第44話

 新人兵士は入隊した後、士官学校内で研修を受けます。


 軍規の解説から始まり、軍事行動における命令系統の重要性や、賞与や手当などの話、軍規や装備の取り扱いについてなどを、講義形式でお堅い服装の人が長々と話し続けます。


 そして最後に、いざ戦場に行ったらどんな日々を過ごすのか、退役軍人から実体験を交えて具体的な話を聞かされます。


 身動き一つできない退屈な時間が続きますが、寝たら木刀でしばかれるので我慢して聞き続けねばなりません。新米兵士、最初の試練です。


 それらの研修は士官学校の教員によって行われますので、自分達は直接関わらないのですが……。



「つまりだ、新兵。お前たちに脳味噌はいらんのだ。お前たちがすべき事は、全て俺が決めさせてもらう。お前らは俺が許可を出すまで何もしてはいかん!」

「はい、アレン小隊長殿!」



 戦争の実体験については、現役軍人の方が詳しくお話しすることが出来るでしょう。


 そして自分達は今、運よく士官学校に駐屯しています。


 と言うわけで、新米への研修の一環と自分達との顔見せを兼ねて、各小隊長が編入予定の兵士を集めブリーフィングが開催されました。


「そこの、お前! 名前と階級を言ってみろ!」

「レータ2等歩兵であります、アレン小隊長殿」

「よろしい。お前はどうして、この先行軍に志願した?」

「兄をサバト兵に殺されたので、敵討ちがしたくて先行部隊に志願しました」

「そうか、大いに結構! 俺の指示に従いさえすれば、お前は本懐を遂げるだろう」

「よろしくお願いします」


 各小隊の長は、良い感じに訓示を行っていました。


 緊張しながら名乗りをあげる新兵達の姿は、半年前の自分達を見ているようでした。


 自分がガーバック小隊長の前で、回復魔法を使えない旨を説明してぶん殴られた事は記憶に新しいです。



「……」



 さて。それで、自分の……。


 15歳の小娘により統括される「トウリ衛生小隊」のメンバーはと言いますと。


「やー、その、な? あの時は、その、本当に反省してるんだ」

「……反省等は必要はない。出来れば2度と貴方の顔を見たくなかった、ただそれだけ」


 ケイルさんと看護兵の一人に、深い因縁が有ったようで。


 召集早々、物凄く悪い空気が流れてしまっていたのでした。


「あの、お二人は知り合いだったのですか」

「……親しい間柄ではないわ」

「ま、まー、この辺にしとこうエルマ。後で幾らでも文句は聞くから」

「……お断りよ、どうして貴方と会話なんてしないといけないの」

「君の言いたいことは分かる。もう、あの時の事は全面的に俺が悪い。すまなかった」


 取り敢えずメンバーが集まって、点呼を終えた後。


 看護兵のエルマさん────小隊の看護長を任せる予定の方と、ケイルさんがバチバチに口論を始めてしまったのです。


 正確には、ケイルさんが顔を青くして平謝りし、エルマさんがそれを氷のような目付きで追及している形です。


「……」


 取り敢えず、自分も他の小隊長の様に訓示を行いたいのですが……。


 この空気、どうしたものでしょうか。


 ラキャさんやアルノマさんは、居心地悪そうに目を背けてます。


 エルマさんの部下である看護兵達も、同じような反応です。


 そうですよね。自分が何とかしないとダメな感じですよね、これ。


「こほん。そろそろ自分が話してもよろしいでしょうか」

「あ、ああ。そうだな、リトルボス。ほら、小隊長の言葉は大事だし、少し落ち着こうかエルマ」

「……分かった。いえ、分かりました」


 自分は恐る恐る、二人の口論に割って入りました。


 何があったか、なんて詳しく問い詰めるつもりはありません。やぶ蛇になるだけです。


 今は二人のトラブルについて、全力で放置します。


「自分は、ここにいる皆様の指揮権を預かる事になりました、トウリ・ノエル衛生兵長になります。どうぞお見知りおきください」

「……」

「あ、上官が何か発言した場合、返事は必須です。今の場合ですと大きな声で『ハイ、小隊長殿』と返事してください」

「「ハイ、小隊長殿!」」

「はい、良い感じです」


 空気が凍っていたからか誰からも返事がなかったため、やんわりと注意します。


 間違っても「貴様ら、返事も出来ねぇのか!」とブン殴ったりはしません。


 自分は人望のある小隊長を目指すのです。


「おそらく皆さまは、小隊長である自分の容姿を見て少なからず驚かれたと思います。こんな子供が小隊長だなんて、と頼りなく感じられたかもしれません」

「「ハイ、小隊長殿!」」


 ……肯定されてしまいました。


 まぁ実際、頼りないと思われてるのでしょうけど。


「しかし、自分は貴方達よりほんの半年だけ、長く軍に居ます。しかしこの半年という年月は、貴殿方が考えているよりずっと重たいです」

「「……」」

「突撃兵は、着任から半年で約8割の新米が死ぬと言われています。自分は幸運にも半年ほど突撃部隊に所属し、その8割に入らずにすんだ実績があります。それを評価されたからこそ、この場で最年少であろう自分が指揮官に指名されたのです」


