第36話

 自分とゴムージは、たまたま撤退した方向に布陣していたガーバック小隊に合流という形で保護されました。


 小隊長殿は、街の小娘に扮し敵部隊と交戦していたのが自分と気付き、かつ前方の敵部隊が壊滅したのを受けて突撃してきてくださったそうです。


「トウリの指揮権は、保護した小隊の長である俺が受けとる。そしてゴムージ2等兵は、再び俺の指揮下に戻れ」

「了解です」


 こうして自分は久しぶりに、ガーバック小隊に復帰しました。


 そしてガーバック小隊に護衛される形で、この地獄のようだったマシュデールを離脱することに成功したのでした。





「───以上で、報告を終わります。ガーバック小隊長殿」


 マシュデールを脱出した後、自分達は先に布陣していた味方と合流しました。


 その間に隊の仲間から、自分が抜けた後にガーバック小隊がどうしていたかを聞くことができました。


 西部戦線にその名を轟かせていたガーバック小隊は、マシュデールでも獅子奮迅の働きを見せたそうです。


 堡塁においてもその強さは健在で、多くの突撃してきた敵兵士を返り討ちにし、味方の士気を大いに高めていたそうです。


 本日もガーバック小隊は一番戦闘の苛烈な場所で殿を務め、脱落者を出さずに粘り続けていたのだとか。



「そうか。そのほかに報告事項はあるか、トウリ」

「……ありません」


 

 あの小路に設置魔法陣を仕掛けたのも、ガーバック小隊長の指示だそうです。


 魔法陣を敢えて即死させず足を吹き飛ばす威力に留めたことで、救助者による二次被害を狙った悪辣な罠でした。


 あの罠だけで数名の兵士を負傷撤退に追い込んだ(ゴムージ含む)というから流石です。


「……ふん」


 設置魔法陣というのは、いわば地雷のような兵器です。


 その魔法陣に接触すると爆発する仕組みで、工作兵が居ると設置することが出来ます。


 マシュデールに到着後、医療本部に引き抜かれた自分と入れ替わる形でゴムージと、ヨットさんと言う工作兵がガーバック小隊に編入されたそうです。


 工作兵とは罠を仕掛けたり、鉄条網という妨害備品をばら撒いたりと戦闘補助に特化した兵科です。


 ヨットさんという、突撃部隊に編成されないはずの工作兵を十全に使いこなしているあたり、流石はガーバック小隊長殿と言えましょう。



「では、歯を食いしばれトウリ」

「……っ」



 聞けば、小隊長殿は市街戦をする想定なら工作兵を配備しろとレンヴェル少佐に強く要望したそうです。


 相変わらず我が儘な要求ですが、自分を引き抜いた負い目があった少佐殿はあっさり受け入れたのだとか。





 ───ドスン、と。




 そんな暢気なことを考えていたら、自分はガーバック小隊長殿に鳩尾をぶん殴られました。


 鈍い痛みとこみ上げる吐き気が、自分の体を揺らします。



「状況は理解した。貴様が手銃を使用し、敵を撃ったのも十分に酌量の余地はあるだろう」

「……はい、ありがとうございます、小隊長殿」

「だが、軍規違反には違いない。衛生兵が武装し、発砲するなど言語道断。今のは罰として受け入れろ」

「ご指導、ありがとうございます」


 ガーバック小隊長殿は、自分が撤退の過程で手銃を使用した話を聞いて、思い切りぶん殴ってきました。


 撤退に必要だったとは理解してくださったようですが、軍規は軍規なので罰則として殴ったと言ったところでしょうか。



「貴様とゴムージの治療は禁じる。そのままトウリはゴムージを背負ったまま待機」

「はい、小隊長殿」

「少佐に会ってくる。トウリ、ゴムージ、お前らは沙汰を待て」



 そしてぶん殴られた自分の後ろには、満身創痍で虫の息のゴムージが倒れ伏していました。


 彼もまた、小隊長殿の鉄拳制裁の被害者です。


「ぢ、ぢくしょう、痛ぃ」

「……ほら、行きますよ」


 彼は自分が報告する前から、ゴムージは小隊長殿に伸し掛かられて速やかにタコ殴りにされていました。


 まあそれは自業自得なので、どうでもよいです。


「なるべく骨の折れたところは触らないようにしますので、掴まってください」

「な、何だよあの男……、おかしいんじゃねぇのかよぉ」

「あ、ゴムージも気付きましたか」


 自分は小隊長殿に言われた通り、半泣きのゴムージを背負って立ち上がりました。


 そして、レンヴェル少佐の下へ報告に行った小隊長殿の帰りを待つこととなります。


 現在、自分達はマシュデールから首都に向かって撤退中です。あまり長時間、休憩するわけにはいきません。


 きっとすぐ、戻ってきてくださると思われます。


 


