第88話


 この時、オセロ村を略奪に来ていた賊は総勢50人ほどでした。


 彼ら賊の正体は、実はもともと近隣に住む農民だったそうです。


 彼等も略奪の被害者で、全てを失い困っていた時に「レミさんの思想」に出会ってしまったのだとか。


「ああ、何て素晴らしい考え方だ」

「自分達も、労働者議会に賛同しよう」


 明日の食い物にも困っている中で、略奪が正当化されるような思想に出会ったら飛び付いてしまうのも無理ないでしょう。


 自分達は奪われた側だ、奪い返して何が悪いという感情もあったと思われます。


 彼らは周囲の村を略奪し財産を集め、それを手土産に「労働者議会」の傘下に入るつもりだったようです。



 しかし彼らがいくら資金をかき集めても、レミさんに歓迎される事はなかったでしょう。


 何故なら「労働者議会」の支持母体は一般市民であり、掲げている公約は「平和」だからです。


 略奪に走った賊を受け入れてしまえば、レミさんは民衆の支持を失ってしまうでしょう。


 もし彼らがレミさんに出会えても、すぐ処刑されるだけです。



 賊に襲われ、賊に身を落とし、討伐される運命にある哀れな元村民。


 彼らもまた、荒れ狂う時代の被害者だったと言えるかもしれません。


 この時代、彼らのような賊は各地で大量に発生していました。


 政府が力を失いすぎたため、略奪への抑止力である軍がまともに機能していなかったからです。



 それを顕著に表していたのが、闇市の存在でした。


 実は当時、サバト小銃は闇市でかなり安価に入手することが出来ました。


 それは北部決戦の際、脱走兵の多くが倉庫から武器を持ち逃げし、生活のために売りさばいていたからです。


 窃盗された銃火器はそこら中に出回り、一時的に供給過多になっていました。



 そんな不埒な真似をした脱走兵が、軍に戻ることなど出来ません。


 脱走兵は各地に湧いていた盗賊に取り込まれ、傭兵として生活していました。


 オセロ村を襲っていた賊の一部が軍人くずれだったのには、そんなからくりが有ったのです。



「情けねぇ話だ。民草を守るために戦うべき軍人が」

「同感です」



 盗賊達にも全く同情できないわけではありません。


 「野垂れ死ぬ」か「盗賊になる」かを選べと言われ、死を選ぶ人は少ないでしょう。


 祖国の為、なんてお題目を用意されてしまえばなおさらです。


「銃を手に取った者が、私利私欲に走るなんて絶対にいけない事です」

「はっ、オース豚が何をいい子ぶってやがる」


 しかし、だからと言って彼らを許すわけにはいきません。


 彼らは自分達の村を襲い、命を奪いました。


 ならば、殺されても自業自得と納得して頂かねばなりません。


「知りませんでしたか? オースティン兵士は清廉潔白で品行方正なんです」

「笑えねぇ冗談はやめろ」



 このイリゴルも退職金の一部を使って、闇で売られていた小銃を1丁購入していたようです。


 ただ彼は、別に悪だくみをしていた訳ではなく、単に銃が近くにないと眠れなかったからだそうです。


 元兵士の悲しい性ということでしょう。


「奴らに比べれば、殆どの軍が清廉潔白だ」





 自分達はしばらく下水を移動し、外の様子を窺い続けました。


「……」


 隠れて移動はしていますけど、敵に自分達が潜んでいる大まかな場所はバレていると思われます。


