第92話


 ────き、貴様が敵の衛生兵だったというなら話は別だ。尋問、そう敵の軍内部の情報を得るために尋問せねばなるまい!



 自分の喚きを聞いた後、少女指揮官シルフは銃口を離し、処刑を取りやめました。


 後でたっぷり尋問してやる、と言い残して。


「トゥーちゃん、この人たち、誰?」

「……大丈夫です、大丈夫ですよセド君」


 その後、自分は捕虜として捕縛されました。


 自分は後ろ手に手錠を嵌められ、柱に括り付けられて、檻に入れられました。


 これは罪人用の収容設備でしょうか。所々錆びている、旧い鉄製の檻でした。


「トゥーちゃん、それ痛くない?」

「自分はへっちゃらです」


 セドル君も拘束こそされていませんが、自分と同じ檻に収監されていました。


 彼は柱に縛り付けられた自分を、足元から不安げに見上げていました。


「パパは、ママは、まだ?」

「まだ、みたいですね……」


 檻は複数人用なのか、それなりの広さがありました。


 柱も、数本おっ建てられています。


「……」


 ……もしかして、捕まった敵の賊もこの檻に入ってくるのでしょうか。


 だとすれば、セドル君が心配です。







 その後サバト軍は、イリゴルの案内の下、オセロ村に進軍していきました。


 この軍の規模ならば、賊はすぐさま制圧される事でしょう。


 ……自分の知り合いが心配です。アニータさんは無事でしょうか。


 ゴルスキィさんは、……大丈夫でしょうけど。


「おい、オース人」

「はい、自分ですか」


 檻の中でオセロ村民の無事を案じていると、残って自分を見張っている兵士の一人が声をかけてきました。


 何故か、金属製の棒を持って。


「オース人が何故、村にいた?」

「先程もお伝えした通り、北部決戦の折に川に飛び込み、救助されました」

「本当の事を言え。俺は尋問官のソーニャだ。嘘なんざ簡単に見抜ける」


 その棒を持った男は、尋問官を名乗りました。


 そう言えば、敵指揮官は自分を尋問をすると言っていました。


 どうやらオセロ村の攻略に平行して、自分の尋問を行うようです。


「どれだけ対尋問訓練を受けても、人は嘘を吐いた時に必ず何らかのサインが出る。今の貴様のようにな」

「嘘など、ついていません」

「北部決戦後の、我々の動向を探ろうと諜報に来たのだろう? ほら随分と、脈が速くなってきているぞ」


 そりゃあ、さっき何度か出血したんですから脈くらい速くなるでしょう。


 【癒】で治療したから動けてるだけで、自分はそこそこ重傷です。


 自分の服は血塗れなので、それくらい分かりそうなものですが。


「次に嘘を吐いたら、お仕置きだ。……さて、改めて聞くぞオース人。貴様は何故、あの村にいた?」

「……北部決戦の折に、救助されました」

「良い度胸だ!」


 尋問官は激高した声をあげ、ウオオォと怒鳴って自分の身体を殴打しました。


 自分は嘘なんかついてないんですが、認めてくれる素振りはありません。


 どうしたものでしょうか。スパイですと言えば殺されますし。


「嘘はついていません、どうか」

「正直に話せば何もしないって言ってんだよ!」

「トゥーちゃん、トゥーちゃん!!」

「あの、セド君が怖がっているので、自分を尋問するなら彼の見えないところでやってくれませんか」

「舐めやがって!」


 これは……、どうしようもなさそうですね。


 暫く無抵抗に、いたぶられるとしましょう。


 加減を間違え、殺されない事を祈るのみです。


「仲間との連絡手段はどうしている! 吐け、吐かないとこのまま殺すぞ!」

「……」


 ただこの人、割と加減を知らないっぽいです。


 今、お腹で何かが破裂した感じがしました。……放っておかれると死にますね、自分。


「いつまでも下らない意地を張らないことだ! 貴様の嘘など、こちらは全部お見通しだ!」











「アホかァ!!」


 ふと意識が戻ると、自分は誰かに治療を受けていました。


 目の前で妙齢で短髪の、真面目そうな女軍人さんが【癒】を行使してくれていました。


 先ほど、イリゴルを治療した衛生兵の人でしょうか。


「軍内部の情報を得るための尋問だ! スパイと決めつけてかかってどうするこのタコ!」

「で、ですがコイツ、間違いなくスパイで」

「この女は敵の衛生兵であるところまでは認めていただろう! 敵衛生兵なら知っているであろう、敵軍内部の情報を聞き出しながら、その発言に矛盾があれば突いて行くんだ。殴るだけなら猿でもできるわ大間抜け!!」