「重傷者にここまでしなくても良いじゃねぇかぁ、ぐすっ」

「……」


 背中にゴムージの涙とか鼻水とか血の感触が伝って、嫌な気分になりました。


 これを含めての罰、という事でしょうか。


「それに先輩だって、必要だから敵を撃ったってのに殴るなんてありえねぇ。いかれてやがる……」

「……よ、指導は済んだかおチビ」

「あ、ロドリー君。お久しぶりです」

「おう」


 そんな自分とゴムージの体罰を遠目に見ていた、ロドリー君が話しかけてきました。


 1週間ぶりに話をしましたが、彼の顔を見ると安心します。


「あ、ロドリー君。腕を切ってるじゃないですか」

「ん? ああ、弾がかすった」

「大丈夫ですか? 消毒とかちゃんとしましたか?」

「要らねぇよ、ていうか前線に消毒液なんざねぇよ」

「駄目です、小さな切り傷だからと舐めてはいけません。飲料水とかで、傷口は一度洗い流してください」

「……へいへい」

「あのー、先輩? あんたの背中に、切り傷どころか全身打撲と骨折まみれの重傷者が居るんだが?」


 ロドリー君は、見た感じ大きな怪我をした形跡はありませんでした。かすり傷は絶えませんが、どれも軽傷です。


 彼は元々勘が鋭くて反射神経もよいので、今まで訓練でも重傷を負ったところを見たことがありません。


 とはいえ、ロドリー君は他人を助ける時に向こう見ずになる面もあるので、心配はしていました。


 怪我が無くてよかったです。


「で、おチビ。お前も気づいたか?」

「ええ。小隊長殿ですよね」

「ああ」


 そんなロドリー君は、自分に耳打ちするようにそう話しかけてきました。


 無論、先ほどから自分もすごく気になっていたことがあるのです。


「小隊長? あの重傷者相手にタコ殴りする狂った小隊長殿がどうしたんだ?」

「ええ、その通りですよゴムージ。小隊長殿がおかしいんです」

「だよな、どう考えても狂ってやがる」

「まったく、そうだよな。アイツ狂ってるぜ」


 既に立ち去っているとはいえ、地獄耳な小隊長殿に聞こえないよう、自分はロドリー君達と静かに影口を叩きました。


 先ほどの小隊長殿は、少し気持ち悪かったです。何せ、


「「軍規を犯して罰がアレだけとか、優しすぎる」ます」

「ん?」


 軍規違反を指摘しておいて、鳩尾一発殴るだけって小隊長殿にしては甘すぎます。


 撤退戦の途中だからという配慮もあったのかもしれませんが……、だとしたら首都に到着後にみっちり制裁すればいい話です。


 撤退道中に軽く殴って罪を清算してくださるのは、優しいというほかありません。


「とうとう小隊長も慈愛の心に目覚めたのかなァ」

「元々、優しい人だったのかもしれませんね。自分も、全身打撲くらいは覚悟して報告していたのですが……。鳩尾一発だけとか想定外です」

「優しい人は普通、負傷者をボコボコに殴らねぇよ?」


 ゴムージは自分の背中で、ドン引きして突っ込みました。


 普通の基準で考えれば確かに暴行が苛烈に見えますが、小隊長を基準に考えると今日はメチャ甘です。


 と言うかゴムージに関しては、普通基準で考えてもかなり甘い対応な気がします。


 何故ならばこのゴムージ、


「そもそもゴムージ、敵前逃亡したお前が生かされてる時点でゲロ甘だぞ。俺はてっきり、射殺して捨ておくつもりかと思った」

「えええ!?」


 小隊長殿の背中について突撃する恐怖に耐えきれず、一人逃げ出したそうです。


 しかし、逃走先で敵兵に出くわしてそこらを逃げ回り、結果自分と合流したのだとか。


 敵前逃亡は銃殺、当たり前です。むしろゴムージはどうして、生かしてもらえると思っていたのでしょう。


「嘘だろ、俺殺されるところだったの?」