 ですが、敵が此方に詰めてくる気配がありませんね。


 遠巻きに、こちらの様子を見ているだけっぽいです。


「敵は動かないか」

「そのようです」


 向こうも、我々を警戒しているのでしょう。


 下手に突っ込んで殺されるよりは、見張っておくだけの方が安全という判断ですかね。


「イリゴルさん。どうして、自分を助けてくれたのですか」

「……姉が撃たれたんだ。お前に治療を頼みたい」

「なんと」


 下水に潜みながら、自分はイリゴルさんの事情を聴きました。


 ……自分とイリゴルはお世辞にも仲良くありません。むしろ、険悪といえる関係でした。


 そんな彼が、危険を冒してまで自分を助けてくれる理由が分かりませんでしたが……。


 どうやら、治療してほしい家族がいるみたいですね。


「姉が助かったら、お前らの脱出も手伝ってやる。どうだ?」

「自分は、治療を求められて断るような真似はしません」

「そうか」


 聞けばイリゴルの姉は未婚の若い女性で、色欲に目がくらんだ賊に暴行されかけたそうです。


 結婚を控えていた姉は激しく抵抗し、撃たれてしまったのだとか。


「姉に銃を向けた瞬間、飛び掛かったが間に合わなかった。隙を突いて賊は殺せたが」

「……お姉さんの状況は?」

「真っ青で、息も弱くなってた。……あのままじゃ、きっと死んじまう。それで、何とか癒者を連れてこようと俺だけ家を飛び出したんだ」

「なるほど」


 イリゴルが自分を助けるなど妙だと思いましたが、そんな事情があったのですね。


 嫌いなオースティン人を助けたのは、その姉の為なのでしょう。


「まずは俺の家に来て姉を治療してくれ、道は俺が切り開く」

「分かりました」

「ヘマして死ぬんじゃねーぞ」


 イリゴルはギョロギョロと、隻眼を動かし周囲を見渡しました。


 セドル君は先程からずっとグズっているので、抱きしめて落ち着かせ、もう少しだけ静かにしてくださいとお願いします。


「こっちだ」

「はい」


 イリゴルは手招きして、自分とセドル君に追従するよう指示をしました。


 彼の家は、西の方にあるみたいです。しかし、そちらは……。


「下水から頭を出すな、ここを真っすぐ突っ切るぞ」


 ……敵が、高所からこちらを窺っていますね。


 敵の射線のど真ん中を、イリゴルは突っ切ろうとしていました。


「見える範囲に敵は居ねぇが、家の陰に隠れてる可能性がある。慎重に進むぞ」

「いえ、イリゴルさん。賊の一人がこの先の民家に入っており、まだ出てきていません。どうやら2階の窓越しに、こちらを警戒しているようです」

「……何ぃ?」


 自分の報告を聞いて、イリゴルはビタリと足を止めました。


 彼は片目を失っているせいで、死角になって見えなかったのでしょうか。


 自分は治癒をしながら、周囲の警戒を続けていたのでその賊の動きが見えていました。


「11時方向の民家に一人。真正面から遠巻きに自分たちを警戒している賊が2人。自分たちがその道を直進したら、この3人が妨害してくると予想されます」

「……11時、民家。む、マジでこっち見てやがる」

「少し遠回りですが、南回りのルートを使えば敵の射線を切って移動できます。いかがでしょう」

「分かった。それでいい」


 イリゴルは少しムっとした顔で、自分の提案を受け入れてくれました。


 ……オースティン人である自分に作戦の主導権を握られたのが、気に入らないのでしょうか。