 まぁ、半年間生き延びたと言ってもシルフ攻勢前は殆んど交戦してませんでしたが。


 頼りないという印象を持たれたままですと、いざという時に命令を聞いてもらえない可能性があります。


 ここはある程度、威厳とまではいかずとも「従っておいた方が良いな」と思わせる必要があるでしょう。


「自分は皆さんに、勇敢に戦って敵を殺せと言うつもりは有りません。ただ、生き延びることに全力を出していただければそれで構いません」


 衛生小隊のメンバーは、基本的に戦闘に参加しません。


 ですが、だからと言って常に安全な場所に居られると思えば大間違いです。


「はっきり言いましょう。この先、皆さんには何度も死線をくぐってもらう事があると思います。絶対に安全が保障された戦場なんて、この世に存在しません」

「「……」」

「自分は、生き延びる事が得意です。マシュデール撤退戦においては、ただ一人敵のど真ん中に取り残された状態から生還した経験もあります。なので、そういう危機に陥った際には生き延びるために自分の判断・指示に従ってくださいね」

「「……ハイ、小隊長殿!」」


 訓示とは、こんなものでよろしいでしょうか。


 とりあえず伝えたいことは伝えましたので、後は細かな軍人としてのルールを教え込んでいきましょう。


「では皆さん、何か質問はありますか」

「……えっと、では一つ。トウリ小隊長、今後……。例えばこの中の誰かが功績を上げて、小隊長が変更される可能性はありますか?」

「おや、自分が小隊長ではご不満ですか」


 看護兵のエルマさんは、開口一番で小隊長が替わることがあるか聞いてきました。


 やはり、子供に上に立たれるのは不満なんでしょうか。


「……いえ、貴女に不満などはございません。単に、その、個人的に従いたくない方が部隊にいますので」

「……」


 ああ、成程。ケイルさんが小隊長になる可能性を心配しているのですか。


 まぁ、実力的にはケイルさんが小隊長でも全然不思議はないですからね。


「エルマさん。軍隊は、私情を挟むべき場所ではありません。先ほどの質問に返答しますと、無論、この中の誰かが小隊長に昇格することはあり得ます」

「……そうですか」

「ええ。例えば自分が殉職すれば、その時点で指揮官はケイルさんです」


 これはどう注意したものでしょうか。


 ケイル氏は小隊の副隊長であり、その指示に従いたくないと宣言されてしまえば指導せざるを得ないのですが。


 上官命令には絶対従う、という旨を強調して注意しないと。


「誰かに従うのがご不満でしたら、今すぐ辞職してください。緊急時、指揮系統に乱れがあれば小隊全体が危機に陥ります」

「……」

「指揮権のある方からの命令は、絶対です。自分も含めて、それがどんな馬鹿げたモノに見えようとも、上からの命令に逆らうという選択肢を持ってはいけません。命令に対し何かしら意見がある際には、必ず上官に提案を行い、却下された際にはおとなしく従ってください」