「そりゃそうです。不自然な甘さですよね、小隊長らしくない」

「ま、そりゃトウリに配慮したんだろ」

「おや、アレンさん」


 ガーバック小隊長の変化をロドリー君と気持ち悪がっていたら、アレンさんが苦笑いして話しかけてきました。


 彼も無事、生き延びていた様です。


「ゴムージは、トウリが命がけで背負って助けた訳だ。そんな彼を銃殺し不和の種を作るのを嫌ったんだろ」

「はあ」

「特にトウリはこないだ、かなり感情的になっていたからな。撤退中ってのを鑑みて、その辺のリスクを避けたんだと思うぞ」

「あー、成程ォ」


 アレンさんが言うには、要は自分への機嫌取りでゴムージを殺さなかったようです。


 ゴネる新米じぶんの相手をするのを嫌った、という事でしょうか。


「自分だって軍人です、軍規の重要さは理解しております。そんな気を使っていただかなくても良かったのですが」

「先輩? その言い方だと、俺が死んでも別に良かったって意味にならねぇ?」

「……それにトウリ、お前はもう少佐直轄だからな。余計なこと言われたくなかったんだろ」

「あー」


 ……そういえば、今の自分はガーバック小隊の衛生兵ではなく、レンヴェル少佐の直属の部下でした。


 階級こそガーバック軍曹より下ですが、言おうと思えば小隊長を好きに報告できる立場です。


 自分は知らずのうちに、ヴェルディ伍長ポジションを獲得していたという事ですか。


「その、この間は恥ずかしいところをお見せしてすみませんでした」

「人間である以上は仕方ないさ。もっと人生経験を積めば取り乱すこともなくなる」

「ありがとうございます。もう、自分は感情的になったりしません」

「ははは、そんな言葉を言ってる間は無理だトウリ。感情ってのは思った以上に厄介で、操りにくい。感情的にならないのを目指すんじゃなくて、感情的になった時にソレを自覚できるようになりな」

「……成程」


 つまり自らの感情を御すのではなく、感情と折り合いを付けろという事ですか。


 流石はアレンさん、含蓄があります。


「そうだぜ先輩、本心をうまく隠した方が人生上手く行きやすいってもんさ。馬鹿を騙す時とかな!」

「……」


 そして流石はゴムージ、品性を疑います。


「後、トウリを撤退させたゴムージへのご褒美って意味もあったのかもな。功罪差し引いて、体罰で済ませたか」

「そ、そうか。じゃあ俺も命を張った甲斐があったってもんだ!」

「かけられた迷惑の方が多かった気がしますけど」

「先輩ィ!?」

「……ここまでトウリに塩対応される奴は初めて見るなァ」


 まぁ、どんな理由であれ小隊長殿が彼を生かす判断をしたのであれば従うのみです。


 自分は、ガーバック小隊長に逆らう気はありませんので。


 指揮系統こそ移りましたが、きっと自分は一生彼に頭が上がらないのでしょう。





「おい、トウリ」

「あっ。何でしょうか、小隊長」


 数分ほど経って、ガーバック小隊長殿が戻ってきました。


 彼は自分の目の前にきて見下ろすと、指でクイクイと呼び寄せました。


「少佐に引き合わせる、ついてこい」

「了解です」


 ガーバック小隊長は相変わらず無表情で、声色は不機嫌でした。


 罰則が異常に甘かった割に、ご本人はあまり機嫌はよろしくない様子です。


「……」


 自分とガーバック小隊長は、二人並んで暗い陣地を歩きました。


 白状しますと自分は先程まで、久し振りに小隊の仲間と会えて心軽やかでした。


 絶体絶命の窮地から脱した事も、その要因であったでしょう。



「……負傷兵が、こんなに居たんですね」

「気になるか」



 しかし、こうして陣地の中を散策すると、改めてオースティンの現状の厳しさを突き付けられました。

 

