に合わなくてすぐ吐き出したら、学校で集団食中毒が発生しました。



 ─────そして、例えば。


 出発前に言い知れぬ恐怖を感じ、1人ゴネて家族旅行について行かなかったら。


 両親の乗った飛行機は墜落し、二人とも帰らぬ人となりました。


 祖父母に預けられた自分だけ、生き残りました。


 



 天涯孤独となった自分は学校に行かなくなり、家に籠りました。


 そして親の遺産を食いつぶし、大好きだったFPSゲームに没頭しました。


 祖父母も、ゲームをしている時だけは楽しそうにしていた自分を止められなかったのでしょう。


 自分は現実を忘れてゲーム漬けの日々を過ごし、メキメキと腕を上げていきました。



 バトルロワイヤル方式のFPSは、自分の特性と非常に相性が良いゲームでした。


 何となく狙われている気がする。何となく待ち伏せされている気がする。だから、ここで攻めるのは危ない。


 そんな第六感が働くのですから、ゲームの世界で自分は強者でした。



 引きこもっていた自分は、不安げな祖母を尻目にゲームに興じ続けました。


 長い時間をかけて修練を積んだ自分は、やがて神と呼ばれ君臨しました。


 随分と、歪んだ神もいたものです。








 そんなFPSゲームで、自分が今までやってきたことは単純でした。


「敵は砲兵陣地の防衛を割いて、我々を囲みに来ています。これは好機です」


 これ以上はヤバいと感じるギリギリまで、攻めるだけです。


 無理だと感じたら、退く。やっていたのは、ただこの繰り返し。


 バトロワ系ゲームでは攻撃と防御を天秤にかけ、いかに死なず敵を撃てるかのバランスが大事でした。


 そのバランス感覚に関して、少なくとも前世で自分の右に出る者はいませんでした。


「流石にそれは無茶だ、トウリ。そんなことをすれば退路がますます遠のき、死ぬしかなくなる」

「大丈夫です。自分たちは死にません」


 その先に破滅があるなら、自分はそれを察知出来ます。


 裏を返せば、自分の直感がいけると感じている限りは、どこまでも攻めるべきなのです。


 今まではそれが、勝利への近道でした。


「自分は、セドル君を残して死ぬわけにはいかないんです」

「トウリ……」

「少なくとも今、後方に撤退するよりずっと生存の目は有るでしょう。どうか信じてください」


 ゴルスキィさん達は、とても胡散臭い目で自分を見ていました。


 ……ですが、自分は譲る気はありません。もともと、自分の役割はこうだったはずです。


 誰かシルフに指揮を任せて、指示通りに仕事をこなすのが自分の役割ではありません。


「ゴルスキィさん。自分は……、自分はまだ死にたくありません」


 作戦指揮は、チームのIGLリーダーは、いつも自分でした。


 あのゲームで世界の頂点を取った時も、自分がチームの司令塔でした。


「……砲兵陣地を制圧してから、どうする」

「そのまま突破し、市街地へ侵攻します。家屋を占拠し立て籠もれば、暫く持つでしょう」

「一般市民を攻撃する事になるが、覚悟はできているか」

「流石にこの付近に残っている人に、一般市民はいません。一般人であれば、とっくに避難しています」


 自分はただシルフの策を盲信するのではなく、ちゃんと撤退を進言すべきでした。


 それが出来なかった反省を生かして、今こそ自分の意見を述べねばならないのです。


「現状、市街地への脱出こそ、自分たちに残された唯一の退路です」

「……んー」




 そんな自分の強い提案により、ゴルスキィ小隊は前進する方針となりました。


 手薄になった砲兵陣地の防衛網を突破し、そのまま市街地へ駆け抜けていく作戦です。


「引くも無茶、攻めるも無茶。どうせ無茶をやるなら、とことん敵さんに嫌がらせしてやろう」

「どうせ俺たちはもう助からねぇんだ。付き合ってやろうじゃねぇの」


 どう考えても、1小隊でそれをやるのは無謀が過ぎました。