 そんな自分の近くでは、誰かが大声で怒鳴り声をあげていました。


 とても神経質そうな、ヒステリックな声で。


「そもそも、私は尋問しろなんて命令していないだろう!! 自ら聞き出すつもりだったのに!」

「ですが前は、命令されずとも自分で考えて行動しろと言ったじゃないですか」

「職務の実行は、上官命令を待てドアホ! 前のは、命令がなくとも掃除くらいしろと言っただけで────」


 キンキンと煩い声に頭痛を覚えながらも、自分はゆっくり頭を上げました。


 声の方を見ると、憤怒と呆れに顔を歪めた少女が、尋問官をゲシゲシ蹴っていました。


「そもそも尋問官が、捕虜を殺しかける時点で職務すら全うできていない! この無能、カス、毛の虫ダンゴ!」

「す、すみません」

「もういい、貴様には今後二度と尋問を任せる事は無いと思え。失せろ!」


 その激昂している少女を改めて見ると、不思議で神秘的な雰囲気の娘だと感じました。


 絹のような白い肌で、銀色に輝く長髪を靡かせた、蒼い目ライトブルーの少女でした。


 しかしその眼は氷のように冷たく、生気を全く感じません。


「……起きたか、オース人」

「はい、意識は戻りました」

「後で私自ら尋問を行う。しばし檻に放り込んでおけ」

「分かりました」


 シルフは自分を一瞥した後、フンと鼻息荒く背を向けました。


 その言葉を受け彼女の部下が自分を再び縛り、柱にくくりつけます。


 ただ心なしか、さっきより紐が緩めな気がしました。


「ああ、そうだ。そこのアホも、罰として檻に放り込んで括り付けておけ」

「了解です」

「……本当に部下に恵まれない。私の意を汲み取って、背中を任せられる奴がどうして出てこない」


 ついでに尋問官の人も、自分と同じスタイルで柱に括り付けられました。


 まぁ、確かに下手な尋問でしたし仕方ないでしょう。


 情報を吐かせたいならもうちょっと上手いやり方がある筈です。


「あ、その子供にはちゃんとした食事を出してやれ。栄養が必要な年齢だ」


 少女指揮官シルフはそう言い残し、プリプリ怒って歩き去って行きました。


 部下達もそれぞれ、持ち場に戻っていきます。


 後その場には、シルフの大声に怯え隠れているセドル君と、不満そうに拘束された尋問官。そして、全身痣だらけの自分だけが残されました。






「トゥーちゃん、あーん」

「どうも」


 名目上は、自分と尋問官は食事抜きだったらしいです。


 自分は尋問中の捕虜だからで、尋問官は罰則という意味で。


 ですが、セドル君に出された食事が4歳児が食べる量ではありませんでした。


 普通に成人一食分くらい、出してもらっていました。


「おいしい?」

「ええ、おいしいです」


 ……これは、物凄く迂遠にですが自分の分の食事も用意して貰えたのでしょうか。


 さっきからセドル君が自分の口に食事を運んでいますけど、見張りの人は何も言ってきませんし。


「あ、こぼしちゃった。トゥーちゃん、ごめんなさい」

「構いませんよセド君」

「拭いてあげるー」

「ありがとうございます」


 ただ、セドル君が若干不器用なせいで自分の服がドロドロになっていますけど。


 スープを掬って自分の口に運ぶ過程で、何度もひっかけられました。


 まぁ、この服は血塗れですし、捨てる予定でしたので問題はありません。







「おい、オース人。シルフ様がお呼びだ、出ろ」

「はい」


 食事を終えて一息つくと、自分は先程の少女に呼び出されました。


 この時初めて、自分は彼女の名────シルフ・ノーヴァという名を知りました。


「シルフ様は参謀大尉で、本中隊の指揮官である。不遜を働けば、即射殺されると思え」

「……はい」


 セドル君は檻の中に残るように言われ、わんわん泣いていました。