「……それは。たとえ、明らかに間違っている命令でもですか」

「ええ。間違っているかどうかを判断するのは、部下の仕事ではありませんので」


 自分がそうたしなめると、エルマさんは物凄く不満げな顔になりました。


 少し、言い方が厳しかったでしょうか。ですが、いざという時に命令無視をされると困ったことになります。


 ……サルサ君の時のように、上官命令への理解のなさで命を落とすような人を作るわけにはいきません。


「それが正しい意見であるならば、自分は部下からの提案を柔軟に受け入れるつもりです。それで、今はご納得くださいエルマさん」

「……わかりました」


 流石に空気を読んだのか、エルマさんはそれ以上の言及をしてきませんでした。


 しかしエルマさんの雰囲気からは、ケイルさんに従えと言われても納得しなさそうな感じがします。


 これは迂闊に殉職できませんね。


「他にご質問などは在りませんか」

「……」

「無いようでしたら、小隊の親睦を深めるために今から食事会を開こうかと思っています。首都内の店を一つ押さえておりますので、どうか移動願えますか」


 自分は何とか笑顔を作って、元々予約していた飲食店へ向かうことにしました。


 抑えたのは士官学校からすぐそばの、広々とした大衆酒場です。


 ここの値段なら、部隊全員の分を自分が出しても払いきれます。


「……」

「……」


 本当は、もっと和気あいあいとした雰囲気で食事会を執り行いたかったのですが。


 道中、誰も歓談などを始める様子はありませんでした。


 看護兵さんは固まってビクビク歩いていますし、ケイルさんの背後に続くラキャさんやアルノマさんも終始無言です。


「……」


 はぁ。どうしてこうなってしまったのでしょうか。


 後でたっぷり、ケイルさんから事情を聴取するとしましょう。



「……なぁ、小さな小隊長さん」

「おや、何でしょうアルノマさん」

「その、食事会が始まったら、少しお願いがあるんだけど」


 そんなこんなで重い空気の中。


 店に入る直前、濃い顔のハンサムさんが自分の肩をチョンと叩きました。








「ラァーラー!! フォルテッスィモォ!!」







 アルノマさん、我がトウリ小隊の最年長である舞台俳優。


 何と彼は、食事会を始めた瞬間に「新米である私に、芸をするよう振ってくれ」と自分から申し出たのです。


 新入りがそういう扱いを受けるのはよくよく知っていましたが、自分から言い出すとは思っていませんでした。


「エクストリィィィメっ!!」

「お、おぉ!! 何て歌声だ」

「め、めちゃくちゃ恰好良い……」


 そう。彼は舞台俳優です。


 観客を楽しませる為、その半生を芸能に身を置いてきた場を盛り上げるプロ中のプロ。


 彼は、小隊の雰囲気が悪いのを察して、即座にこんな役回りを買って出てくれたのです。


「……エルマさん、彼に手拍子をしましょう」

「え? あ、ああ、そうですね」


 これも、本来は自分の役目でしょう。


 部隊の雰囲気をよくして、最適なパフォーマンスを引き出すのは上官の務めです。


 アルノマさんに、自分がやるべき事を肩代わりしてもらった形になります。


 着任早々、彼には大きな借りが出来てしまいました。


「す、凄いな、流石は俳優。この後に、続いて芸を出来る人なんて居るのか」

「出来ない人は無理をなさらずとも結構ですよ。ただ、こういった新人に芸をさせる文化は自分の隊特有ではなく、色々な部隊で取り入れられているモノです。自分もやらされた経験がありますよ」

「そうなんだ。病院も軍隊も一緒なんだな、ソコは」


 ケイルさんと言い方から察するに、病院でもそういう場はあったのですね。


 アルノマさんの芸は歌って踊るだけというシンプルなものでしたが、その完成度が高すぎて圧倒されました。


 その素晴らしさから他の客席の人や、店員さん達からも注目の的でした。


 これが、芸で身を立てる者の力なのでしょう。


「ふぅ。どうだったかい、即席の私のステージは」

「素晴らしいものでした、アルノマさん。貴殿は、現在の我が小隊の勲功第一となりました」

「それは上々」


 自分の賛辞に、アルノマさんはニコリと応えました。


 うーん、格好いい人は何をやっても絵になりますね。


 やはり、この人はスパイなどではなく、ちゃんと我々の味方をするために入隊してくださったように見えます。


「私に続いて、何か芸をする者は居ないかね」

「あははは、えっと、ちょっと今日は調子が悪いかなぁ!」


 舞台俳優が芸をした後に、宴会芸を振られるのは流石に厳しかったみたいで。


 テーブルについている新米さん達は、困り顔で首を振っていました。


 ……ふむ。


「では手前味噌ですが、小隊長である自分が続きましょうか」

「え、何か出来るのかいリトルボス」

「ええ。ちょうど、先日人形を仕入れたところでして」


 まぁ、そうなれば仕方ありません。


 小隊の仲間と距離を縮めるためにも、自分が泥をかぶりましょう。


「人形?」

「狐さんです。ほら、可愛いでしょう」

「えっ。可愛い、と言われたら確かにちょっと」


 こう見えても、自分は軍に入る前は旅芸人として生計を立てていくプランもありました。


 自分の腹話術を使った人形劇は、年下の子達をよく夢中にしたものです。


 『まるで生きているようだ』と評された人形捌きの巧みさから、かつて自分は『人形師ドールマスター』と呼称されていたほどです。



「えー、こんこん。狐さんです」

「お?」

「こんこん、こんこんー」

「へー、上手いもんだねリトルボス」

「こんこん(にゃー)、こんこん(にゃー)」

「おお!? ハモりだしたぞ!?」


 そのまま人形を使ってミュージカル風に童話を演じたら、皆が度肝を抜かれた顔で自分を見ました。


 腹話術の輪唱は、やはりウケが良いですね。


 結構な好評を頂けて、自分は満足でした。


「……ふふ。まさかトウリ小隊長が、これ程とは思わなかった」

「どうかしましたか、アルノマさん?」

「認めよう、小さな小隊長。君は───私の好敵手だ」

「いえ、上官です」


 そして小劇が終わったら、何故かアルノマさんに対抗心を持たれました。


 舞台に身を置くものとして、何かしらでも自分の芸に感じたものがあったのでしょうか。


 だとすれば、非常に光栄な話です。

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