 受け入れてくれた仲間の大半は、「どうせ死ぬなら」というテンションだったと思われます。


 しかし無謀が過ぎるからこそ、敵の警戒も薄かったのでしょう。


 まさか前進してくるなんて、と裏をかけた面もあったと思います。


「あそこ、前に鉄条網が多いからか塹壕内が手薄になっています。小隊長殿の槍で道を開き、制圧してしまいましょう」

「うむ」


 そして、我らがゴルスキィ小隊長が全軍で屈指の突撃力を持っていたのも幸いでした。


 多少の鉄条網であれば、雷を纏った槍で切り裂いて進めるのです。


 誰よりも疾く敵陣に突っ込むその様は、いつかのガーバック小隊長の雄姿を思い出します。


「皆、覚悟を決めろ。吾とここで死ぬ覚悟を以て、敵に致命の一撃をくれてやろう」






「ここで散ることを誉れと思えェッ!!」


 前に出ると決めたが早いか、すぐさま自分達は最終ラインの塹壕に突撃しました。


 更に前進してくると思っていなかったのか、敵の反応はかなり鈍かったです。


 想像以上にスムーズに、塹壕の確保に成功しました。


「休むな、畳み掛ける! 砲兵陣地へ銃撃を開始しろ!」

「了解!」


 その先には土嚢が積まれているだけの、砲兵防衛陣地があるのみでした。


 とうとう自分達は、敵のむき出しの急所に王手をかけたのです。


「……あっち、あっちです。あっちが、安全です」

「ほう、成る程。確かに左側が脆そうである」

「じゃあ左に突っ込んじまうか! オースちゃん!」


 ゴルスキィ小隊の士気は上々でしたが、それは生き残るという気概ではなく、むしろ「死ぬ前にひと華咲かせてやろう」というテンションでした。


 彼らは何かを諦めた笑顔で、ワシャワシャと自分の頭を撫で始めました。


 またこういうペット扱いなんですね。人妻なのに。


「小隊長、右後ろのストーカーどもから鉛弾の差し入れです。俺達のファンですかね」

「ちっと撃ち返してやりませんか? ファンサービスしてやりましょうや」

「む」


 砲兵陣地の手前まで侵攻されて焦ったのか、慌てて敵は引き返し始めていました。


 そして自分達に対する攻撃も、苛烈さを増してきました。


「ゴルスキィさん。右後方からの銃撃は相手にせず、左に逃げて砲兵陣地を窺いましょう」

「逃げるのか」

「ええ、アレはかなりの手練れ部隊ですね。撃ち合ったら負けそうです」


 右後ろから攻撃してくる部隊は、非常に優秀と推測できました。


 自分達に安易な撤退を許さぬよう、牽制を的確なタイミングで行っていたからです。


 恐らくは、熟練の指揮官の部隊。まともに撃ち合ったら人数差で不利でしょう。


「でもよぉ、左に逃げてどうするんだ。そのうち行き止まるぞ」

「左前方の敵を、突破しようと思います。真正面の敵も、少し強そうです」


 自分たちの正面にいる敵の練度も、悪くなさそうでした。


 土嚢に隠れ均一に兵士を配置する、綺麗な布陣を敷いていました。


 まるで教本に載っている図のような、綺麗な陣形です。


 教科書通りの動きが出来るということは、きっと優秀な指揮官なのでしょう。


「……しかし左前方の部隊は、妙に動きが悪いので」


 しかしその隣接部隊、左前方の部隊の動きは非常に乱雑でした。


 銃声もまばらに散発してますし、兵士の配置も疎密があって不安定です。


 恐らく急造部隊か、指揮官の経験が浅いかどちらかでしょう。


「……あんなに頭を出して。実戦経験が、無いんでしょうね」


 しかもその部隊の指揮官は、ずっと自分達の位置を『土嚢から首を出しっぱなしで』確認していました。


 偵察鏡のようなモノを、使っている様子がありません。


 今まで、アレで命を落とさずに済んでいたのは実戦を経験してこなかったからでしょうね。


「……狙えますね。銃撃の許可を」

「構わん」


 ……3秒だけ、塹壕から頭を出しましょう。それだけ時間があれば────