 心は痛みますが、自分の尋問に巻き込まずにすんで少しホッとしました。


 最悪、射殺されますし。


「中に入れ。……余計なそぶりを見せたら、即座に撃つから注意しろ」

「分かりました」


 自分は兵士に連行されたまま、大きなテントに案内されました。


 どうやら、この中にシルフがいるようです。



 ……先程の氷のような目。そこからあまり感情は読み取れませんでしたが、おそらく相当に恐ろしい人物であることが予想されます。


 なるべく、刺激をしないよう気を引き締めてかからねばなりません。


「失礼します、シルフ参謀大尉殿。オース人を連行して参りました」

「うわあああ! ちょ、今は入ってくるなバカ!」

「はい?」


 自分を連行してきた兵士が、真剣な表情でそのテントの幕を上げると、



「おお、貴様も無事だったか」

「早く降ろせ、この筋肉馬鹿!」



 何故かゴルスキィさんが、シルフを肩車して遊んでいました。





「ぜー、ぜー……。良いかゴルスキィ、貴様を呼んだのはその娘が真に村人かと確認するためだ。私で遊ぶなドアホ!」

「久しぶりに会えて光栄である。美人になったなシルフ」

「やかましい!」


 想像以上にほのぼのした風景が広がっていたので、自分も兵士も目が点になっていました。


 どうやらこの二人は、お知り合いだったみたいです。


「吾は彼女の父ブルスタフ氏と懇意でな。幼少期にシルフと会った事があるのだ」

「成程」

「今は私の方が階級上なんだぞゴルスキィ! 不敬とは思わんのか!」

「吾は今、一般人である。階級を持ち出すなど無粋であろう?」

「そうだったなチクショウ!」


 初対面の印象に反して、シルフは随分と愉快な性格をしていました。


 彼女は神経質で怒りっぽいみたいですが、その反面弄られキャラでもあるみたいです。


「……で? その女は確かにオセロで暮らしていたんだな、ゴルスキィ?」

「無論。吾と共にヴァーニャを浴びた間柄である」

「オース人の癖にかなり馴染んでるな!」


 そう言えば、ゴルスキィさんとも一緒にヴァーニャしましたね。


「吾の主観で話すが、彼女は諜者ではなかろう。少なくとも数か月彼女と暮らして、一度も不審感を覚えなんだ」

「それがどれだけ当てになるか分からんが」

「彼女は嘘を吐けぬ性質よ。聞きたい事があれば、何でも聞いてやると良い」

「まぁ、言われずとも聞くわ」


 シルフはゴルスキィさんの脛を蹴った後、ドスンと丸テーブルに着席しました。


 そしてトクトクと、何やら液体をカップに注いで置きます。


 匂い的に……ヴォック酒でしょうか。


「おい、オース人。テーブルにつけ」

「……了解しました」

「一緒に檻に放り込んだ子供は、貴様に食事を分け与えたらしいな? よく懐かれてるみたいじゃないか」


 そしてシルフは、グビリと一杯の酒を飲み干した後。


 品定めでもするかのような顔で自分の目を見つめ、


「普段の自分の行いに感謝しておけ。……子供は悪意に敏感だ、貴様はそれなりに信用を得ていたのだろう」

「……どうも」


 そう言ってニヤリと笑いました。


 ……なるほど、あの多すぎるセド君の食事は自分の人格テストだったんですか。


「さて、と。貴様は北部戦線で衛生兵をしていて、我々の襲撃を受け川に身を投げたと言ったな」

「はい」

「ならば、知っているはずだ。ヴェルディというオースティンの参謀大尉について。どんな小さな情報でも良いから、聞かせてもらおうか」

「……ヴェルディ、さんの?」

「ああ」


 そう、問いました。


「奴こそが私の、宿敵なのだ」








 ここで自分は、シルフが今まで経験した大まかな作戦を聞かされました。


 彼女は東西戦争で、参謀や指揮官として様々な戦いに参加したそうです。


「私は北部決戦で、ヴェルディの指揮する後方陣地を奇襲した」

「……っ!」