「……俺ぁこの目だ。以前ほどの視野はねぇ、気づいたことが有ったらまた教えてくれ」

「分かりました。自分は偵察兵としての訓練も受けています、お任せください」


 片目になると視野は想像以上に狭くなります。


 盲点と呼ばれる死角が出来てしまう上に、遠近感覚が全く掴めません。


 イリゴルも負傷前ならば十分な索敵能力を発揮できたでしょうが、現状彼に索敵を任せるのは少し酷でしょう。


「あ? お前、衛生兵じゃなかったのかよ」

「その認識で正しいですよ。ただし、突撃部隊所属の衛生兵でした」


 自分が偵察兵だったという話を聞いて、イリゴルは微妙な顔をしました。


 正確には偵察兵ではなく、偵察兵の訓練を受けた衛生兵として運用されていた感じですけど。


「西部戦線では銃弾に怯えながら、塹壕間を走っていました。周囲の警戒を怠れば死ぬので、偵察訓練も受けさせられました」

「……衛生兵が突撃部隊に交じってたのか? オース軍の考えることはよくわからんな」


 ええ、自分も正直よくわかりません。


「【盾】を使ってたように見えたが、あれは見間違いじゃなかったんだな」

「最前線を突っ走るなら習得は必須だと、当時の上司に仕込まれました」

「……確かに必須だわな」


 イリゴルは自分の話を聞いて、少し考えこみました。


 そして躊躇った後、


「よし、お前が先行しろ。俺が後ろから援護する」

「……自分は、セドル君を背負ってるんですが」

「だったら、お前が安全なルートを選択しろ。俺は銃を撃つ仕事がある、ガキは背負えん」


 自分が矢面に立つよう、指示を出しました。




 実際、それは正しい陣形と言えました。


 彼は突撃兵上がりで、銃の扱いもうまく、格闘戦にも精通していました。


 しかし隻眼になってから、偵察の精度は落ちてしまっています。


 直接戦闘では自分を大きく上回っていますが、その他の仕事はあまりこなせないでしょう。



 一方自分は戦闘力こそ貧弱ですが、偵察、防御を最低限こなせます。


 というか戦場では、【盾】持ち兵士が先行するのが常識です。


 危険度の高い場所への突撃制圧は彼に任せ、偵察は自分が担当する方が、よほど効率的です。


「自分の【盾】はさほど練度も高くないので、あまり過信しないでくださいね」

「最初から期待していない。あんなもん、殆どの兵士にとっては気休めだ」


 そんな訳で自分は、イリゴルさんの家までの大まかな進軍ルートを話し合いました。


 距離は此処から300mほど、下水を伝えばそれなりに彼の家に近付けるみたいです。


 ただし自分の索敵で適宜、ルートは調整する方針です。


「トゥーちゃぁん……」

「……セドル君」


 責任は重大です。


 もし自分が敵を見落とせば、セドル君まで殺されてしまうでしょう。


 ……。


「……では、南からのルートで。セドル君、またしばらくお口にチャックですよ」

「う、うん」

「大丈夫です、安心してください」


 それを自覚した時、ドンドンと感情が冷えていく感じがしました。


 ヘマをやって死ぬのが自分だけなら、ここまで気負いはしなかったでしょう。


「……」


 自分の背中には、怖くて震えながら4歳の男の子がしがみついています。


 彼は自分の恩人の一人息子で、この数か月ずっと共に過ごした平和の象徴でした。

 

 ……こんな幼い子を殺そうとする、略奪犯の好きにさせて良いのでしょうか?