 自分たちが合流した陣地には、多くの負傷兵が茫然と座り込んでいました。


 頭に包帯を巻いて横になっている者、眼を虚ろにして三角座りしている者、片腕をだらりと垂らして銃を点検している者など、悲壮な光景が広がっています。


「……こんなに沢山、誰から治療をすればよいのでしょう」

「ふん」


 怪我人だらけの暗い陣地を、小隊長殿と2人で歩きました。


 秘薬や包帯など医療資源があれば治療できますが、果たしてどれほど持ち出せているのでしょうか。


「ここにいる連中の治療は基本的に不要だ。戦闘に耐えない重傷者は、先に搬送されてる」

「そう、でしたか」

「今此処にいるのは、戦える力が残ってる連中だ。敵の追撃に備えてな」


 とてもそうは思えませんでしたが、ここに座っている怪我人は「比較的に軽傷」と判定され、後方に撤退を許されなかった兵士だそうです。


 つまり後方には、これ以上の重傷者が大量に搬送されているという事でしょう。今頃、クマさん達が必死で救命しているものと思われます。


「……本当に、これだけの負傷者で戦闘なんてできるのでしょうか」

「やれと言われたらやるしかない。兵士ってのはそういうものだ、右腕が吹き飛ぼうと全身火だるまになろうと命令を遂行するのみ」


 ガーバック小隊長殿は、ふんと鼻を鳴らしました。


 ……確かにこのお方ならどれだけ負傷しようと応戦できるでしょうけど、他の一般兵にそれを当てはめるのはどうでしょう。


「ま、もっとも。もう戦闘なんて、起きねぇだろう」

「そうなのですか?」

「ああ」


 小隊長殿は、苦虫を噛み潰したような顔でそう吐き捨てました。


 ガーバック小隊長殿のその呟きに首をかしげていると、


「ほら、ついたぞ」


 やがて大柄な男性が岩に腰かけているのが見えました。


 ……レンヴェル少佐です。



「む、来たかトウリ衛生兵」

「レンヴェル少佐殿、よくぞご無事で」


 彼は自分の顔を見て、随分と安堵した表情になりました。


「君のお蔭だ。君こそ、よく生き延びた」


 彼はそのまま顔をほころばせ、喜色満面に自分の手を取りました。


 見た感じ、少佐に大きな負傷はなさそうです。命がけで彼を治療した甲斐がありました。


「本当によくやったガーバック。好きな階級を言うといい、俺の権限で好きなだけ昇進させてやるぞ」

「はっ、泥船の階級なんぞ願い下げです」

「遠慮するな、俺の少佐の立場なんてどうだ」

「俺の手には余りますな」


 レンヴェル少佐は、不機嫌そうな小隊長殿とは対照的にジョークでも飛ばすような声色で話をつづけました。


 少佐殿は、どんな絶望的な状況でもこういう余裕を失わない人なのでしょう。


「トウリ1等衛生兵、恥ずかしながら逃げ延びて参りました。再び、少佐殿の指揮下に入ります」

「ああ、いや別に良い。君はそのままこの男に護衛してもらいなさい」

「……はい」


 少佐殿は、自分の指揮権を再び小隊長に預けました。


 あっさり負傷して役に立たなかったのでクビ、という事でしょうか?


「ああ、そんな顔をする必要はない。ただ、どうせもう交戦は起こらないだろうから、気心の知れた部隊の仲間と共に首都まで撤退しろという話さ」

「……交戦が起こらない、ですか?」

「ああ」


 少佐殿はそういうと、静かに目を閉じて微笑みました。


 ……レンヴェル少佐までもガーバック小隊長殿と同じく、もう交戦は起こらないと宣言しました。


「その、質問をしてよろしいでしょうかレンヴェル少佐殿」

「どうした、トウリ衛生兵」

「交戦が起こらないとは、一体どういう事でしょうか?」

「ああ、まだガーバックから聞いておらんかったんだな」


 少佐殿は自分の質問に対し。


 どこまでも透き通った瞳で、はっきりと答えてくれました。




「───先ほど、政府がサバト連邦に対し無条件降伏の声明を出した」


 そして自分は、少佐殿の言葉を聞いて、


「終戦だ」


 オースティンという国が、敗北した事実を知ったのでした。

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