 シルフが我々を奇襲した指揮官であると聞いた時は、怒りで頭が沸騰しかけました。


 目の前の女が、ロドリー君の仇なのです。


 それと同時に彼女の額を見て、「そういや敵将の額を狙撃したっけ」と思い出して冷や汗をかきました。


 彼女の額にはガッツリ痕が残っています。バレたら絶対に殺されるでしょう。


 そのお陰で、怒りに飲まれず冷静さを保てました。


「ヴェルディ・マジックの種が知りたい。あいつは何をどうして、我々から逃げおおせたのか」

「……はあ」


 どうやら北部決戦以後、ヴェルディさんは魔法使いと称されて時の人になっているようです。


 というのもノエル村周囲の夜間進軍や、北部決戦での撤退劇は全て「ヴェルディの魔法」として、あるお方が宣伝しまくったそうで。


 ベルンとヴェルディの2大名将によりオースティンは奇跡の逆転勝利をあげ、今もなおフラメール相手に互角以上に立ちまわっているのだとか。


「実は、自分は新兵の頃からヴェルディさんと同じ小隊に所属していました」

「お、本当か! 詳しく聞かせろ、奴はどんな男なのだ」

「えーっと、その、優しい人です」


 ヴェルディさんはベルンと双璧を成す天才として、その名をサバトまで轟かせていました。


 なのでシルフも、ヴェルディさんのせいで自らの策が破られたことを知っていたのです。


「優しくて、前線ではちょっとだけボンヤリしてる雰囲気でした。でも、指揮官としては物凄く優秀でした」

「ほうほう、典型的な参謀タイプだな。考えている事が多すぎて、前線じゃ咄嗟に動けないタイプだ」

「ああ、成程」


 前線のヴェルディさんはボーとしているんじゃなくて、考え事が多すぎて処理が遅かったんですね。


 言われてみれば、士官学校でも頭の良さはピカイチと聞いていました。


「オースティン1の傑物は、そのヴェルディと言う男だ。他に何か、奴の弱点みたいなモノは無いか」

「自分の印象では、底の知れなさではベルン・ヴァロウの方が上でしたけど。彼からは底冷えする様な邪悪を感じました」

「あ? ベルンって北部決戦の指揮をした男だろう? あっちは大したことは無い、小物だ」

「え」


 自分の中で、ヴェルディさんは凄まじく優秀な人ですが「怪物」ベルン・ヴァロウには及ばないと考えていました。


 しかし、サバト側から見た印象は違うみたいで、


「父上が私の策を却下したからやられただけ。私が全権を握っていたら、普通に戦力差で勝るサバトが勝っていただろう」

「……」

「正直、ベルンの手は見え透いていた。まんまと嵌る前に軌道を修正するよう、私は何度も進言した。……その結末が、アレだ」


 シルフ・ノーヴァはヴェルディさんの方をこそ、高く評価していたみたいです。


「オースティンに生まれてベルンの真似ごとをしろと言われたら、私は多分できる」

「それは」

「ただヴェルディの真似だけは無理だ。どんな度胸があれば、あんなか細い撤退路を見出せるというんだ。真の怪物は、ベルンではなくヴェルディだよ」


 まぁ確かに、鉄火場のヴェルディさんの指示の的確さは凄まじいですけど。


 ……あの撤退に関しては、何と言うか他に・・方法・・が無・・かった・・・ので、ラッキーパンチなんですけどね。


「ああ、ヤツの作戦指示の内容についても聞かせてくれ。北部決戦の折、彼にどんな根拠があって数百人で私の陣地に突撃してきたのか。他にはどんな指示を出していたか」

「あー」


 まぁ、そんなに大した話ではありませんので白状してしまいましょう。


 真相を聞けば破れかぶれのヤケクソ作戦なので、シルフも呆れてしまうと思いますが。


「その件は、自分の提案です」

「……あ?」


 自分の返答を聞いたシルフは、呆けた声を出しました。

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