「命中です。今、敵の小隊長と思しき兵士を撃ちました」 

「当てたのか」

「幸運でした」


 自分でも、その迂闊な敵の指揮官は撃ち抜けました。


 これでも、射撃はザーフクァさんにしごかれているのです。


 動かない的ならば、自分はそこそこの精度で狙えます。



「敵の指揮官を撃った、この混乱を逃すな! この陣地を越えたら市街地に逃げ込める、最後の頑張りだ」

「オオ!」


 指揮官を失った部隊は、統制を失い一気に弱体化します。


 練度が高ければすぐ指揮権を切り替えられるのですが、あの雑な動きの部隊が上手くできるとは思えません。


「砲兵陣地に突入する! 吾に続けぇ!!」

「オオオオォ!!!」


 案の定、その部隊は統制が取れなくなって混乱していました。


 その隙を逃すゴルスキィさんではなく、凄まじい勢いで土嚢に切り込んで敵兵士を惨殺しました。


「動きを止めるな、走り抜けろ! 撃たれた奴は置いていく、死にたくない奴は走れェェ!!」





 ゴルスキィ小隊は、その粗雑な部隊が壊滅した隙を突いて砲兵陣地を駆け抜けました。


 精鋭の中に連携の取れない部隊が1つ混ざっただけで、穴はこうも大きく広がるのです。


 ……そして砲兵陣地に突入さえできたなら、後はやりたい放題でした。


「砲兵を撃ち殺せ! 魔石の入った木箱も銃撃、あるいは爆破しろ!」

「了解です」


 魔砲兵は、銃器の扱いを得手としません。衛生兵が銃の訓練をしない様に、彼らも銃を学ばないのです。


 四方八方から飛び交う敵の銃弾は、時にゴルスキィ小隊の兵士を撃ち抜き、時に乱反射して味方の筈の兵士を傷つけました。


「……魔石を破壊するより、砲兵を撃つ方が効果的ですね」


 自分は目につく限りの砲兵を、撃って撃って撃ちまくりました。


 致命傷かどうかは気にしません。当たるだけで良しとしたのです。


「このまま市街地へ突っ込め!」

「はい」


 敵が貯蔵していた魔石の箱は、味方の手榴弾で爆散しました。


 砲兵を守るべく割って入ってきた防御部隊は、ゴルスキィさんの槍の錆になりました。



 この突撃における、自分の被弾は2発でした。そのうちの一発は斜め方向から、自分の頬を吹き飛ばしました。


 口腔内に血が垂れるので、すぐに治療許可を頂けました。顔面に被弾したのは初めてです。


 しかし、撃たれたのがほっぺで助かりました。もうちょっと角度が内側なら、眼や脳を撃ち抜かれていたでしょう。



 被弾が少なかったのもラッキーでした。


 必死に走り抜けたから、たった2発の被弾で済んだのです。


 少しでも止まったら、きっと囲まれて殺されていました。現に、滑って転んだ味方兵士は即座に蜂の巣になっていました。


 自分が生き残れたのは、本当に運が良かったからとしか言いようがありません。




 ゴルスキィ小隊が包囲されてから、砲兵陣地に突入し、市街地まで駆け抜ける間の戦闘時間は30分もありませんでした。


 ノロノロしていたら、きっと完全に退路を失って全滅していたでしょう。


 だからゴルスキィさんが果断即決で、自分の提案を受け入れて前進してくださったからこその成果です。


「……」


 そしてこの30分で、ゴルスキィ小隊の生存者の半分が死にました。


 5名の兵士が極寒の雪上に、鮮血を撒き散らして殉職しました。


 これは自分の無茶な提案が原因での、死亡です。


 単独小隊で敵の砲兵陣地を正面突破など、無謀が過ぎたのです。


 全員での生還など、元より不可能だったのでしょう。



 ……ですが。あのまま退いていたら全滅もあり得たと思います。


 なので。その5名の小隊メンバーを救う事は最初から不可能だったと、割りきらねばなりません。


 ラキャさんの時のように引き摺って、迷惑をかけるわけにはいかないのです。





「一旦、あの家に隠れよう。周囲に敵がいないうちに」

「了解です」


 砲兵陣地を走り抜けたあと、自分達は市街地へと攻め込みました。