 ────3人組の、脱出ミッション。1人は完全な初心者で、何の戦力にもならない状況。


 これはゲームではない。撃たれたら死ぬし、爆風がかすっただけで行動不能にされる、本物の戦場。


 だけど、自分がやるべきことは何も変わらない。



「……はははっ」

「あ?」



 今、自分は弾を持ってません。しかし、武器がないなら拾えばいい。それが基本。


 幸いにも、この戦場フィールドには銃が山ほど存在しています。


「イリゴル、南方向の民家から賊が二人出てきています。一人は酒樽を、もう一人は革袋を持ってます」

「ああ、いるな。確認した」


 ああ、愚かな賊がいますね。略奪の帰りでしょうか。


 酒樽を背負うため、無防備に銃を構えず歩いている敵がいるではありませんか。


「あと10メートルほど進めば、彼等は自分たちのすぐ傍を通ります」

「……」

「我々に背を向けた瞬間、どちらかを撃ち殺してください。自分が突撃してもう一人を制圧しますので、援護をお願いします」

「おい、そんな危険を冒す必要がどこにある。まずは隠れて俺の家まで────」


 少し焦った顔をしているイリゴルを手で制し、自分は静かに下水を屈んで進みました。


 隠れたままイリゴルの家にたどり着けても、包囲され家に火を放たれれば終わりです。


 その状態で強行突破するには、武器がどうしても必要になってきます。


「お姉さんを治療した後の事を考えると、銃は必須です。家に立て籠もっても、放火されるのがオチです」

「だとしても、お前の体格で突撃するのは無茶だ」

「では自分に銃を預け、イリゴルさんが突っ込んでいただけますか。自分をご信用頂けるなら、それが最善です」

「……」

「自分は射撃訓練も積んでいます、至近距離なら外すことは無いと断言します」

「あーっ、もう」


 自分の頑なな態度を見てイリゴルは眉をひくひくと動かした後。


 彼は叩きつけるように、自分へ持っていた銃を突き出しました。


「分かった、俺が突撃してやる。その代わり絶対に外すなよ」

「ええ」

「おとなしそうな雰囲気してとんでもねぇガキだ、畜生」


 残弾を確認。……残り、2発ですか。これだけあれば、十分でしょう。


 自分が敵の片方を射殺、その混乱を突いてイリゴルがもう一人を縊り殺す。


 これで銃を2丁ゲットです。


「銃を撃った後は急いで移動するぞ、流石に敵が集まってくるはずだ」

「勿論」


 その後の敵の動きの予測は、もう済んでいます。


 下水に潜む我々が賊を奇襲し始めたら、流石に敵も詰めて来るに違いありません。


「自分が発砲した後の、敵の動きは……」


 流石の敵も、大通りをまっすぐ走って近づいては来ないでしょう。


 おそらく遮蔽物の多い裏路を使って、先回りするように詰めてくると思われます。


 であれば銃を奪った後、移動して裏路で待ち伏せしてあげてるのが良さそうです。


「賊二人の殺害後は、下水を上がって14時方向の裏路に潜みましょう。そこで敵を待ち伏せして撃破すれば、後はまっすぐイリゴルさんの家まで走りましょう」

「……あ? 何で裏路?」

「そこに敵が来るからです」


 ああ、今日はどうやら調子が良い日っぽいですね。


 自分でも恐ろしく感じるほど視野が広く、手に取るように敵の動きも予測できています。


 前世でも年に数度だけ、このように妙に頭が冴えている日がありました。


「お前、何を言ってるんだ? 敵の動きを読めるのか?」

「いえ、まぁ、そんな気がしているだけです」

「本当かよ」


 こういう場合の自分は、大体百発百中で狙い通りの展開に持っていけます。


 FPS仲間の間では神ゾーンに入ったとか、そんな言われ方をしていました。


 ……まぁ、だからと言って何もかもうまくいくとは限らないんですが。


 いえ、むしろ────



「……よりによって、今日なんですね」

「あ?」



 昔から自分に、一つのジンクスがありました。


 それは、今のような滅茶苦茶に「調子が良い」日のジンクスです。


 これは本当に、何故なのか分かりませんが────



「そうだ、イリゴルさん。自分に万一のことがあれば、セドル君をどうかお願いしますね」

「……?」



 調子が良い日に限って、自分はいつも不運な大敗北を喫するのです。


 勝利寸前に回線が乱れて切断失格になったり、見たこともないバグが発生して即死したり、親が急病で倒れ大会どころじゃなくなったり。


 前世で自分がゾーンに入った日は、例外なく神様からの「調子に乗るな」という警告のような不幸が訪れました。


 ……つまりこれは、自分にとってはあまり嬉しくない頭の冴えなのです。


「5秒後、接敵します。突撃はお任せします」

「ああ」


 言い知れぬ嫌な予感を感じつつ、自分は作戦通りに無防備な敵へ照準を合わせました。


 手振れがほとんどない。今まで経験したことがないほど、敵を狙いやすい。


 間違いなく今、自分はゾーンに入っています。


 ……できれば、セドル君を脱出させられるくらいまでは不幸に待ってもらいたいものです。

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