 市街地まで来ると、迎撃してくる兵士の数はかなり減りました。


 哨戒部隊からの迎撃を受ける程度で、殆どはゴルスキィさんの威容を見て逃げ出していきました。


「ゴルスキィ小隊長ォ……、右目が見えねぇッス」

「手榴弾の爆風にやられたな。トウリ、治せるか」


 そして敵を撒いたタイミングで、自分達は民家に侵入し隠れることができました。


 まだ敵に囲まれている状況ですが、ようやく一息つけました。


「すみません。回復魔法では、眼は再生しません。……失明は治せないんです」

「だろうな」


 この間、兵士に目の医療依頼を受けました。しかし残念ながら、眼は【癒】を使っても回復しません。


 再生力が弱い臓器だから【癒】が効かないのだそうです。


「片目が見えねぇくらいなんだ。俺達ぁまだ生き残ってんだぞ、それだけで幸運だ」

「……違いねぇ」

「へへへ、まだまだ暴れ足りねぇよ。もっともっと奥へ突き進んでやる」


 そんな満身創痍の状態でしたが、ゴルスキィ小隊の面々は殺る気十分でした。


 ……これは、死を覚悟しているからこその高揚でしょう。


 兵士は死を覚悟した時、心が軽くなってテンションが高くなるみたいです。


「少し休んで、また暴れましょうや」

「うむ。……まさか、ここまで来れるとはな」


 ゴルスキィさん自身も、死を覚悟していたように思います。


 自分の「生き残るために」という説得など、誰も信じていなかったのでしょう。


 どうせ死ぬなら、最期のひと華。


 それは兵士として戦場に立つ者なら誰もが一度は妄想する、理想の死に様の1つでした。


 ただ何でもない普通の戦闘で死ぬより、命がけの特攻で劇的に死んだ方が格好いいと思っているのでしょう。



「いえ、ゴルスキィ小隊長。ここで戦闘を終了しましょう」

「お?」

「戦術目標は達成しました。そして、これ以上の前進は危険です」



 その主義思想はわからなくもありません。


 ですが自分は、まだそんな劇的な死に様を求めてなどいないのです。


「……じゃあ、今からどうする」

「待っていれば良いです。それで、きっと生還できます」

「待つ、って何をだ?」


 ここから先に進むことに、恐らく意味はありません。


 本当に、ただ劇的に死ぬことが出来るだけ。


 それは自分の望むところではありません。


「そりゃ、奇跡が起こるのを待つんです」

「おいおい」

「良いから信じて待ちましょう」


 自分達はやれるだけの事をやりました。


 敵の撹乱、砲兵陣地の破壊工作、そして中央の敵の撤退陽動。


 ここまで戦況が有利な状況になるようお膳立てされて、あの怪物がじっとしている訳がないのです。



「聞こえませんか。先程自分達が駆け抜けた陣地から響く、鬨の声が」



 今日の戦闘のどこまでが、彼女の想定通りだったのかはわかりません。


 少なくとも中央陣地を突破され、シルフ中隊が塹壕に取り残されたこと等は想定外だったと思います。


 自分達ゴルスキィ小隊以外の取り残された部隊は、ほぼ全滅してしまっていましたので。



「確かに、声が聞こえてくる」

「何だ? 戦場で何が起こっている?」



 一方で、万が一を考え色々と作戦を練っていたのもまた事実だと思います。


 彼女が作戦開始前に「砲兵陣地を目指せ」の命令を出したのは、きっと「万一の時は無理に撤退するより前に出てくれ」という今の自分達の行動を想定した上での命令だった気がします。


 その証拠に、シルフの命令通りに砲兵陣地を駆け抜けた自分達は、


「……味方だ。味方の部隊が、塹壕を突破して市街地になだれ込んできているぞ!」

「生き残れるんだ! 俺達、生き延びちまった!」


 自分達を追いかけるように攻勢に出たサバト軍により保護され、無事に生還を果たしたのでした。

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